緑黄色トラップ
人間関係構築へのアドバイス。初対面の人間との話題。決して野球の話はするな。
追加。食べ物の好き嫌いの話もするな。


まあ人間だもの、食べられないものの一つや二つはあるだろう。
まあ人間だもの、好き嫌いは普通にあるだろう。
完璧なんてほど遠いよな、だって人間だもの。
しかしだ。
物事には限度というものがあるだろう?
元親はさりげなく隣の男の弁当箱に目をやり、そしてぴしりと動きを止めた。
こめかみが引きつっているのは気のせいではないだろう。
無意識に箸を握る手に力が入る。
ああ、そんなご無体な。
折れちまうよお前さん。
箸の嘆く声が聞こえた気がしたが、元親の手から力が抜けることはなかった。
ああ、ごめんな、別にお前をまっぷたつに折りたいわけではないんだ、と殊勝に弁明。
けれどこれは不可抗力というやつだ。
「おい・・・!!」
低く這うような声は己の唇からこぼれた声。
ばきり、という鈍い音は、己の手の中にあった箸の悲鳴だ。
その物騒な音二つに、何事かと顔をあげる友人二人のことなんざ、元親の意識にはなかった。
同じく箸を折った元親を驚いたような顔で見つめている眼帯の男が問題で。
弁当箱のはしっこに避けられている固まり。
元親は己の膝の上に乗せていた自分の弁当箱を、コンクリートの床に置いた。
「まあ、にんじんは分からねえでもねえよ。ピーマンもまあ、苦みがあるよな」
ピーマンが苦手なようだから、政宗の弁当にはピーマンをいれないようにした。
にんじんも苦手なようだから、同じくにんじんはいれないようにした。
「鳥の皮がぶよぶよしてて気持ち悪いというのも、まあわからんでもない」
自分は好きだから、代わりに自分の弁当に入れてしまえと実は喜んだのも本当だ。
「豚の脂身が嫌だってのも、まあ許すぜ」
肉の脂身を嫌う人間は多い。
しかしだ。
なすびは火を通した後のあのなんともいえない色が苦手、トマトは種の部分が苦手。
ネギは口がくさくなるから苦手。オクラはねばねばがなところが苦手。
魚の干物は固くて食べにくく乾物くさいから苦手。
元親は別に好き嫌いが悪だなどとは思ってはいない。
そりゃ人間生きていたら、苦手な食べ物の一つや二つはあるだろう。
残されるものを目安に元親は政宗の苦手なものは弁当箱に入れることは避けてきた。
食べないのが分かっていて入れる必要はないし、捨てるのなんかもってのほかである。
なら初めから自分が食べるというものだ。
選択肢が減っていく食材の中から、それでも決して偏りすぎないようにとメニューを考え。
限られた食材の中からメニューを考えるそのパズルじみた作業は嫌いではない。
我ながら主婦じみているとは思うが、嫌いではないのだ。
「けどよお、政宗」
しかし、物事には限度というものがある。
「もやしの何が気に入られねえのか言ってみろやコラア!!」
立ち上がって箸をへしおったその右手で政宗を指さして元親は吠えた。
ぎょっと目を剥く佐助や幸村はやはり意識のなかには入っておらず、その目はただ政宗だけに注がれている。
その政宗は元親の剣幕に他二人と同じように驚いたらしく、箸を持ったまま動きを止めていたが、真面目な顔をして眉を寄せた。
「・・・ひげ、っつうのか?あれがちょっとな」
律儀に理由を述べてくれたが、この場合その律儀さは無くて良いものである。
元親は眉を盛大に跳ね上げた。
「もやしが何本あると思ってんだ?一本一本むしれってのか?!」
「それはさすがに面倒だよねえ」
同じく弁当の作り手である佐助は呆然とした声のまま相づちを打った。
「おれだってセロリは喰えねえよ。そりゃ一つや二つ、嫌いなモンがあんのは当然で普通でむしろ当たり前だろうよ。
けどよお、テメエの場合は多すぎだ!!ひげがいやでもやしが喰えねえって、お前は幼稚園のガキか?!」
ぽかんとしていた政宗であったが、さすがに幼稚園児扱いされて腹がたったらしい。
片眉を険悪に跳ね上げて立ち上がった元親を下から見遣る。
その目つきはもはや睨んでると同意だった。
しかしながらにらみ合いでは元親も負けるつもりはない。
「んだと?」
「毎回毎回何かしら残しやがって!!テメエが残してるやつがどれだけビタミンやカロチンもってるか知ってっか?!」
元親にはその辺の知識が主婦並みにあった。
案外そのテの知識を得ることは嫌いではないのだ。
「知らねえよ!つか普通の男子高校生なら知らねえよ!」
「おれは知ってるけどねえ」
佐助が呑気に呟いたが、テメエは普通じゃねえんだよと顔を向けずに政宗に一蹴された。
かわりに、それがしも知らぬでござる、という幸村の呟きにはまるで鬼の首を獲ったかのように同調した。
「Ha!You heard that, didn't you? ほらみろ、これが普通の反応なんだよ!」
「ああそうだろうな。だがまあ無知なテメエでもこれぐらいは分かるだろうよ。第一に、もったいねえだろうが!!」
「ちゃんと材料費は折半で出してるだろうが?!」
「金の話じゃねえよ!デリカシーに欠けるやつだなテメエも!おれがいいたいのは、喰いもん自体がもったいねえだろうって言ってんだよ!!だいたい、テメエのことだ、食わず嫌いが大半じゃねえのか?!」
「なんだと?!」
政宗はゆらりと立ち上がった。
すかさず佐助が膝の上の弁当箱を回収していたから、以前のように、弁当が無惨にぶちまけられるという事態は避けられた。
寄せられる目つきの凶悪な顔。
「人が作ったもんにたいする感謝ってのがねえのかよ?!」
「別におれから頼んでねえだろ?!」
政宗が発したその一言に。
元親は一気に我に返った。
あれだけ頭を熱くさせていた血が、一気に冷えたと言っても良い。
反射で開いた唇だったが、そこからこぼれる言葉はなく。
結局ぐっとつまるしかなかった。
「・・・・・・」
元親は唇を閉じて、俯いた。
その様子に、政宗のほうも気勢をそがれたようである。
妙な沈黙がその場を支配した。
たしかに、政宗の言うとおりだった。
政宗の昼食について一方的に気にしていたのは元親で。
元親の方から言ったのだ。
弁当を作ってきてやろうかと。
政宗はそれに頷いただけで。
元親に、作ってくれとは一言も言っていないのだ。
つまり、政宗の弁当を作っているというのは、元親の一種の自己満足で。
言うならば、押しつけていたようなもので。
そこまで考えを巡らせて、元親は唐突に脱力した。


