バレンタイン前日
元親は友人である佐助のマンションへとあがりこんでいた。
何故って、十九年ほど生きてきた人生の中で、初めてチョコレート菓子を手作りするためだ。
バレンタインチョコである。
貰う側としてでの参加ではなく、あげるほうとしての参加を決めたのである。
しかし、いくら男らしく決意したからといって、女性にあふれたきらびやかなデパートのチョコレート販売コーナーに行くまでの度胸はも
ちあわせていなかった。
「ならつくっちゃえば?」
「いや、でもおれ菓子とか作ったことねえぜ?」
「ならおれさまが教えてあげる。一緒におれさまのぶんもつくればいいしね」
そんな佐助のさらっとした言葉と笑顔に背を押される形で、元親は頷いていた。
バレンタイン前日に元親は佐助の部屋へと訪れ、早速チョコ作り指南を受けているというわけだ。
「なあ佐助」
「んー?チカちゃんチョコを溶かすときはもっと手早く混ぜな」
「お、おう。あのよ、お前らってさ」
「おれらって、つまりおれさまと旦那ってこと?」
「そうお前と幸村」
「おれたちが何?ほら手首を動かして、全体を練るように混ぜる!」
「こ、こうか?・・・お前らって、つきあってんだよな?」
「つきあってないよ?」
「だよなつきあって・・・ない?!」
「チョコ飛んじゃうよチカちゃん」
呆れた佐助の指摘に、元親ははっとして湯煎にかけているボールを持ち直した。
「はい、そんくらいでいいよ。今度はこっちのカップに流し込むよ」
てきぱきとカップを並べる佐助に頷きながらも、元親は今聞いた佐助の言葉が信じられなかった。
「え、でもお前幸村のこと好きなんだよな?」
「うん好きよ」
「惚れてんだよな?」
「惚れてるねえ」
「き、キスとか、したい意味でだろ?」
「キスとかハグとか更にいうなら押し倒して色々したいと心の底から思ってるねえ」
「だから一緒に住んでんだよな?」
「だからってわけじゃないけど、一緒に住んではいるね」
「それで何で付き合ってねえの?!おれはてっきりお前らは恋人同士だっておもっててそれで!」
「それで何。まーくんにどんな風に告白するかアドバイスしてもらいたいって?」
先回りをされた元親は言葉につまった。
わざわざ佐助にバレンタインの話を振ったのも、幸村という恋人がいる佐助ならば何か良い案をくれるのではないかと思ったからだ。
絶賛政宗という男に片思いしている自分に。
何度か恋はしたことはあるが、男に惚れたのは初めてで、そういう意味で言えば初恋も同然なわけで。
そうしたら今までの経験やら何やらなんてまったく役に立たないように思えてしまって。
政宗とは大学に入ってからの付き合いだ。
同じサークルで気のあった佐助が、剣道部に連れがいるからと迎えにいくのにつきあって、その先で佐助の言う連れ、幸村とともに知り合
った。
三人は幼なじみなのだ。
出会ったその日に元親と政宗は友人になった。
以来、通う学部は違えども、一緒に食事をしたり、他の友人達と一緒に、もしくは二人で遊びにいったりするようにもなった。
それがいつのまにやら愛が一直線にぶっちぎって惚れるという域にまで達していたらしいと気がついたのは、年明けのこと。
告白しようと思いたったのはいいが、どうにもタイミングがつかめず、だったらイベントに便乗すればいいと元親は考えた。
バレンタイン。
絶好の機会である。
しかしながら、生まれてこの方、バレンタインにチョコを貰ったことはあってもあげたことはない。
故に、元親は家では主夫をしている友人に泣きつくことにしたのだ。
チョコの作り方から、さりげにどんなふうに告白し、もしくはされたのかをご教授してもらいたいともくろんでいたのだが。
あんなに普段からニコイチセットでひっついて、ある意味二人の世界を作り出しているし同居もしているのだから、恋人同士だと思ってい
たのに、それが違うとは予想外もいいところだ。
しかも佐助の口ぶりからして、やはり佐助は幸村のことをそう言う意味で好きでいるっぽいのにも関わらずだ。
