+Be wind+
それは夏の暑さがなりをひそめ、秋の空気が頬を撫でるころ。
どこまでも唐突に、その男は政宗の居城を訪れた。
近臣の少しばかり焦った取り次ぎを耳にして、政宗は苦笑した。
あの男も、事前に文をだすぐらいのかわいげを持てばいいものを。
そうすれば、港まで出迎えに行くというのに。
手にしていた仕事はまだ終わっておらず。
「一刻ばかり待たせておけ。飽きさせないように、たんまりと甘い菓子を目の前に積むのを忘れるなよ」
冗談交じりの言葉に、近臣は大まじめな顔で頷いた。
男はきっと、山とつまれた甘い菓子を目の前に、きっと目を丸くすることだろう。
丸くしながらも、きっちりと腹に収めていくその光景を想像して、政宗はひっそりと笑みをこぼした。
とりあえず、菓子がつきてしまう前までには、目の前の仕事を終わらせたいものだと、筆を持つ手を動かした。
奥州の独眼竜が天下を統一して、もう十年にもなる。
天下を収めるにあたって、政宗が大阪に城を構え入城したのが、八年ほど前のことになるか。
大阪城、ひいては政宗の元には、人の訪れは頻繁にあったが、真の意味で、客人、いや賓客ともいえる扱いを受けているのは一人だけであった。
その男はいつも唐突に城を訪れる。
一人だけ特別扱いするわけにもいかぬ、と政宗の近臣が対応したとき、その男は、いともあっさり、それもそうだなと頷いて、これまた簡単に帰ってしまった。
顛末を聞いた政宗は声を荒げて、会いに来たくせにそんな簡単に諦めてどうする?!と盛大に毒づいた。
毒づいて、次には、男の奔放さに呆れて。
最後には、苦笑した。
以来、天下を取った男を甘やかに苦笑させた男は、政宗個人の「賓客」という扱いになったのだ。
その賓客本人に自覚はまったくなかったが。
その男は四国一国を任せられている男であった。
ただし、本人は家督を息子に譲り、今は気ままな隠居を自認している。
隠居して、きままに男は海を渡っていた。
会う回数など、一年に三度あればいいほう。
しかも三度とも、元親の来訪によってかなう逢瀬であった。
政宗は政務に忙しく、四国まで出向くことはできなかったし、肝心の元親自身が、四国にいないことも多いからだ。
逢瀬は他愛ない挨拶から始まる。
仕事を片づけた政宗が出向いた私室では、満足そうに茶をすすっている男が一人。
男の前に置いてある皿は見事に空だった。
政宗は小さく口元で笑った。
まだまだ甘いものは好きらしい。
政宗の姿を見上げて、男は茶碗を下ろした。
唇の端を引き上げて。
「よう、政宗」
約半年ぶりの顔合わせだというのに。
会いたかったの一言もない。
相も変わらずつれない男だと内心で形ばかりの文句をこぼして、代わりに、政宗は唇を弧に描いた。
「会いたかったぜHoney」
会いたかったの一言もなく、きさくに笑って手をあげての挨拶から始まる逢瀬は、それでも一応「逢瀬」と言えるものであった。
たぶん、自覚の問題なのだ。
政宗がこの時間を逢瀬だと思えば、それは立派な逢瀬になのである。
元親から望む言葉を引き出せないのなら、こちらから言ってやればいいのだと、政宗はこの数年のうちに学習した。
この男はおおらかな男なので、どこまでも反応は素直だったからだ。
今も、穏やかに顔を緩めて笑って、そうかいと照れたように政宗に言葉を返した。
仕事を片づけたといっても、それほど時間をとれるわけでもない。
何せ、この男はこちらの予定などお構いなしにやってくるのだ。
風のように自由とはよく言ったものだが、風に翻弄されるこちらの身にもなって見ろと、昔政宗が言ったことがあった。
そのときには、男は喉を鳴らして、からかうように言ったものだ。
「テメエは竜じゃねえか。竜は風にのって空をいくもんだ。違うか?」
政宗は苦笑するしかなかった。
そうありたいと願うが、果たして自分は風にのれているのか、今でも政宗は疑問だった。
何せ竜のそばに時折ふく風は、どこまでも自由気ままで、この身の元へなどとどまってくれないからだ。
「今回はどれくらいここにいられるんだ?」
