蒼穹

一度目の逢瀬で地に伏していたのは自分のほうであった。
目を開けて瞬きする。
奥州の空が見えた。
首は繋がっていた。
手にあった爪は一本欠けており。
陽にきらめく銀糸の髪をなびかせた鬼の姿はどこにもなく。
負けたのかと、受け入れることは、それほど苦痛ではなかった。
いっそ晴れやかとすらいっていいほどの爽快感が胸にはあった。
奥州の竜の首も獲らずに爪だけで満足して引き上げていった鬼の背中に、
酒でも飲んでいけと声をかけられなかったことが、少しだけ残念に思った。
けれど、天下への道行きで顔を合わせることもあろうと、そう思えば、心はいとも簡単にわきたった。
二度目の逢瀬は、晴れ渡った四国の空の下。
潮の香りが混じった大気は、いともたやすくこちらの気を高ぶらせる。


「今度はおれが、鬼の首を獲らせてもらいにきたぜ?」


「気をつけな、独眼竜。鬼は首だけでも動くぜえ?」


部下には何があっても手をだすなと厳命してある。
それは向こうも同じよう。
そう思えば、唇を引き上げて自然と笑みが。
今、自分はひどく、上機嫌だ。
あんたとの逢瀬を、焦がれてきたこの場を、他のヤツらに邪魔されてたまるか。
あんたもそう思ってくれてるのかい?
もう一度みたいと願っていたその姿。
太陽の光を反射してきらめく銀の髪。
己とは対をなすかのようにひかる一つ目。
獰猛な笑みを刻む口元。


最高だ。


この鬼と刻む時の一刻一刻が、体の細胞の一つ一つまでも目覚めさせて。
そして、声を上げて、喜んでいる。
合わせる刃の鈍い輝きも、こすれあう音も、歓喜の歌にしか聞こえない。
あんたの一つ目に映っているのはただ一つ。
己の一つ目に映っているのも、ただ一つ。
これほどまでに心躍らせることが他にあるか?
掠める刃。
流れる朱。
口の中に広がる鉄の味。
一度目の逢瀬で自分は地を這った。
二度、這う気はない。
一度目の逢瀬のあと、自分の首の皮は繋がっていた。
この逢瀬が最後だ。
三度目は、ない。
互いに身一つで向かいあっているのならば、三度目もあったかもしれない。
けれど、自分たちの後ろには、何人もの部下がいる。
その命を、想いを背負って自分たちは向かいあっている。
自分は四国という国を獲るために。
あんたは四国という己の国を守るために。
だから、三度目の逢瀬は、ない。
ああ、なんと惜しいことかと、思わなかったといえば嘘になる。
だが、これが最後かと惜しめば惜しむほど、今この時は何よりも代え難いただ一つの宝になるだろう。
己の爪が鬼の右腕を刺し貫いた。
あんたはまだ笑っている。


上等だ。


左手に碇槍を持ち替えてなお向かってくる。
左手のほうが力があることは知ってるぜ?
この前はその左腕で見事に気を失ったのだ。
受け止めようなんてそれこそ馬鹿な話。
避けきれずに左腕を掠めたのは予定外。
三本の爪が左の手のひらから滑り落ちた。


最高だ。


紙一重で交わした体をそのままひねって。
振り下ろしたその左腕に右の爪を食い込ませ。
そのまま地面に引き倒して地に縫い止める。
あんたの目に映る空はどんな色をしている?
それは見事な青空かい?


「おれの、勝ちだ」

 
血で汚れた歯をむき出すようにして顔を寄せれば。
鬼も、唇を弧に描いて笑っていた。


「それはどうかな?」


繊維が切れる音がした。
それは縫い止められた左腕を引きちぎる音。
細切れにされた時間の一つ。
体を僅かに引いて体を捻ったそのときに。
左肩、腕の付け根。
何よりも熱い熱が。
爪を握っていた右手を離し、柄を逆手に握りなおして一本抜き放ち。
己に肉薄するその背中に爪を、突き立てた。
ずぶりと埋まる感触はどこかあっけなく。
手のひらを濡らす朱の手触りもどこか遠く。
この肩に埋め込まれた鬼の牙の痛みと熱が、神経という神経を刺激している。


「言ったろ?」


力の抜けた体は重く、右腕一本では支えておれず。
地面に落ちていく体とともに抜け落ちた牙。
血を吐きながら。
絶命するその刹那の間に。
濁った一つ目をそれでも最後まできらめかせて。


「鬼は、首だけでも、動くって、よ」


鬼を支えていた右腕を抜き、その手で、左の肩を押さえれば。
ぬるりとした感触。
末端の神経までが冴え渡りざわついている。
己の心臓の音と呼吸の音が耳につく。
背後で上がる歓声は今も遠く。
さっきまで自分を、この自分だけを映していた目は、空を映していた。
笑みを刻んだままの鬼の口元からこぼれる朱に汚れた牙。
その牙を汚しているのは、己の血だ。
足に力を込めて立ち上がる。
地に伏す鬼を見下ろして。
腹の底から一度息を吐き。
心からの想いを一言。


「 見事 」


笑う。
ただ一つだけの心残りは。


「あんたと一度、酒を飲んでみたかった」







*あとがき*

あの、これでも結構ハッピーなほう、かなあ、とか
思っちゃったりしてるんですけど・・・(駄目ですか?)
ネタとしてはあれです、もの○け姫の犬神様です。
エ○シ様ラブ(聞いてない)
東西兄貴Sはこういう命のやり取りのなか刹那にきらめく姿が超絶似合うと思ってます。
究極いってしまえば、こんな形の繋がり。
でも、まあ一瞬じゃつまんねえよと普段はちちくりあってる兄貴Sが好きですがね!(正直)