ラブレター・フロム・奥州


奥州からの文ですと手渡されたそれを見て、元親はふと唇を緩めた。
達筆というには癖が強い字は見慣れたもので。
さてさて今日はどんな用件なのかと、いそいそと文を開けば。

『元親へ』

いつもと趣の違う出だしに、おやと思う。
異国語好きな政宗は文を書くときにも異国を真似ているのか、普段は、元親の名の前に慣れぬ字がくっついていることが多いからだ。
Dearから始まるそれは、親愛なる、という意味だといつか政宗は言っていたが、今回はなく。
簡潔に始まった己の名に、まるで政宗に名を呼ばれたような錯覚に陥って、元親は少しばかり照れてしまった。
不覚である。
いやいやしかし、名前から直に入るということは、何か大事な用件かと気をひき締め直して、元親は目を下にやった。
そして、二文ほど目を通して。
元親は思わず文を持つ手に力を込めた。
ぐしゃっとまことに分かりやすい音がした。
あ、と思ったときには、政宗からの文は手の中で丸くなっていた。
「うっわやっべえ」
いやいやむしろ問題なのは文の状態ではなく、文の中身である。
首のうえ、顔の下のあたりが非常に熱くて、かつ、体がむずがゆい。
元親は畳の上に仰向けに倒れ込んだ。
しばし手の中に丸めた文を握りしめて天井をみあげて、体を反転させ、ねそべったまま、丸くなった文を畳の上に置く。
「あんにゃろ」
歯の隙間から絞り出した声はけれど弱いことを、元親は自覚していた。
両手でしわくちゃになった文をのばしていく。
紙の白にのった墨の黒が、何故か異様に目について困った。
ばっちり文字が目に飛び込んでくるからだ。
当たり前のことに何故か意見したくなった。
何でこんなに字を強調しやがるんだこの紙は。
そんなのはこれが文だからである。
ううと唸ったあと、元親はそろそろとその墨を目でたどった。


『元親へ。


今度船で海にでるときは、是非こっちに来いよ。
二人っきりで、いつまでも、いつまでもテメエと話していたい気がするんだ。
そして。』


元親の顔から火が噴いた。
ばたりと顔を畳に押しつけて、右手の指で、次の文字を覆い隠した。




『 そして、Kiss しても、いいか 』




元親は別に政宗のように異国語に堪能というわけでもない。
ただし、まったく言葉が分からないかといえば、そういうわけでもなく。
例えば、挨拶。
さんきゅーはありがとう。
ぐっばいは、またな。
政宗がよく唇にのせる言葉はいやでも耳に残る。
分からないのは面白くないので、何度か耳にした言葉の意味は、政宗に意味を尋ねたりもした。
Kissは、『きす』と読むのだということも、政宗に聞いた。
意味は。
身をもって教えられた。
あんにゃろう、ともう一度心の内で毒づいて。
その言葉は、元親の指一本で隠れてしまうほどのものだったが、隠したその指が、どうしてだか熱を持っているような気がして、ひどく悔しかった。
だいいち、文で尋ねる意味が分からなかった。
しかもだ。


『いやなら、よすけどよ』


常の政宗からは想像もつかないほどのしおらしい文面に、元親は感動するかわりに脱力した。
喉で笑う。
「ぜっってえ嘘だ」
止めろといって止まるような男でないことは、元親がよく知っている。
だが、まあ、脱力したあとに体に残ったのは、ふわりと暖かいもので。
ちくしょうとこぼした言葉はどこか甘く。
「思わず可愛いって思っちまったじゃねえか」
あとに続く最後の文がこれまた盛大に恥ずかしくて、元親は足をばたばたさせた。


