ぬばたまの獣


この一つ目をかすめ取って眼球のそこを灼いてしまうほどの白い光を背負っていた。
太陽なんか寄せ付けぬといいたげな白い肌。
太陽よりも月が似合うだろう白銀の髪を持っているくせに。
あの男は、どこまでも太陽の下が似合うことを知った。
お前と出会えたことが一番の僥倖だと、そう笑う横顔を見た瞬間、
その言葉の裏に潜む別れを知ってしまった。
偶然の幸運。
そう、それは類い希な偶然が重なったときに一度だけ許された幸運。
普通の人間なら、その幸運を手放したくないと、手放すものかと無様に足掻いて必死で腕の中に閉じこめようとするだろうに。
この男は、その偶然さを愛おしみ、そう幸運を愛おしんでいる。
手放したくないなんてこと、考えもしないその大らかさが気に入らなかった。
一度だけで満足できるのか。
それほどのものしか、自分はこの男には残せないのか。
狭量になった心が声を上げる。
一度酒を酌み交わして、この月が沈み、身を照らす太陽が上がったら。
きっと、この男は、何の未練もなく、見事なまでの潔さで身を翻して、この地から去っていく。
喉の奥に落ちた酒が熱を帯びた。
胃の腑が焼けた。
太陽がこの男をどこまでも美しく見せるのならば、太陽に出会わさなければいい。
男が従える白い光で目が灼かれてしまうなら。
星屑がまかれた闇に紛れて。
その身を繋げてしまいたい。
この自分のもとにとは言わぬ。
せめて、同じ大地に在ってはくれぬかと。
空、雲、風、太陽。
地に繋がれて、手の届かぬそれに焦がれて足掻いてみればいい。