そう問えば、元親はそうさなあと空を見やった。
「ちょいと船も修理してえからな。その間はここにいさせてもらえると有り難えな」
寝床と勘違いしてねえかと揶揄えば、あっさりと頷いてくれる。
楽しそうに目を閃かせて笑って。
「テメエの隣が一番寝心地がいいんだ」
政宗はその言葉に大いに機嫌を良くして、笑った。
それから元親の話を聞き、ともに茶を飲み、政宗は仕事にもどった。
元親は町をぶらついてくるといって、城下町へと下りていった。
冗談半分で、小遣いやろうかと言えば、元親は真顔で、くれ、とのたまってくれたので、政宗は笑いをこらえながら己の懐から盛大に小遣いをくれてやった。
「このおれに金をたかろうとするヤツは、テメエだけだろうよ」
「待て、おれは別にたかってねえよ。くれるっつったのはお前の方だろうが」
それでももらった金をしっかりと己の懐に入れた元親は、機嫌良く、土産楽しみにしてろよと言い置いて出て行った。
とはいっても、ここは政宗の居城の城下町なのだから、今さら土産も何もないのだが、まあ言っても仕方ないことだったので、政宗は一言、楽しみにしてるとだけ返しておいた。
何にせよ、元親から何か貰えるというのは嬉しいことではあったからだ。
元親が土産と称して買い求めてきたのは、酒だった。
とりたてて、銘柄というわけでもない。
本当に、ふらりと立ち寄ったところで買った酒らしい。
不味いわけでもなかったが、とりたてて旨いというほどでもないそれを、元親はしかし機嫌良さそうに飲んだ。
元親が酒を飲むのを見るのは好きだ。
ものを食べるのを見るのも好きだ。
何故だかは政宗自身よく分からなかったが、見ているこちらの気が緩むからだと思った。
一晩中酒を飲むか、抱き合うかはそのときによりけりだ。
どちらかといえば、今日は元親と並んでいる、この空気を感じていたかったから、その体を組み敷くことはせずに、元親がいうところの至極大人しい様で、他愛もない話をしていた。
話すことも、そのときどきによりけりだが、決まって政宗が唇に乗せる言葉がある。
「そろそろここに腰を据える気にはなったか?」
そう流し目を向けると、元親は決まって、動きを止めて政宗の顔を見返し、苦笑する。
「お前も、しつこいなあ」
「アンタが素直にうんと言わねえからだ」
「ああ、まあ、それはなあ・・・」
この問答ももう、いつものことになってしまって久しい。
元親が城を訪れるたびに政宗は問う。
この城に、腰を据える気はないのかと。
それは言うなれば風を己の側に留めるための口説き文句であった。
けれど、頷かれたことはなく。
それこそ風のように、さらりとかわされるのが常。
政宗のほうも、ここまで来れば、そこまで力を込めて口説いているわけではなかった。
真剣ではある。
けれども、何が何でも捕まえてやろう、といった気負いはなかった。
無理矢理にでも留めておきたいのならば手段がないわけではないからだ。
困らせればいい。
そばにいてくれねば許せないのだとばかりに。
その体を拘束して、離したくないのだと。
そうすれば、この男は結局のところで己には甘いとことを政宗は知っているので、きっと頷いてはくれるのだろう。
けれど、あまりにもそれは格好が悪い。
だから、しない。
それだけの矜恃と、余裕ぐらいは残しておきたいではないか。
魂の底まで溺れている姿に感動してくれるならそれでもいいが、この男はしかしながら結局、そこまで甘い男でもなかったので、政宗のそのような姿に感動はしないだろう。
お前はそれまでの男だったのかと割り切られることが何よりの屈辱。
それに、この風のような男は、どこにも腰を据えないことを知っていたので、余裕を持っていられるのだ。
気ままに海を渡る元親が、それでも年に数度、必ず城を訪ねてくれる。
男の居城である四国をのぞけば、男が必ず数度留まるところが、己の所だけであるということも知っている。
だから、まあ許してやるかと、政宗は思うようになった。
でもまあ、やっぱり側に留めておきたいという思いがなくなったわけではないので。
