業突張り
その知らせを耳にしたのは、奥州の港についたときのことだった。
梟雄と言われる松永久秀の策謀。
政宗は、卑劣な罠により傷を負い、奥州に帰参したこと。
そして、右目と言わしめる己の側近と、刃を合わせて倒れたことは、城についてから、見知った伊達軍の者によって知らされた。
元親は感情を整理するように頭をかき、ついで盛大なため息を吐いたものだ。
同盟を結んでいるとはいえ、このことについて、元親は完全なる部外者である。
部外者であるがゆえに、どちらの心情も理解できる。
部下を置いて逃げたことをよしとしない、政宗の想いも。
主を思って、敢えて剣を向けてまで止めようとした小十郎の想いも。
「そりゃ、実際無茶だわなあ」
爆薬で吹っ飛ばされて、それこそ一時は命を危ぶむほどの重傷を負ったという。
絶対安静もいいところを、また松永のもとへとつっこんでいこうだなんて、元親でさえ呆れるほどの無茶ぶりだ。
しかし。
「…けど、黙って寝てもられねえよなあ」
大事な部下がまだ捕虜とされているのである。
しかも、竜の爪といわれる六爪も、奪われたまま。
それを捨て置くことなどできないし、できたらそれはもう、元親の知る『伊達政宗』ではなかろう。
もし己が同じ立場に置かれたならば。
「…まあ落とし前つけに行くわな」
どれだけ体が悲鳴をあげようとも。
そんなことは大人しくしておける理由にはならない。
背負うものがあることは自覚している。
けれど、故に譲れない一線がある。
そしてそれは、厳密にいえば政宗と小十郎とでは違うのだ。
部外者である故に、元親にはそのことが痛いほどよく分かった。
小十郎にのされて、政宗は半ば部屋に押し込められているらしい。
それこそ、重傷者のくせに、他の者が近づけないほどの殺気と覇気と垂れ流していて、こんな政宗を相手にできるのは小十郎だけであるはずなのに、
その小十郎は、単身松永の元へと向かっていて不在。
危険ですと止めてくる伊達の近習の言葉を、鼻で笑って、元親はあっさりと政宗の部屋へと足を踏み入れた。
途端、肌を刺すのは濃密な刺々しい気。
覇気というにはあまりにもどす黒いそれ。
おお怖、と元親は内心で感想を呟いて、けれど飄々とした態度は崩さずに。
寄こされた竜の一瞥を真っ正面から受け止めながら、元親は我ながら面の皮が厚いなと自分自身に感心した。
「よう、久しぶりだな。重体だって聞いてたが、元気そうでなによりだ」
「・・・」
たっぷり数秒、政宗は剣呑な視線で元親を睨め付けた。
気の弱いやつなら、それだけで失神している。
配下の者たちが情けない顔で近づけないというのも、頷ける。
しかし、元親がけろりとして顔色を変えさえしないのを見てとって、政宗はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「八つ当たりしてえ気持ちもわからんでもねえけどな、他のやつらにとっちゃ酷だろ」
この物騒な気を真正面からぶつけられて、可愛い八つ当たりだと笑ってやれるのは、それこそ小十郎か元親ぐらいだ。
「・・・何しに来た」
ぶすりと不機嫌そうに政宗は尋ねたが、図星だったのか、幾分、その物騒な気配を収めた。
元親は政宗の目の前にしゃがみ込んでその顔をのぞき込んだ。
政宗の問いには答えることをせずに、のぞき込んでくる元親の目を、不可解そうに、だが文句もつけずに政宗は好きなようにさせた。
顔に散った裂傷、火傷。
着流しから覗く胸元には包帯。
ちらりとのぞく手首にも包帯の白。
鼻を掠める薬草独特の匂い。
元親は政宗の頬に手をそえ、そのままぐいと顔を傾けさせてしげしげと眺めた。
乾いて皮がむけた唇。
焦げてばさばさになった髪。
元親は感心したように頷いた。
「ぼっろぼろだな」
「・・・お褒めにあずかり光栄だ」
政宗はどこか呆れたように答えた。
元親は政宗の頬から手を外し、ふと息を吐いた。
眉を下げて、かすかに笑う。
「なんで生きてんだ、お前」
政宗は片眉をあげて、元親を見返した。
吐息をこぼして、政宗の肩から力が抜ける。
「・・・さて?」
「しかもこんな体で、右目の兄さんにつっかかったって?」
からかうようにわざとらしく頭をふって言ってやれば、政宗は喉で笑って。
「仕方ねえだろ」
こう言った。
元親は苦笑した。
確かに。
「・・・ま、仕方ねえわな」
膝を伸ばして元親は腰に手を置いた。
「けどま、あっさり負けてこんなところに押し込められてちゃ意味ねえけどな」
途端、政宗は不機嫌そうに目を細めた。
ぱりぱりと空気が帯電してるような気がしたが、元親からすればいっそ心地よい。
「いつまでもこんなとこにいる気はねえよ」
「だろうな」
この男が、奥州の竜と呼ばれる伊達政宗であるかぎり、大人しく寝てるわけがない。
「今から右目の兄さんを追いかけたって、追いつくかどうかはわからねえだろ?