「こんな出会いも悪くねえなあ」


満足気に息を吐いて呟く体は、どこにも力など入っておらず。
夜風に身を任せる姿が癪に障った。
「ああ、そうだな」
たしかに、こんな出会いも悪くはない。
手を伸ばす。
持っていた杯がこぼれ落ちる。
向けられた顔に手のひらを押しつけ。
顎を捉える。
床に押しつけた躯は、酒のせいか、熱を帯びていて、しっとりとしたその肌を感じたとき喉が鳴った。
男はその身に力を込めたが、其れは決定的に遅かった。
瞳が細められてこの身を貫く。
少しだけ、気が紛れた。
「アンタにゃきっと分かんねえだろうなあ」
男は訝しげな顔をした。
想像した通りの反応にたまらず笑う。
「おれも、分かんねえ。アンタ何でそんな簡単に手放せんだ?」
「・・・・・・」
「手放したくねえって思うのは当然のことじゃねえのか?」
何について話しているのかも分からぬであろうに。
男は、探るように見つめていたその目を一度伏せて、まっすぐにこちらを映した。
その瞳に反射する白い光はないはずなのに、強く。
「無理矢理自分のものにしようとしたら、身をかわして逃げてっちまう。
そういうモンも、あるだろう」
ああ、その通りだ。
思わず声を上げて笑った。
その、通りだ。
空、雲、風、太陽。
そんなものだったら、手を伸ばしても触れることのないことに身を焦がすこともない。
けれど、お前は違うじゃねえか。
手を伸ばしたら、触れられる。
テメエが悪いとそう言えば、男は何故か目を大きくして頷いた。
「いっそ見事なぐらいの言いがかりだな」
「感動したか」
「実は少しばかり」
「嬉しいぜ」
男は静かな目で見返していた。
不思議そうな色を混ぜ込んだ瞳は、けれど何の言葉も語ってはくれない。
そう、自分にはこの男が分からない。
自分とこの男は違う。
諦めきれない。
一度の逢瀬を、幸せだと。
大切に胸に抱いて背を向ける潔さなどない。
そんなものは道ばたの犬にでもくれてやればいい。
「出会わなければよかったか?」
「まさか」
ああ、でも。
この男のことを考えるならば、そのほうがよかったのかもしれないと、一瞬だが思ったことは確かだった。
「おれは、テメエに、独眼竜政宗に出会えたことを、幸せだと思ったぜ?」
「そりゃ嬉しいねえ」
「明日この身が地に伏しても、海に飲まれても、風にさらわれたとしてもよお。
出会わなかったよりは、おれはずっとシアワセだ」
そう、まっすぐに言えてしまうことの眩しさを、この男が気づくことはないのだろう。
喉の奥が熱くて泣けそうだった。
肺の奥が痛くて泣けそうだった。
一生分かってはくれぬのかもしれない。
ああでもだからこそ。
こんなにも愚かしいほどの抑えきれない感情を抱くのかもしれない。
自分はこの男に惹かれている。
目が眩んでしまうほどに。
だからどうか手を繋がせて。
「おれは、シアワセじゃねえよ」
そう言えば、男はかすかに顔を歪めた。
その顔を目にしたとき感じたのは、確かな歓喜だった。
喜びが胸にわき上がり、熱も痛みも流される。
「泥にまみれて這いずっても、きっとアンタはかわんねえんだろうなあ」
噛みついた唇はぬるりと火照っていて、酒の匂いと鉄の匂いが鼻に抜けた。
朱のついた唇を舐めて唇を引き上げて男は静かに笑う。
「竜じゃねえなあ、テメエは。夜目を光らせてる獣みてえな顔しやがって」
その台詞はまさに的を得ている。
顔を近づけた。
喉元に唇を押しつけて。
のど笛をかみ切るかわりに、赤い痕を残した。
このままこの体をどこかに繋いでしまおう。
足掻いて、手を伸ばして、太陽を、空を、風を、海を焦がれるように。
恋しいと焦がれれば。
いつかこの思いを分かってくれる日も来るかも知れないから。
男はふと何かを掴むように押さえつけられた手を動かした。
けれど、その手のひらには何もなく。
遠い所をみるように己の背後を見遣っていたその瞳が嫌で、瞼に唇を落とした。
男はそのまま目を伏せて、唇の端から吐息をこぼした。
「・・・ま、見抜けなかったおれが悪いか」
最後に耳に触れた声は、何故か笑っていた。
ぬばたまの獣だと言って、笑っていた。








=あとがき=

最初つけてたタイトルと違ったりします。
頭にふってきたタイトルと妄想は「ひとでなしの恋」
途中から筆頭が人でなしっていうよりも
むしろタダのヘタレじゃないかということで、人でなしの妄想はどこかへ行ってしまった・・・。
あれ、なんか前も似たようなこと書いてますよね。
道がなくなった、みたいな。
痛い系の話を妄想すると
十中八九、筆頭が痛いことになるんですけど、これはどういう法則なんでしょうか。
筆頭は格好いい人だと思ってますが、悠々と空をとんでいるというよりは、
地面で泥にまみれて足掻いてもがいて汚れながらも、空へと飛翔することをあきらめずに目を光らせて空を見ている竜、
みたいな妄想が底にありまして。
兄貴は逆に、空、風、雲、太陽、海、とかいったどこまでも雄大な自然なイメージがある。
天衣無縫だからね。でも、それはたぶん筆頭から見た勝手な兄貴像であって、
兄貴からすれば、おれはそんなにお綺麗でも、心が広いわけでもねえよ?みたいな。
兄貴は自覚なくても、横からみれば十分に懐広いっす兄貴!!的な。
兄貴も泥にまみれて足掻いて這いずってるところは持っているだろうけど、筆頭には多分分からない種類のもんだと思う。
兄貴は筆頭と自分との間に共通性を見いだしていて、こいつとは気が合いそう、みたいに思ってるんだけど、
筆頭は、兄貴と自分の間に共通性よりも差異を見いだして、勝手に憧れてそう。
私は、アンタらは似てると思うよ。底の部分でね、みたいな。
・・・なんかテンパってきたよ?やっぱ奥がふかいよダテチカ(違)