Rebirth

「おまえもうここには来るな」
押し倒されて、腹の上に乗られた状態で言われた言葉を、瞬間自分は理解できなかった。
元親のほうからこのように熱烈な行動にでることなど稀で、そのことに気をよくして唇を引き上げた状態で言われたのがこれ。
ひどく上機嫌で楽しそうな声色と、その言葉の中身はどこまでもつりあってなどいない。
政宗はまず、一度ゆっくりと瞬いた。
固まっている思考のスイッチをいれるため。
両手をついて体を起こそうとしたが、いつのまにやら畳の上にきっちりと押しつけられている。
なんて珍しいと自分でも感心してしまうほどに。
よほど自分は無防備だったらしい。
しかし、それは別に責められるようなことでないだろう、らしくもなく己を弁護してみたりする。
目の前の男相手に何を警戒しろというのか。
奥州までのりこんできてこの己をうち負かしたくせに、結局首を獲ることはせず、竜の爪だけを取ってさっさと四国へ引き上げていった鬼。
まず、呆れて。次に、その自由さを気に入って。
四国に単身で乗り込んでいった政宗を疑うわけでもなく、あっさりと受け入れ。
奥州と四国を互いに行き来するようになったのは、それからまもなくのこと。
まあ、閨までともにするようになったのは最近のことだったが。
けれども、だからこそ、何を言われたのか、この男が何を言っているのか分からない。
「What?」
わざとゆっくりと異国の言葉で聞き返したのは、たぶん、無意識の防衛本能かもしれない。
異国語は分からないと元親は言うが、それでも政宗が発した一言の意味は読みとったらしい。
読みとるも何も、このような状態で口にする言葉など、それほど種類は多くはないだろうが。
元親は、普段浮かべるような少しばかり子供っぽい笑みを浮かべて、唇を開く。
それはまるで、海を語るときのような顔で。
政宗はその表情が好きだった。
無条件の愛しさがこぼれるような、その笑顔が。
「もう、ここには来るんじゃねえよ?」
「何でだ」
間髪いれずに返した己の言葉は、元親のものとは正反対にどこまでも強ばっていて。
ああ、余裕なんて欠片もない。
反動で体を起こそうとするも、手首を押さえる力はびくともせず。
軽い焦りが生まれた。
確かに体の上に乗られて上から押さえつけられているのだけれども。
確かに、自分にどこまでも不利な体勢なのだけれども。
どうしてここまで自分はその力に抗えないのか。
「お前、弱いなあ」
「!!」
いっそ優しく言われたその言葉に、顔が羞恥で熱を帯びた。
「何で、ねえ?他に言うことはねえのかよ?」
「何故そんなことを言う」
元親は息をこぼした。
苦笑に近い笑みはけれども優しく。
「なあ政宗」
紡がれた己の名に体はいともたやすく縛される。
「どうしてここで、おれが、お前の首をたたき落とさないと思えるんだ?」
不可解だった。
何もかもが。
「大人しく落とされると思ってるのか?」
真意を探るように静かに言葉を返せば、元親は小首を傾げて笑った。
「いや?」
「お前が、おれの首を落とす前に、おれが、お前の首をへし折る可能性を考えないのか?」
「その前にお前はここから逃げるだろ」
言われたその言葉は正しい。
乱れる心を気にせぬように、脳は至極明瞭に動いている。
そうだ。
いわば四国は伊達と同盟状態にあるといってもいい。
その四国が、奥州に敵対するというのであれば。
この状態も納得がいくものではないか。
そうなれば、この首をかききられる前に、この城からさっさと逃げるのが自分の役目だ。
元親の首をへし折ったところで、ここは彼の城。
結局この首も落とされる。
多勢に無勢もいいところだからだ。
「お前なら、そんな分かりやすい選択を間違ったりしねえよ」
元親の言葉は正しい。
けれど、元親がそこまでこの己のことを分かっているという事実はこの場合、少しばかり癪に障るものでしかなかった。
なので、意趣返しのつもりで。
「どうかな?逆上しててめえにつかみかかるかもしれねえぜ?」
「おれの知ってる一つ目の竜は、そこまで可愛げなんざねえよ」
かちりとした音は明瞭に動く脳を強制終了させる音。
焦れたように声をあらげるなんてひさしぶりすぎて、少しばかり目眩がした。
「何なんだ一体!!」
「欲が出たのよ」
「・・・欲?」
元親は答えず、政宗の顔に己の顔を寄せた。
絡み合う瞳。
己を映すそこには、傷ついた色など欠片もなく。
目の奥がやける。
「四国は、奥州との同盟を破るぜ。とっとと帰りな、独眼竜。そしてもう二度と、ここには来るんじゃねぞ?」
甘やかすように流し込まれる声に。
己の中にいる何かが、声を上げて笑ったのを政宗は聞いた。
それはまさしく牙を研いだ竜だ。
唇を引き上げて。
「わあったよ。だが、その言葉はきけねえなあ。おれはもう一度ここへ来るぜ?」
「・・・」
「同盟なんて緩いことはもう言わねえよ。この国を獲りに来てやる。
二度とこんなふざけたことが言えねえようにしてやるよ。Can you understand?」
牙を剥きだして爪を研いで。
言葉にしたたる感情は何なのか、自分でも判別がつかなかった。
元親は面白そうに問う。
「四国までの道は長いぜ?」
「Ha!関係ねえよ。全部平らげてくりゃいいだけの話だ」
元親は伏せていた体を起こして、笑った。
「吠えるだけの子犬じゃねえことを祈ってるぜ、独眼竜政宗」
体の内側を焼く炎は屈辱かもしれなかった。
だが、その炎はどこまでも熱く、己の中に牙と爪を研ぎ澄ませていくだろう。
手首を拘束していた力が離れていく。
「またな?」
いけしゃあしゃあと唇を引き上げて見下ろす姿に、一瞬確かに殺意が芽生えた。
本当にこの場で首をへし折ってやろうか。
そして、そのあと城のものに己も無惨に殺されてやろうか?
一瞬の逡巡を射抜くように向けられる元親の視線は、どこまでも強く。
「また、な?」
この男の言葉はどこまでも正しい。
自分は弱い。
その視線に逆らうこともできずに、踵をかえして部屋を飛び出し逃げ出した。
何故か、城の者にあうこともせずに、どこまでもあっさりと政宗は鬼の城から逃げ出せた。
噛みしめた歯がぎしぎしと軋んでいる。
体の内側はまだ燃え続けている。
鬼の城に続く大地を平らげて。
鬼を再び喰らう日まで、この火が消えることはないに違いない。
ああ、その時のことを思い描けば喉がなる。
それまで、この身にある甘さを、燃やしつくしてしまえばいい。
まずは鬼に獲られてしまったままの竜の爪を早々にしつらえなければ。
抜け落ちた爪などには用はない。
政宗はがさがさに乾いた唇を舐めた。
らんらんと光る瞳は映しているのは目の前に広がる天下。






燃えあとに残るは、執着という名の鎖だけ。






*あとがき*
要するに、(2のストーリーモードで)真田のケツばっかりおっかけてないでとっとと四国を獲りにいけやコラア!!
という私の思いが形になったぶつです。
なので色々無理がある設定ですが、気持ちよく水に流して下さい(笑顔)
BGMはラブ・ミー・テンダー。もういっそ筆頭からすれば
呪いのような内容ですが、背後に流れているのは甘ったるいラブソング。
しかしなんというか、筆頭、のろけてるのかふぬけてるのか判断に困りますね★