「そこにチョコ流しこんで。ゆっくりね」
「お、おう」
佐助は元親のほうへと顔を向けて、ふと頬を緩めた。
「おれさまは確かに旦那のこと、そういう意味で好きだし、ハグとかキスとかもしたいって思うし、たまにもう食べちゃってもいいかなあ
とか思ったりもするんだけど」
「さ、さすけ?」
「でもおれ、臆病だからさあ」
「・・・・・・」
かげりを帯びた静かな微笑とその言葉に、元親は己の胸もつきりと痛んだ。
そう、恋をすると臆病になる。
万が一嫌われたりしたらなんて考えたら、心の奥が凍り付くような錯覚に襲われる。
あんなに心許し合っているようでいても、不安になるのかと元親もしんみりとしていれば。
「おれさま旦那のことは長期的作戦でじっくりオとすことに決めてんだよね」
「・・・へ?」
にっこりと笑顔でいったその台詞が、何だか一気に不穏なもののように聞こえたのはどうしてだろうか。
「旦那には笑ってて欲しいからさ」
この台詞はとても胸をうつ台詞だ。
「おれの側でね」
しかしこの一言には何故か背筋が寒くなる。
「だから、おれがいなくちゃダメって思っちゃうぐらいになるまでは大人しく外堀を埋めようと思ってんの」
「お、おう・・・」
「だてに一つ屋根の下で何年も片思いしてきてないから、今更誰にも譲る気もないしね」
にこにこと笑顔で言い切りながら、チョコいれすぎと佐助に注意された元親は、慌てて手を止めた。
佐助の笑顔が怖いと思ったのは初めてだったが、いやいやしかし佐助は幸村をとても大事にしているし、思っている。
それだけは掛け値なしの事実であったので、元親は取りあえずお前も大変なんだなと頷いておいた。
「おれさまがこんなだからね。堂々と告白するっていうチカちゃんはほんと尊敬するし、応援するよ」
「あ、ありがとよ」
「まーくんについてはね、あの人超絶面倒くさがりだから、とりあえず先にチョコを渡しちゃいな」
「へ?」
チョコの上にアーモンドプードルをかけながら、元親はどういうことかと顔を上げて聞き返した。
唇を弧に描いて佐助が笑う。
「あのルックスでしょ?そりゃもうこの時期モテルモテル。
チョコなんて貰ってられるかって、基本あの人、チョコは受け取らないの」
その一言に、元親は己の顔からさあっと血の気が引いていくのが分かった。
だったらこのチョコレートも意味がないじゃないかと、そう思ったのだが。
「つまり、逆にチョコを受け取ったら大いに期待できるってこと」
「ほ、本当か?!」
しっかりと佐助は頷いた。
「とりあえず、まずは軽いノリでチョコだけ渡して様子を伺う。
まーくん基本あんまり甘いものは好きじゃないけど、そこはそれ、ちゃんと甘め押さえたビターチョコにしてるし、甘くないからって言え
ばいい。
受け取ったならもうそこは一気に告白しちゃえばいいよ」
「お、おう・・・」
「だあいじょうぶだって!まーくんにとってもチカちゃんは大のお気に入りだもん」
確かに、友人として好かれている自信はあったが、長年の幼なじみの太鼓判は嬉しい。
「だから頑張りな、チカちゃん」
「ありがとな、佐助」
うんと頷いて、佐助はその笑顔のまま、取りあえずチョコの形をもう一度綺麗になおそうねと言った。
アーモンドプードルをかけすぎたチョコが、棘の短いいがぐりのようになっていたからだ。
ありったけの恋心を込めたチョコレートだ。
そりゃ見目だっていいものにしたいと、恋する男元親はめげずにもう一度チョコレートを作り直したのであった。
バレンタイン前日その2
佐助のマンションからの帰り道、寒さと少しばかり空腹を訴える腹を宥めるためコンビニで肉まんを買おうと思った元親は、
店内で二つ年下の後輩を見つけた。
「三成?」
声をかければ、大げさなほどにびくりと肩を震わせて振り返る。
三成は高校の後輩で、かつ従弟の家康の友人として、元親とも見知った仲なのである。