それに、全速力で馬で駆けて、傷口開かせるなんざ馬鹿のやることだぜ」
「・・・・・・」
わざと馬鹿の部分を強調してやれば、政宗は眉間の皺を深くして唇をへの字にひん曲げる。
ガキが駄々をこねているようにも見えるその様は、けれど言葉にし難い覚悟が底にあることを、元親は知っている。
むしろ、元親だからこそ、理解できた。
「途中まで、船で送っていってやるよ」
小十郎の努力と伊達軍の心配を足蹴にするようなことを、元親はにやりと笑って口にした。
手を差し出す。
政宗は目を見開いて、ついで楽しげに喉をふるわせて笑った。
機嫌良く元親の手を掴んで腰を上げ。
「持つべきものは理解と足のあのあるloverだな」
「言ってろ」
***
紀伊の港で政宗ら伊達軍の一行を下ろし、元親はそのまま港につけた己の船に留まった。
元親は竜の右目でも右腕でも右足でもない、ただのよそ者の足だからだ。
松永の元にたどり着くまでには、山をいくつか越えなければいけないが、それでも奥州から山越えをし続けるよりはマシである。
船の上から一行を見下ろして、元親はひらひらと手を振り政宗を見送った。
「こっちはまだテメエのとこで仕事が出来てねえんだ。とっとと戻って来いよ」
「I see! すぐに戻るからいい子で待ってな!」
奥州での交易もできずに、すぐさまとんぼ返りしてきて、大赤字である。
その分はきっちり上乗せ請求するつもりだ。
怪我など微塵もかんじさせずに駆けていく背中を見送って、元親はさてとひとりごちた。
風にも恵まれたから、うまく山を越えれれば、小十郎の足にも追いつけるだろう。
いい子で待ってろと言われたので、いい子で大人しく、酒でものんで待っていようと、元親は部下に酒の用意を頼んだ。
風の通る、元親の特等席である甲板にあぐらをかき、後ろ手をついて空を見上げる。
そこに広がっているのは青天だ。
潮風を吸い込んで、元親は目を眇めた。
奥州の港についたときも、空は青く、潮風は心地よいものだった。
ただ、元親にもたらされた知らせだけが、どうにも似つかわしくなく。
重傷を負ったのだと聞いたときは、息が止まった。
元親を取り巻く世界が、止まった気がした。
松永への落とし前をつけるための行軍の大部分を船で助けてやったとはいえ、政宗の体を考えれば、無茶を地でいく行軍だ。
政宗は、重傷がほんのすこしマシになっただけの体だ。
行ってほしくなかった。
けれど、駆けて行ってほしかった。
矛盾する想いはけれどどちらも元親の本音だった。
相反する二つの想い。
けれど結局元親は、その片方を選び取るのだ。
それは竜の右目と称される、小十郎が選ぶものとは似て否なるもの。
元親が政宗をここまで運んできた理由は、国のため、民のため、それを背負う主のためとは違う。
たぶん、もっと個人的な何かで、言うなればそれは、奥州筆頭ではなく、『伊達政宗』のためだ。
乱暴に言ってしまえば、奥州の国主でなくとも、政宗が、『伊達政宗』という魂をもつ男であれば、それでいいのだろうと思う。
無理矢理政宗を奥州にとどめれば、命を失う危険が無くなるかわりに、元親は別の大事なものを失っていた。
元親が望む、伊達政宗という男の在り方を。
誰よりも、それこそ小十郎よりもなお、奥州筆頭であることよりも、『政宗』という個を惜しんで望んでいるのは元親だ。
たとえその命が散ろうとも。
あの男が、己を曲げて、己を殺して生き延びるよりもいいと、そう思う。
「・・・ま、でもテメエは死なねえよな」
志半ばで、しかもそんな卑劣な相手によって散ることを受け入れられるような素直さはない。
閻魔相手に直談判してでもこの世へ帰ってくるだろう。
これは伊達の問題で、元親は全くの部外者だった。
落とし前をつけるのも、政宗自身でなければ意味がない。
だから、政宗は元親が紀伊まで運んでくれたことにたいして礼を言っても、それ以上は口にしようとしなかった。
端から、元親の手を望んではいない。
元親はそれを知っている。
元親が手をだすことなど、野暮以外の何物でもない。
だから、珍しく素直に、大人しく帰りを待っててやろうと思った。
思ったが。
元親はため息を吐いた。
「酒でも飲まねえとやってらんねえよ」
しかしながら、待つしかできないというのは何ともどかしいことだろう!
「・・・せめて入り口まではついていってもよかったか」
呟いたところで、後の祭りでしかなく。
運び賃もきっちり請求してやると呟いて、元親は目を伏せた。
その話を聞いたとき、空から青が抜け落ちた。
生きていると聞いて、思わず誰とも知らぬ相手に感謝した。
その命が火花のように散ったとして、けれど政宗が『伊達政宗』で在り続けた故の結果ならば、元親は満足できると思う。
けれど同時に元親は、空から鮮やかな色が抜け落ちた、ひどくつまらない世界に生きることになるのだろう。
死地ともいえるところへ自らの手で送り届けながら、無事帰ってくることを望む。
元親は目を伏せたまま苦笑した。
結局、小十郎よりも誰よりも、己が一番欲張りなことをあの男に望んでいるのかもしれないと思ったのだ。
+あとがき+
ひさしぶりに英雄外伝のコジュルートをプレイして、ぐわっとテンションあがった勢いをぶつけてみました。
コジュルートをやるたびに書きたいと思っていて、書けていなかった話です。
ラストの、筆頭がいきなり援軍であらわれたのを見た瞬間、これ絶対ふらっと立ち寄った兄貴に近畿までおくってもらったよね!!と滾った何か。
重傷だとかそんなことは別の話として、きっと兄貴は筆頭を運んでくれると思います。
死んでしまうかもしれない可能性に気づいていないわけではないし、ある意味覚悟もしていると思います。
けれど、死んで欲しくないし、勝手に死んだらぶちのめすとも思ってる。
戦国で飄々としている兄貴は、筆頭にたいして、すんごい欲張りなことを思っていそうだと思います。
・・・結局兄貴が筆頭にベタ惚れというオチだ(笑)