ⅩⅣ You are my shine star




 空を行くという感覚は確かに、今まで政宗が感じたことのないものだった。
 遮るものが何もない。
 雲よりも上。
 一面に広がる雲海と、空の青。
 視界を掠める山の連なり。
 世界はこんなにも広い。
 そんな当たり前のことが、妙に胸に迫って感じられて、押し流されてしまいそうだ。
 そう言えば、元親は、押し流されるタマかよと、政宗の殊勝な感動を鼻で笑い飛ばしてくれた。
 はじめは二人だった船にも、いつのまにか人が増えた。
 元親の元部下だった連中も、元親がまた船を手に入れて空を渡っているのを知るとすっとんできた。
 元皇子だった政宗を知るものは元親のほかにはいない。
 ここでは、政宗はただの、腕の立つ男でしかなかった。
 面倒くさい仕事は、元親が率先して政宗に押しつけてくるものだから、
船にのる男たちは政宗のことを副長扱いしていたが、ただの雑用係の間違いだろうと政宗は思う。
 けれどまあ、それも悪くはなかった。
 元親の一番側にあると自負できるものをもらえるのは、悪くなかった。
 元親は相変わらず、風のように自由な男で、政宗をおれのものだと言ったことなど、まるでなかったかのように飄々としている。
 政宗が、船から降りたいと言っても、この男は引き止めようなどとは思いもしない。
 戯れに言ってみた政宗のその言葉に、むしろ、どこか楽しげに頷いて、
元親は政宗がこの船を降りたあとの提案までしてくれた。
 その言葉が掛け値なしの本心だとわかってしまうので、政宗も文句を言う気にもなれない。
「新しい海賊団を立ち上げたらどうだ?
テメエほどの器量なら、すぐに人も集まるだろうし、それこそ名のある海賊団になんだろ」
 元親の瞳はきらりと楽しげに、そしてどこか物騒な熱を込めて光っている。
「テメエが商売敵なら、楽しいだろうしなあ」
 間違いなく、その想像をこの男は楽しんでいた。
 政宗は肩をすくめてみせた。
「Ha,アンタが言うなら考えてもいいがな。そうなったら、アンタの側にはいられねえだろ」
 元親は首を傾いで、間延びした声で頷いた。
「そりゃなあ」
「アンタに期待してもらえるのは光栄だがな、丁重にお断りするぜ、お頭」
 その顔をのぞき込んで、政宗は唇を引き上げる。
「悪いが、おれの望みはアンタの側で一緒に生きることだからな」
 銀糸に手を差し入れ、後ろ頭を抱き寄せて、その肩に顔を埋めれば、頭上で苦笑がこぼれるのがわかった。
「おれは別に、テメエを縛り付けときたいわけじゃねえよ。テメエにやりたいことができたってなら、余計にな」
 ただし、勝手におれですら手の届かない空の彼方に逝くのだけは許さねえがな、
と念を押す、その言葉が聞きたくて、きっと思ってもいない戯れを口にしてしまいたくなるのだろう。
「同じ空の下にいてくれりゃ、それでいいさ。テメエが欲しくなりゃ、勝手に追いかけるからな」
 元親はいつも、あっさりと柵を越えて、政宗の中に入ってくる。
 そんなことができるのは、許すのは、元親だからだ。
 少し照れたように頬をかいて、元親は続けた。
「けどまあ、それがテメエの望みだって言うなら、おれがとやかく言う謂われはねえよ」
 政宗はにやりと笑って、肌に映える赤い唇に噛みついた。
「…テメエはホント、噛み癖が悪イな」
「知ってて拾ったんだろ?文句言うなよ」
 噛みついたそこに、宥めるように唇を落とせば、開き直るなと怒られた。 
 政宗は機嫌よく声を出して笑った。
 政宗が見つけたもの。
 手を伸ばせば手が届く。
「なあ、元親」
 共に空を行くようになってから、政宗は元親のことを名で呼ぶようになった。
 海賊、と呼びかければ、テメエもだろ、と笑われたからだ。
 もっともだと頷いて、そのとき政宗は、この男の名を呼んだことがないことに初めて気がついた。 
 そのうち仲間も増えて、頭となった元親を、政宗もお頭と呼ぶようになったが、政宗は、元親のその名も呼ぶ。
「おれは別に、自由になんざならなくてもいいんだよ」
「……」
 元親はその言葉に続きがあることを知っているように、静かな目で政宗を見返した。
 政宗は唇を緩めた。
「アンタの隣で、おれは自由ってもんを眺めることができる。触れることができる」
 その体を、力を込めて抱きしめた。
「アンタになら、縛られるのも悪くない」
 視界に広がっているのは、果てがないように見える青い空。
 その空と同じ色の瞳が、政宗にとっての空だ。
「おれの一族は星に縛られて生きていくんだ」
 自分だけを映す空色の瞳に手を伸ばして、その目じりに触れる。
「元親、おれにとっての星はアンタだった」
 胸に刻まれた銀光。
 掴みたいと手を伸ばした先に、指先に許された体温。
 手を伸ばせば、星にだって触れられる。
 それを、許されている。
「いつか、アンタはおれに聞いたな」
 しあわせじゃないのか、と。
 政宗は目を伏せた。
 応えるように体にまわされた元親の腕を感じて、笑う。
「なあ元親」
「ん」
「おれの人生、中々どうして、シアワセだぜ?」