学校に行った帰りなのか制服の上にコートを着た三成は、何故か慌てたようすで熱心にのぞき込んでいた棚に背を向けた。
「ももも元親!いや、これは、違うぞ!別にチョコレートを見ていたわけじゃなくて!」
必死の形相でまくしたてる三成に、元親はぱちくりと瞬いて、三成が隠したがっているがまったく隠せていない背後に目をやった。
そこは正しく、コンビニのバレンタイン特設コーナーであった。
「い、家康のやつがチョコチョコと五月蠅いから、どんなものがあるのかと思っただけで!」
なるほど、渡す相手として思い描いたのは家康らしい。
従弟がこの素直でない後輩に惚れているのは知っていたので、元親は何だか胸がきゅんと温かくなった。
よかったな家康!お前の想いは報われているぞと肩をばしばし叩いて祝福してやりたい気持ちにかられたが、それはちゃんとチョコを受け
取ったあとにしてやろう。
元親はにかっと笑った。
「そっかそっか。いやー、最近はチョコも一杯種類があるらしいからなあ。
おれもちょっと気になってたんだよ」
三成はあからさまにほっとしたように肩から力を抜いて、次いで不自然な裏返った声で同意した。
「おれも家康も甘いもんは好きだからなあ。
こういうのがあると食べたいなって思うんだよな」
「そ、そうなのか?」
食いついてきた三成に、元親はおうよと頷いて見せた。
「おれも試しに一個買ってみるかな」
そういって元親は、三成の背後から適当な箱を一つ手にとってみた。
政宗へのチョコレートを買うのにデパートには行く勇気を持てなかった元親だったが、
年下の友人と従兄弟の恋路のためなら、コンビニでバレンタインチョコを買うくらいの男気はみせれた。
手にとってみせれば、三成はふいと目線をそらして、元親が手に取った隣の箱を手にした。
「な、ならば私もついでで試してやることにする」
そうかいと言いながらレジへと向かい、元親は内心で笑みをかみ殺した。
ああもうちくしょう可愛いな、と三成の頭をわしわしと撫でたかったが、ここはぐっと我慢する。
今回は家康に譲ってやろう。
店員はやる気がないのか、それとも接客のプロとしての気遣いからか、見事なポーカーフェイスで応対してくれた。
コンビニをでて三成とわかれしばらく同じ道を行き、三成とは別れた。
家路を帰りながら、肉まんを買うのを忘れたが、代わりに胸はほっこりと温まったのでまあいいかと思った元親である。
バレンタイン本番
この日の大学構内は、朝から皆妙に浮き足立っていた。
元親もその一人である。
いつ渡そうとそわそわしているうちに、朝の授業は終わった。
昼食も一緒に食べることには成功したが、カフェテリアでは政宗にチョコを渡そうとする女子と、それを鬱陶しそうに追い払う政宗の姿に
、己のチョコを渡す隙を見いだせなかったのだ。
午後の授業の間、昼食時のことを思い出して、元親はべこべこにへこんだ。
佐助の言うとおり、政宗は一つもチョコを受け取らなかったのだ。
いや、それはいいのだ。
逆に元親にもチャンスはあるのだと喜ぶべきところだ。
けれど、政宗のモテっぷりと、チョコを断るときの冷たい相貌をみたら、自分が差し出したときも同じように断られるんじゃないかと、そ
う思ってしまって。
告白しようと思っていた。
そんな勇気もしおれてしまって。
チョコは未だに元親の手の中だ。
いやしかしまだ今日という日は終わらない。
昼がダメなら、授業が終わったあと、帰り道にでも渡せばいいのだ。
一度へこんで沈んだあと、元親は持ち前のポジティブシンキングで立ち直った。
そしてその放課後。
とりあえずメールで一緒に帰ろうと誘いをかければ、OKと帰ってきた返事。
用事が終わったあと迎えに行くから、そのまま講義室で待ってろと言われて、元親も分かったと返事を返した。
携帯をとじて、よしと一言気合いを入れる元親を、親友の半兵衛がどこか呆れたような半眼で見ていた。
「政宗君からの返事は色よいものだったらしいね?」
「おう!とりあえず大学構内だと分が悪いから、帰り道に渡す!!」