『このごろおれは』


「お前が菓子なら、いっそ食べてしまいたいくらい可愛い気がしてる」


突如上から降ってきたその声に、元親は片足を上げたままびしりと固まった。
くつくつと笑いまじりにその声は問う。
「ひさしぶりだな、My Honey。で、Love Letterの感想は?」
「らぶれたーって何だよ?」
「何だと思うよ?」
元親は体を起こした。
文を出した本人がまさか文を持ってくるなんてと思ったが、あの男ならそのような酔狂をやりかねない。
そして、もう否定する余地は欠片もないことは分かっていたのだが、元親はそろりと後ろを振り返った。
体を起こした元親と視線が合うようにわざわざしゃがみこんで、楽しげに目をきらめかせ、唇を引き上げて笑った酔狂の顔が、そこにあった。
「お前絶対馬鹿だろう」
「わざわざ奥州からやってきたってえのに馬鹿はねえだろ」
「いやもう絶対馬鹿だお前」
「で?」
「あ?」
にいと笑って政宗は元親の手にある文を指さした。
「お前はそれが何だと思うんだ?」
元親は盛大に顔を歪めた。
「テメエは恥ずかしいんだよ」
「そうか?」
「だいたい恋文を書いた本人がなんでここにいるんだよ。文の意味ねえじゃねえか」
元親が片膝をたてて腰を落ち着かせれば、政宗もその場に同じように腰を下ろした。
「そのほうが都合がいいかと思ってよ」
「何のだよ」
政宗は首を傾いでみせた。
「Kiss しても、いいか?」
「!!」
「返事がOKだったら、その場に本人がいたほうが都合がいいだろう?」
唇を綺麗な弧に描いて伸ばされた手。
久方ぶりに頬に触れた指の感触に、元親は思わず目を細めた。
「いやだっつったら?」
政宗は瞬いて、次いで苦笑した。
「おれがいやだっつったら、やめるのか?」
「ああ」
唇が触れそうなほどに顔を近づけておいて。
熱く視線を絡ませておいて。
「アンタがいやだってんなら、やめるぜ?」
そんなことを言う。
少しばかり寂しそうに見える顔に、こちらの胸まで掴まれたかのようにきゅっとなるではないか。
「ちゃんと書いてあっただろ?おれはあんたの顔見て、あんたと二人で話したかっただけなのさ。
本当は大人しく奥州で待ってるつもりだったんだが、言葉で書いちまったら我慢が利かなくなった」
こちらを見る政宗の目元は柔らかく。
普段は全くもって可愛いなんて思わないし、ましてや、己よりも年若いことなぞ意識にものぼらないのだが。
「可愛いじゃねえかこの野郎」
顔を上げて、目の前にある唇に望み通りのキスを贈る。
重なった政宗の唇が、弧を描く。
それに気づいた元親は政宗の唇を軽く噛み、それから舌でぺろりと舐めた。
「だいたいよお、おれが菓子だったらいっそなんて、今更喰ってみたいもなにも、もうお前はとっくにおれのこと喰ってやがるだろうが」
「いくら喰ってもたりねえんだよ」
元親はじっと政宗を見つめて、おもむろに二度頷いた。
「そうかい。それじゃあ仕方ねえなあ」
愛しい男の頭にぎゅっと抱きつき。
「喰わせてやっから、食いだめしてけ」
そしてたまらず元親は吠えた。
「つかおれだって全然たりてねえんだよこのヤロウ!」
がばりと、畳にその体を押し倒して見下ろせば。
政宗は喉で笑い、元親の首に腕をまわして、じゃあ遠慮なくと短く断りを入れ、容赦なく唇を奪っていった。






=あとがき=

絶対こいつら
戦してないよね。
電話もメールもない遠距離恋愛の必須アイテムといえば、やはり手紙でしょう。
文通ですよ文通。
こういう香ばしい匂いのするアイテムが好物です。
なんかいいよね、文通。
おつき合いは交換日記からと同じくらいいいと思う(・・・)
なんか初々しくて。
清いおつき合いって感じで。
・・・・・・・・・・・・・別に
初々しくも清くもないけどなコイツら。
特にギリギリ19才。