恋歌


意識が浮上する瞬間は唐突で、元親は薄目を開けた。
外はほのかに明るく白んでいて、夜が明けたようではあったが、こちらを起こしに人がくるほどではないらしい。
元親はぼんやりとした意識のまま身じろいで、次いで体をびきりと強ばらせた。
思わず口からうめき声が溢れ、おかげさまで夢うつつの意識も完全に覚醒した。
軋んで悲鳴を上げる身体は己のものとも思えなかったが、それでも自身の体でしかな
いのだから、何とも妙なことになったものだと思う。
元親はちろりと視線をあげた。
敷布に寝ころんでいるのは元親だけではないのだ。
がっちりとした肩と少しだけ覗く腕は、元親と同じ武器を扱う鍛えられた男のものに他ならない。
少し焼けた肌が惜しげもなく元親の眼前に映る。
見えているのは肩と腕ぐらいだが、その下も見事に引き締まった肢体があることは知っていた。
自分と同じく着物を着ずに眠りについたことを知っていたからだ。
元親は眉を下げて、何とも言えない顔をした。
そして、自分は昨夜、その肢体に惜しげもなく触れることを許されたからだ。
早い話が、元親は昨夜この男と寝たのである。
しかも酒の席での悪ふざけだとか、勢いとか、そういうのではなくて、真っ当な手順を踏んで、だ。
いやまあ勢いとかノリは多少あったが。
これまで元親はこの男に散々かき口説かれてきた。
もともと元親自身も、この男のことはことのほか気に入っていたという前提がある。
そもそもの出会いのきっかけをつくったのも元親自身だ。
船でこの北の地、奥州に乗り付けて、喧嘩しようぜとふてぶてしく乗り込んでいった元親を、楽しげに笑って受け入れてくれた男。
その反応だけで、元親はこの男と自分は気が合うということを確信した。
気持ちのいい爽快感と、喜びでもって、心ゆくまで獲物でぶつかり合って、
そして酒を飲み交わした。
それから元親は奥州へたびたび足を伸ばすようになり、
そしてこの男、政宗に口説かれるようになった。
初めは本気とも思わなかったが、熱のこもった瞳で見つめられながら、
惚れてると何度も言われればこちらのほうも理解せざるをえない。
そんな告白をしても、政宗は強引に元親を手に入れようとはしなかった。
それがまた、元親の中で政宗の株をあげる一因となった。
告白されてものこのこと奥州に出向いているあたり、つまり元親も悪い気はしていなかったのだ。
決して近いわけではない奥州へ、ちょくちょく顔を出しにくるほどには、実際元親は政宗に入れ込んでいる。
「アンタに惚れてる。アンタだって、憎からず思ってんだろ?」
「まあなあ」
「なら素直におれのもんになっちまえよ」
まっすぐな眼差しと、甘さを含ませた低い声にくらっときたことを自覚した時点で、
元親は己の心の大半が、この男へと傾いていることを承知せざるをえなくなったのだ。
そして、何十回目かの政宗の口説き文句に、それもいいなと頷いたのが昨日。
告白を受け入れたにしては、やけにあっけらかんとした物言いに、初めは意味が分からなかったのか、
政宗は珍しく二の句を告げなくなっていた。
唇をつぐんで目を丸くした間抜けな面を、確かに元親は愛しく思ったので。
「そういう可愛い隙を見せるのはおれだけにしといてくれよ?」
そう笑ってやれば、悔しげに、どこか照れたように顔を歪めた政宗にそのまま押し倒されたというわけだ。
そんな朝である。
抱かれる立場に甘んじたのは確かに、その場の流れとかノリとか勢いとかいう類のもので、
そのときは別段後悔もなにもなかったが、この身体のきしみ具合にはさすがの元親も少しだけ後悔した。
元親の鍛え上げられた身体を好きにしてくれた男は、まだ暢気に夢の中をたゆたっているらしい。
平和で、こういっては怒られるだろうが幼さが見える寝顔だ。
ふと頬を緩めて笑んだ元親は身体を起こした。