「そう。まあ一応応援はしてあげるよ」
半兵衛も政宗のことは知っていて、さらにいえばあまり気が合わないらしい。
政宗のことを好きになっちまったと告白したときも、半兵衛は目を剥いて、よりにもよってどうしてあんな性悪に引っかかるんだい?!と
揺さぶられたほどだ。
確かに、政宗と半兵衛の舌戦を聞けば、性悪と言われても仕方ないかと思えるほどの華麗な嫌味を政宗は駆使しているが、
それをいうならお前だってそうじゃねえのか、とは半兵衛に怖くて言えなかった元親だ。
それでも好きなんだと言う元親に、半兵衛は盛大なため息を吐いたが、今ではそれなりに応援してくれるようになった。
「その様子だとチョコ作りもうまくいったようだね」
「ああ。佐助にびしばししごかれたからな!そういうお前は?」
「僕は今年は既製品だよ」
とあるブランドの名前を告げられて、元親は戦いた。
「お前、この時期に店に買いに行ったのか?!」
女性ばかりの戦場に一人立ち向かうなど、勇者だと元親は己の親友を尊敬の眼差しで見つめた。
多少疲れはしたけど、ここのチョコは僕も気に入っているからねと半兵衛はさらりと答えた。
親友のその男気に、ますます尊敬の念を深めていると、講義室の扉が開いた。
政宗かと振り返ったところに立っていたのは、政宗よりも元親よりも大柄な男。
「あ、いたいた!」
おーいと手を振る慶次はいつも浮かべている人なつっこい笑顔を浮かべている。
が、元親は手をふり返すことも忘れて、慶次がもつモノのほうに目が釘付けになっていた。
「・・・慶次のあれは何だ半兵衛」
「花束だね」
「ああ、花束だよな・・・何で花束なんぞ抱えてんだアイツ」
「バレンタインだからだろ」
確かに他に言いようもないかもしれないが、それで納得してもいいのだろうか。
「というか、あいつ大学構内あれで歩いてきたのか・・・」
注目の的だっただろうが、まったく気になどしなかったのだろう。
慶次の手にはガーベラを中心とした小さなブーケが一つと、もう一つ一際目をひくピンクの薔薇の花束があった。
「元親もいるなら丁度いいや。これおれからのバレンタインね!」
はいと小さなブーケを渡された元親は瞬間唖然とし、ついで目を見開いて大慌ててで慶次にブーケをつきかえした。
「お、おおおおおおまえは阿呆か!何おれ相手に花束なんぞくれてやがんだ!」
しかも己の恋人の目の前で!!!
これは何かの間違いだと焦って半兵衛のほうを視線を向ければ、しかし半兵衛は怒るわけでも焦るわけでもなく、
どちらかというとどこか面倒くさそうな気だるげな様で元親と慶次を眺めていた。
あれ、と元親は瞬いた。
ここは普通怒ったり、文句を言ったりするところではなかろうか。
己の恋人がバレンタインと言って、自分以外の人間に花束を渡しているのである。
「元親君、そんな悲愴な顔をしなくてもいいよ。慶次君のこれはいつものことだから」
「へ?」
「慶次君はいつもバレンタインにはお礼と称して何かプレゼントするんだ」
「そうなの?」
親友の半兵衛の恋人である慶次とは、高校のときから面識はあったが、慶次とは高校が違うため、そんなことは露とも知らなかった元親で
ある。
「・・・お前、それでいいの?」
「何がだい?」
「いや、何がって・・・」
女子でいうところの義理チョコみたいなものなのかもしれないが、慶次の人なつっこさとあけすけな好意は、誤解を生むのに十分なものだ
と元親は思ったのだが、半兵衛は気にならないのだろうか。
そんな元親の疑問を読み取ったのか、半兵衛は肩をすくめた。
そして鞄の中から上品な臙脂色の包装紙でラッピングされた箱を取り出して、慶次に差し出す。
「慶次君、僕からのバレンタインだよ」
「お、サンキュー半兵衛!!」
慶次は嬉しそうに破顔して、半兵衛からの箱を受け取った。
「んじゃ、おれからはこれ、はい!」
慶次はピンクのどでかい花束を半兵衛に押しつけた。
素直に受け取りながらも半兵衛は目を細めてため息を吐いた。