戯れまじりに、毎度必ず問うてみることにしているのだ。
毎度反応は芳しくないのだが。
何となく、問わないと落ち着かなくなってしまった。
隣にある元親の髪に手を差し入れて、その銀に輝く髪を梳けば、元親はいつも少し目を細める。
纏う空気が柔らかいものになる。
ああ、気を許してくれていると分かるのは悪くない。
「柄じゃねえだろう、おれも、お前も」
「アンタはいつもそう言うな」
「お前がいつも聞くからさ」
あぐらをかいた膝に肘をついて、元親は髪から引いていった政宗の指を、もう片方の手で触れた。
つかみもしない。
ただ、どこまでも自然に、指に触れただけだ。
見下ろす視線と見上げる視線がからまる。
元親の指が、そのまま政宗の手をふわりと握る。
「まだ、お前の問いに頷くことはできねえがな」
「Han?」
元親の唇が柔らかい弧を描く。
「会いに来る」
「・・・」
「会いにきちまう」
「・・・」
「何でか、それだけはやめられねえらしい」
笑う顔に照れはなく。
ただ、どこまでも気負いのない顔で笑うので。
握られた指を握りかえして、政宗はその勝手な指先に、唇を落とした。
「とっとと諦めちまえばいいものを」
元親はにやりと唇を歪めた。
まだまだ、と言い切る声の楽しそうなこと。
「世界にや、お前より価値のあるお宝があるかもしれねえだろうが」
おれは妥協はしないんだと、元親は言う。
「おれ以上のお宝ねえ。そうそうあるとも思えねえがな」
そう言えば、テメエで言うなと釘を刺されたが、それぐらいの自惚れはあった。
つかまえていた指を離して、杯を持つ。
酒を飲みながら、続けて問うた。
「で、おれ以上のお宝が見つからなかったら?」
不確実な可能性の問いは、けれどいつかは確かに来る未来だ。
いつ来るかは、政宗にも分からなかったが。
遅いか早いかは、結局はこの男の気分次第なのだ。
元親は酒を飲む政宗を下から見上げながら、ふと唇にじわりとした笑みを刻んで、目を伏せた。
「そうさなあ」
横目でその静かな顔を見下ろし、政宗もつられるようにして口元を緩めた。
今このときのように、時折唐突に、この男の情を感じることがある。
「まあ、そんときゃ、仕方ねえから、諦めて腰を下ろしてやらあな」
いつ来るとは分からない未来だったが。
それでもいいと思えてしまったので。
「そうかい」
そう一言返して、目を伏せた。
杯を空ける。
普段口に入れるものに比べたら安いだけの酒だったが。
それでも。
今このときは旨いと、そう思った。
=あとがき=
目指したのはオトナなダテチカ。
筆頭29,アニキ32とかおいしくない?!とかテンションあがったのが元々。
なんだろう、30すぎたアニキは渋みが一段と増してくると思う。
しゃあねえなあ、と苦笑して見守る感じのスタンス。
筆頭も、ちょいとヤンチャな様が落ち着いて、熟成された色気が出て来るんじゃねえかとか思ったんです。
思ったんです・・・!!
でもふと考えてみたんですが・・・。
29じゃあの男、まだまだおちつかねえよ!!!!(ずどーん)
落ち着くわけないよ。
変にオトナになったぶんイヤラシサはアップしてると思うけれど、思慮深くなったわけではない(言い切るな)
なので、もうちょっと年齢あげて、どっちも30過ぎなイメージで書いてみました。
筆頭が「おちつく」ということとはどういうことなのか、とマジメに考えてみた結果。
落ち着き=「素直さ」なのではないかと思いました。
アニキがふわっと唐突に会いにきたら、素直に、嬉しいと言葉にできる。
自然に笑える。
そういう、余裕のある素直さ。
つまり、がっつくなと!!(ええ?!)
・・・まあ、ティーンじゃ無理だよそれはね!!!(むしろがっついてなんぼだ)
あーなんていうか、筆頭は、50過ぎてもヤンチャな気がします。
落ち着いたふうに見えるんだけど、底辺はまったく落ち着かないオヤジ希望。
目を輝かせてアニキと悪巧みしてたらいいよ。
城脱走したりな(そこかい)
ああ、落ち着いて欲しいとも思ってるケド、落ち着かないのもアニキsな気がするうううう!!!(苦悩)