Extra>cobalt blue


初めて訪れた世界の果て。
一面の白い世界。
北の国へ足を向けるときでも、元親は皮のコートをはおるくらいでさほど防寒には意識を払わない男だったが、
流石にここにくるときにはコートの下に何枚もの毛皮を着こんだ重装備で挑んだ。
重装備なのは政宗も同じだ。
吐く息は白い。
空は薄いブルー。
世界の果てで人知れず生き続ける氷河。
ここでは音はすべて白い雪に吸い取られてしまって、
ときおり氷河の崩れる鈍い音が空気を震わせるだけだ。
「綺麗だろ、って聞くのも野暮みてえな景色だろ」
「・・・Ah,そうだな」
仲間たちの乗る飛行船は少し離れた場所に止めてあって、今ここにいるのは自分たち二人だけだ。
眩暈がしそうだとつぶやけば、元親はそうかいと楽しそうに笑った。
「突然進路変更するだなんて言いやがるから、何かと思えば」
お頭さまの突然の我儘には慣れているとはいえ、さすがに北の最果てへ乗り込むにはそれなりの準備がいる。
副長扱いには慣れて久しい政宗だったが、だからといって手間は手間だ。
理由を聞いてもにやにやと意味深に笑うだけで教えてもらえなかったのも、面白くなかった。
けれど、そんな不機嫌さも簡単にどこかへ吹き飛んでしまった。
どこまでも白い氷河のところどころには、澄んだ深い青がある。
空の青とはまた違う、硬質なでも透明な色。
視界の端で氷河の一角が凍った大気を震わせ崩れていく。
崩れてた氷は水になりやがてまた雪となって氷河となる。
どこまでも雄大で、荘厳ささえ感じられる自然のサイクル。
王になっていれば触れることは叶わない贅沢だなと政宗は思った。
この男はいつも簡単に、宝石のようなそれらを政宗に寄越す。
見渡す限りの草原。
見たことのなかった地平線と彼方にある岩山。
二人で馬を並べて駆けた時、元親から与えられた言葉も笑みも、自分は死ぬまで忘れることはないのだろうと政宗は思った。
今も。
そうやって、元親によって与えられたものたちが、星のようにきらきら光って、降り積もっている。
政宗は声に出さずに笑んだ。
隣に立つ男の背中に額を押しつければ、元親は何かを期待するかのように問うた。
「気に入ったか?」
「・・・Ya」
子供みたいな元親の声音に思わず苦笑して、けれども政宗も素直に頷いた。
素直に頷くことはできても、我ながらどうしようもない無防備な顔は見せられない。
後ろから腕を回して抱きしめれば、回した手に手を重ねられる。
くつくつと笑む声はどこまでも嬉しそうに聞こえて、耳に甘い。
「この間、お前が買ってきた酒をロックで飲んだだろ?」
「ああ」
「あれ飲みながら思いついたら、いてもたってもいられなくなってよ」
「Han?」
政宗が顔を上げれば、元親は首だけで振り返っていたずらっぽく瞳を光らせた。
「ここの氷で飲む酒は格別に旨いんだよ」
「・・・Ah」
相変わらず自分に正直に生きるお頭様に、政宗は思わずあきれたが。
それに、と続けられた声に言葉を封じられる。
「お前に見せたいって思ったのさ。おれが、すげえって思ったこの景色を。
そう思っちまったら、我慢できなくなっちまってよ」
緩んだ政宗の腕の中で体を反転させて、元親は政宗の額に己の額を寄せた。
その頬が真っ赤なのは凍てつく寒さだけが理由じゃないことを知っている。
にっと笑って、元親は宣言するかのように言った。
「覚悟しとけよ?お前に見せたいもんが、まだまだ沢山あるからよ」
「そりゃ楽しみだ」
今更、覚悟なんて必要ない。
身を縛ってきたすべてはあの日王宮に置いてきた。
政宗は自由だった。
けれど、この心を捕えて離さないものがずっと胸の奥で輝いている。
空を映しこんだような青。星のような銀光。
政宗だけの星。
しいて覚悟というのなら、その輝きに、一生心を奪われ続ける覚悟はしている。
まあ覚悟というには、あまりにも甘い響きのものだったが。
氷河のように白い肌にくっきり浮かび上がった赤い唇に、唇を重ねたその隙間、政宗はそう忍び笑った。