「・・・どうせ渡すなら帰り際のほうが荷物にならなくて助かるんだけどね」
「丁度いたんだから、いいじゃん。それにどうせ半兵衛の部屋行くんだから、心配しなくてもおれが持つって」
「それはそれで恥ずかしい絵になってるってことにいい加減気づいて欲しいんだけどね」
「でも貰ってくれるんだろ?」
「・・・これは僕のための花束なんだろう?」
慶次は目を細めた。
見てるこっちが恥ずかしいほどの綺麗な微笑を浮かべて首を傾ぐ。
「だから、半兵衛にもらってもらえなかったら、おれの部屋で寂しく枯れちゃうことになっちゃうよ」
「薔薇が可哀想だからね」
うんと慶次は満足げに笑った。
薔薇の花束を持ったまま、半兵衛は元親のほうを向いた。
「ここまであからさまに差をつけてくれてるんだ。一々妬くのも馬鹿らしいだろう?」
「そ、そうかもな・・・」
あまりにキラキラシイ二人の世界にあてられていた元親は、引きつった乾いた笑みを浮かべてどうにか頷いた。
色々思うところはやはりあるが、半兵衛がいいというのならいいのだろう。
「だから君さえよかったら、ブーケも受け取ってあげればいいよ。どうせ同じ学部やサークルの女の子達にも渡してきた帰りなんだろ?」
「うん。それが最後の一個。元親は大事な友達だから、日頃の感謝を込めて!」
はい、とてらいのない笑顔で差し出されれば、元親も絆される。
元親にとっても慶次は大事な友達なのだ。
ブーケは確かに可愛らしいものだったし、半兵衛がいいというのなら、有り難く頂こうかと元親は手を伸ばした。
慶次が満足げに笑うのを見て、思わず元親も頬を緩めて破顔した。
「あんがとよ」
「別にホワイトデーは気にしなくていいからね!」
「そりゃ助かる」
そう笑ったところで。
がらりと扉が開いた。
隣の半兵衛が瞬間目を見開き、次いで何かを諦めたかのように眉を下げた。
何だと思って元親は振り返った。
「!!!!」
そこにいたのは、元親を迎えに来てくれたのであろう政宗であった。
「あ、政宗じゃん」
慶次のあっけらかんとした声音に半兵衛は額を抑え、元親は顔から血の気を引かせた。
政宗はまっすぐに元親を見ていた。
元親と、元親の手にある花束を。
元親は意味も分からずあわあわと手を動かした。
何故だか分からないが、ものすごく悪いことをしてしまった気になった。
それは言うなれば浮気現場を見られた夫のような気まずさだった。
政宗の視線がふいと外れる。
元親は息を詰まらせた。
そして政宗は何を言うまでもなく、そのまま元親に背を向けて後ろ手で音をたてて扉を閉めた。
背を向けられた元親は響いたその音に呆然とした。
「え・・・?え?!」
「・・・タイミングが悪かったね」
半兵衛のそのため息混じりの言葉に、元親はばっと振り返った。
「な、なあ、もしかして今のって、おれ何か誤解された?!」
「それは分からないけれど、少なくとも機嫌はよくなかったみたいだね」
「っっっ!!!」
「いいから、追いかけたらどうだい?渡すものがあるんだろう?」
「で、でも・・・」
あからさまに拒絶するような背を向けられてしまっては、踏み出す一歩なんてもてやしない。
ただでさえ昼間から周りが五月蠅いと、機嫌が良くなかったのだ。
それでも何とかチョコを渡して、できれば告白しようと、何とか保っていた気力がいまのでばっきりと折られてしまった。
半兵衛は元親の手からブーケを取り上げて、真正面から元親と顔を合わせた。
真摯な表情で言う。
「今日という日はもう二度とはこないんだよ、元親君。
君がこの日を選んで決意したなら、今ここで諦めてしまったら後悔しないかい?」
「・・・・・・」
元親は迷うように瞬いて半兵衛を見返した。
半兵衛の言うとおりだ。
何のための手作りチョコだ。
何のためのバレンタインだ。
今まで告白できなかったから、この日を選んだのだ。
愛の日に盛り上がる空気に背中を押して貰うために。
