Be left to rust
男は周りを敵に囲まれていた。
円陣を組むかのように四方八方から男を殺そうと凶器がとぶ。
男は己を殺めようとする鋼を器用にはじき、あるいは一重でかわす。
何かの演舞のようだと元親は思った。
空は黒く。
風もない。
ただ視界をけぶるような雨が降っている。
悲鳴の一つもない。
時折くぐもった呻きとともに演舞を構成する人間が一人倒れて背景になっていくだけのことだ。
元親はそれをただ見ていた。
男に手をかすわけでもなく、ただ死地にあって凄味をます男の姿を眺めていた。
手にある刀が鈍く光る。
磨き込まれたあの男の爪。
あの男の一部。
爪は血と脂でぬめってもなお男の手にある限りそれは爪で有り続けた。
けれど、男はあっさりとその爪を投げ捨てた。
その瞬間、かつて竜の爪と称されたそれはただの鉄の固まりになった。
腰から新たな爪を抜く。
黒い視界に赤が舞う。
藍色だったはずの上着は湿って遠目では黒衣に見えた。
裾がひるがえる。
男はその場に一瞬しゃがみ込んだように見えた。
瞬きした次には伸び上がった肢体が二人を切り伏せたところだった。
その一つ目が己以外の人間をとらえる。
とらわれた人間は呼吸三つもしないうちに屠られる。
竜は二本目と三本目の爪を捨てた。
四本目と五本目を両手で引き抜く。
六爪あやつる男の二刀流はどこか間が抜けていた。
うなり声が空気を震わせる。
それは曇天の空の呻きか、それとも地を這う竜の呻きか元親には判別つきかねた。
男の手から爪が抜けた。
竜はその爪をいとも簡単に捨てたのだ。
或いは誉れ、或いは誇り。
そう、思った。
男は体を伏せ己が斬り殺した男の手から、まだ血にそまっておらぬ鋼を取り上げた。
元親は目を見開いた。
何の躊躇いもなく。
己を屠ろうとした凶器で、己を屠ろうとする者を屠っていく。
「あーあ」
元親はどこか呆れたような声をこぼした。
その目は、あっさりとうち捨てられたかつて竜の爪と呼ばれた美しい鋼に向けられていた。
「有り難みも何もねえってか」
元親は己の城に置いてある刀を思った。
それは六爪のうちの一本。
元親がかつて竜から奪った宝だったはずのもの。
後生大事に飾ってある己が何だか阿呆のように思えてきた。
音がやむ。
視界に立つ人の形をした竜が一匹。
元親は息を吐いて足をすすめた。
けぶる雨に薄められた赤を吸って、その衣はますます黒く見えた。
「Hey,見せ物は楽しめたか?」
ちろりと寄越された目は、凶暴な色を覆い隠してからかうように笑った。
手にしていた誰のものとも分からぬ刀を投げ捨てて、男は額に張り付いた髪を、赤にまみれた手で後ろになでつけた。
元親は肩をすくめた。
代わりに言ってやる。
「これからテメエのことは大嘘吐きと思うことにするぜ」
「An?」
「竜の宝。一つはその爪、一つは右目、一つは魂、そう言ったと思ったのはおれの聞き違えか?」
男は納得したようにああと頷いた。
唇の端をかすかにつり上げて目を伏せる。
「使わなきゃ宝の持ち腐れだ。だろう?」
元親は今度こそ呆れた仕草で、同意を返すように肩をすくめた。
たしかに、男のその言葉には納得したからだ。
男は投げ捨てた爪を一本手に取り、血と脂を飛ばして何事もなかったように鞘に収めた。
くつりと喉をふるわせて笑う。
覗く瞳が楽しげに光った。
「何、研げばまた光るだろうさ」
納得しつつも、宝物として大事に仕舞っている自分はやはり、阿呆のようだと元親は思った。