髪をかき上げて、取りあえずと側にほうりだされてあった着物をひっかける。
障子を静かに開ければ、青空。
元親は唇を緩めた。
絶好の船出日和だ。
奥州から発つときは、いつもそれなりに名残惜しさが胸にわきおこる。
けれど。
今ほど後ろ髪を引かれたことはなかった。
元親は唇を開いた。
「立ち別れ いなばの山の みねにおふる まつとし聞かば 今帰りこむ」
京の都の公家様方は、愛しい女の元から身を辞したあと、歌を詠ったという。
その心情が理解できてしまって、戯れに歌を唇に乗せてみたのだが。
「もっと他になかったのか?」
元親は体半分で振り返った。
さっきまでは静かに寝息を立てていた男が、こちらに体を向けて頬杖をつき元親を見上げていた。
「他?」
政宗の言葉の意図が分からずに聞き返せば、政宗は唇の端で音もなく笑む。
「愛を交わした早々、別れの歌なんぞ詠んでくれんなよ」
その声も穏やかに笑んでいるように聞こえたが、言葉は本音のように聞こえて、
元親も思わず眉を下げて頬を緩めた。
「・・・テメエが待っててくれるなら、すぐに帰ってきてやるよ」
あえて使った「帰る」という言葉の意図を、政宗はすぐに了承したようだ。
少しばかり嬉しげに、瞳の色が柔らかくなる。
けれどまだ不満ではあるらしい。
「後朝気取るなら、せめて恋歌を選んでくれよ」
「例えば?」
そんな文句に内心で笑みを浮かべながら元親がそう水を向けてやれば、
政宗は目を細めて唇を引き上げた。
そして。
「あひ見ての 後の心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり」
元親はその歌の意を汲むように瞬いて、そして眉をさげて微笑した。
「・・・流石だねえ」
もう一度、並んで眠った褥へと近づいて膝をつき、元親は政宗が差し伸べた手を取った。
指を絡めて顔を寄せ、唇を柔らかな弧に描きながら目を伏せる。
「お前にはかなわねえな」
喉の奥で笑みながら、歌の感想をそう言えば、唇に柔らかな感触と、ちったあ見習えと拗ねたような声が耳を掠めた。


+あとがき+
日記で大はしゃぎした後朝の歌を詠い合う兄貴sでございます。
「うた恋い。」を読んでから、後朝の歌ならどれがいいかな!!と100人一首をあさくっていましたら、
ぴんときた歌をそのまま詠んでいただきました。
どちらも結構すぐにハマったんですが、
兄貴の歌は恋歌じゃないところがポイントです(笑)
16首目 任地へ赴く際に、別れる人たちへの名残を惜しむ挨拶の歌だそうです。
「遠いところへ行くけれど、貴方が待っていると聞いたなら、すぐにでも帰ってきましょう」
別れにさいしての切なさや寂しさはありますが、兄貴が詠うのをきくとなんとなくさっぱり爽やかな気がするのは気のせいだろうか(笑)
筆頭と恋仲になったとしても前向きで現実的な兄貴。
変わって筆頭ですが、筆頭だよと思って探せば、合う歌がたくさんあって迷いました(大笑い)
ええオール恋歌ですよ。
迷いながらも今回選んだのは43首目 高校のときにかった解説書に寄れば、テーマは契りを結んで空の深い恋心の切なさだそうですよ(にやにやするわ)
片思いのころも切なさや苦しさはあったけれど、愛の契りを結んでからの離れる辛さを思えば、何ほどのことでもなかったという歌だそうです。
「貴方と心を通じ合ってからのこの切ない思いに比べれば、以前は恋をしていなかったのと同じようなものだと思う」
要するに「おれを置いていくんじゃねえよ。誰よりも何よりもアンタに惚れてんだよ。だから、ずっと側にいろよ」ってことですよね★
あと最後まで迷ったのが54首 「一生貴方だけですと誓ってくれた、幸せな今日を最後にして死んでしまいたい」
最後がたまらなくイイよね!!!(おおはしゃぎ)