「ほら、これは僕が預かっておくから。よかったら明日にでも持っていってあげるよ」
親友の言葉に元親は勇気づけられた。
「半兵衛!!ありがとう!!!おれ、いってくる!!!!」
元親は拳を握りしめて気合いを入れたあと、鞄をひっつかんで講義室を出た。
「おれなんか悪いことしちゃった?」
元親を見送ってきょとんと慶次は首を傾いだ。
半兵衛は吐息を吐いた。
「確かに間は悪かったけど、あの二人にとっちゃある意味いいタイミングだったかもしれないね」
バレンタイン本番その2
講義室をでた元親は政宗を追った。
が、すでにその姿は廊下にはなく、元親は大学構内を探し回った。
それでも政宗は見つからない。
元親は眉を下げた。
もう帰ってしまったのだろうか。
せっかく迎えに来てくれたのに、怒らせてしまったのか。
慶次に花束をもらうことが、どうして政宗が怒ることに繋がるのか、佐助や半兵衛がいれば苦笑して元親に答えを与えてくれただろうが、
生憎と元親の側には聡い友人の姿はなく、また元親も政宗に背を向けられたショックから、その脳みそは殆どその役割を果たしていない。
ため息を吐いた元親はとぼとぼと帰り道についた。
メールしてみようか、でも無視されたらショックだとか、でもこのまま家に帰ることも未練があって、
元親の足は政宗のマンションへと向かっていた。
と、そこへ元親の携帯が軽やかなメロディを奏でた。
はっとして、元親は慌てて携帯をとる。
「も、もしもし?!」
「アンタいまどこにいる?」
電話口の政宗の声音は感情の色がなく平坦で、元親は胸がきゅうと締め付けられたが、それでも電話をくれたことが嬉しくて声を詰まらせ
た。
「Hey,聞いてんのか?」
「き、聞いてる!おれは、今お前のマンションの近所にいるんだけどよ・・・」
そう言えば、沈黙が返ってきて、元親は俄に不安になった。
「政宗?」
「I see. すぐ帰るから、前で待ってろ」
そう言って、元親の返事も待たずに電話は切れた。
元親は呆然としたまま、無機質な電子音をしばらく聞いたあと、己の携帯をまじまじと見返した。
いまいちまだ脳みそは動いていないが、とりあえずまだ自分にはチャンスが残されているらしいことは理解した。
政宗にチョコを渡し告白するチャンスが。
そう思えば、今更ながらに元親は緊張の波に襲われた。
ぎくしゃくと足を動かし、政宗のマンションへと向かう。
オートロックだから、部屋の前まではいけないので、マンションの入り口の脇にある植え込みに元親は腰を下ろした。
鞄を開いて紙袋を取り出し確認する。
昨日佐助の指導の元作り上げた、生まれて初めての手作りチョコである。
こんなものを真剣に作ってしまうぐらいに、自分はあの男のことが好きなのだ。
好きだから、好きになって欲しいと思う。
だから、告白しようと思った。
ひっそり片思いで満足するほど謙虚ではないのだ。
けれども自分は意気地がなくて、中々告白することができずにいた。
バレンタインという日は、そんな自分に一歩を踏み出す勇気をくれたのだ。
足音が側で聞こえて、元親は顔を上げた。
そしてあんぐりと顎を落とした。
足音の主は、思ったとおり政宗だった。
が、元親が思っていた政宗ではなかった。
服装は昼見たのと同じだ。
その手にある鞄も同じ。
違うのは、反対側の手にあって、その存在をこれでもかというほどに主張している花束だった。
薔薇の花束だ。
しかも真紅のだ。
いっそ恥ずかしいを通り越してすがすがしすら感じられるほどの色だった。
何故政宗の手にそんなものがあるのか、元親の頭は答えを見つけられなかった。
「お、まえ、なに、それ・・・」
「見りゃ分かんだろ」
確かに、見ればわかる。
どっからどうみても、立派な金のかかった薔薇の花束だ。
見目の整ったこの男が持つと異様な迫力がある。
花屋で買ったのだろうが、きっと花屋からここまで、行き交う人々の視線を釘付けにしたことだろう。
実際、花束を片手にもつ政宗の姿は、大層絵になった。