親切とおせっかいの境目はどこだ?


んなこと分かるわけがねえ、と胸の内で呟いて。
黙っていた元親を訝しんだのか、政宗は少しばかりバツが悪そうな声色で、おいと問うた。
元親は顔をあげた。
いきなりの動作に政宗は驚いたらしい。
僅かに体が引けていた。
元親は真正面から政宗の目を見た。
一言。
「悪かったな」
政宗は、唇を薄く開けたまま、二度、瞬きをした。
「明日からは、お前のすきなもん喰えや」
元親は己の右手を見た。
箸の残骸のさきっぽが見えた。
箸がおれてしまったので、これ以上は弁当は食べれそうにない。
元親は無言で弁当をかたずけた。
唖然としたまんまの政宗と友人二人を横目でちらりと見遣って。
「先行くわ」
それだけを口にして、とっとと屋上を後にした。
正直言えば、腹は八分目どころか六分目もいっていなかったが、食欲自体は失せていた。
とりあえず、自販機に行ってファンタでも一気飲みしようと、そう思った。
それほど好きなわけでもなかったのだけれど。








*あとがき*
ひげが嫌でもやしが好きではないのは私です。
食べれます。食べれますよ?ただ、のどにひげがひっかかる感じがちょいと苦手でして(汗)
まあ、好き嫌いの話は、自分と嗜好の合う人とならば大いに盛り上がりますが(私と友人は薬味とタマネギで数時間語れると豪語した)
合わない人とは下手すると溝が広がったり、こう、ゴリっとしたしこりが出来たりするので要注意です。
私の中の目標としてはは食わず嫌いは直そうかと。喰って、それでも口に合わなかったら、駄目だと胸を張ろうと(オイ)
ちなみに私は炭酸は飲めません。兄貴は何だかグレープ味のファンタが好きそう(紫だからかよ)