うっかりすれば見惚れてしまうほどに。
けれども今の元親にとってはインパクトと疑問のほうが強すぎた。
ぽかんとして反応を返せない元親に政宗は焦れたように舌打ちをした。
「アンタにやる」
「は?」
政宗は元親にその花束を突きつけた。
「やるっつってんだ、さっさと受け取れ」
尊大にもほどがある言い回しだったが、元親にはそれを揶揄する余裕などない。
まだどこか呆けたさまでありがとうと礼を言って、手を差し出した。
と、そのまま手首を掴まれ、強い力で引き寄せられた。
薔薇の濃い香りがした。
「ま、さむね?」
政宗の腕の中に抱きしめられている。
側で香る芳香が元親にその現実を教えてくれた。
「嬉しそうな顔で、花束なんぞもらってんじゃねえよ」
耳元をくすぐる低い声に、ぞくりと身が震えた。
「花が欲しいなら、いくらでもおれが贈ってやる。チョコレートがいいなら店ごと買ってやる」
「み、店ごとっておまえ」
大学生でありながら、政宗は父親の仕事の手伝いをし莫大なポケットマネーを持っていることは知っているが、だからといってその言葉は元親の理解力を越えていた。
この状況も、元親の予想の範疇を越えている。
何故自分は告白もしていないのに政宗に抱きしめられていて、チョコを渡してもいないのに、店ごとチョコを買ってやるとかいわれているのだろうか。
「今日はバレンタインだろう?」
「そ、そうだな」
「愛を告げる日らしいじゃねえか」
「そ、そういう一面もあるな」
「アンタが望むもんをやるよ」
だから、と熱を秘めた瞳が、至近距離で元親の瞳を見つめる。
「おれ以外からの愛なんぞ、受け取るんじゃねえよ」
傲慢以外の何ものでもない台詞なのに、どこか切なげに聞こえる声。
どうやら告白する前に熱烈に告白されてしまったということに気づいたのは唇に熱い体温が重なってから。
取りあえずこのキスが終わったら返事をする前に人生初の手作りチョコを渡そう。
渡してそっくりそのままその告白を言い返してやろうと、元親はキスの熱に翻弄されながら目を閉じた。
+あとがき+
いつも私は、現代筆頭のオプションに薔薇の花束が似合うと握り拳で思っているのですが、
そういや実際に薔薇の花束持たせたことなくね?と思い、ケージ様の花束にかこつけて、
筆頭に薔薇を担がせてみました。
服は普段からシックな感じなので、大学用の私服でも違和感ないと思います薔薇の花束。
ケージ様に花束もらって照れた感じで嬉しそうに笑う兄貴を目撃しちゃったら、いてもたってもいられなくなった筆頭。
やはりとっくに兄貴にオチてた模様。
兄貴、筆頭、ケージ様、ハンベ、サッケ、ユッキ、でてきてませんがきっと秀吉も同じ大学。
マンモス私立(笑)
関ヶ原は同じ高校のただいま3年。
兄貴と秀吉は機械工学、ハンベは哲学、ユッキとケージ様はスポーツ科学、サッケは日文、筆頭は英文(爆)
ハンベとサッケと筆頭は一年時同じ文学部ってなことで、同じクラスでございました。
竹中と伊達ですからね。
入学式の席は隣同士ですが、そのときからお互い、こいつとは合わねえってな感じで舌戦を繰り広げてたわけです(サッケはとめない)
ユッキとサッケと筆頭は腐れ縁。
兄貴とハンベ、ケージ様は高校からの付き合い(兄貴とハンベは同じ高校、ケージ様は駅一つ向こうの別の高校)
兄貴とハンベは関ヶ原と同じ高校で、先輩後輩(ハンベが生徒会所属時、みっちゃんも生徒会1年)
兄貴と家康様は従弟。
高校ではハンベの年のごとく異例で三年ですが家康様 生徒会長 みっちゃん副会長でございます(二年連続)
あとはユッキと筆頭が剣道部の二大エースで、みっちゃんとは大会とかで顔を合わせたりしています。
サッケとユッキは、小学生あたりから同じ武田の一つ屋根の下です。
大学に入るにあたって、当然のごとく二人暮らしでと現在同じマンションで同居中。
ケージ様とハンベは、ハンベが小学生二年の時ケージ様の近所に引っ越してきてからの付き合い。
設定を考えるのは本当に楽しい。