とある男のどこまでも真剣な主張
だって仕方がないじゃない。アイツら苦いんだもの。
まあ正直言って、少しばかり浮かれていた。
手渡された手作り弁当とやらに。
そりゃ温かくないのはコンビニ弁当と変わらないが、なんたって冠詞に『手作り』がついているのだ。
まあ、その作り主がおのれと同じ立派な男でしかも自分よりガタイがいい野郎ではあったが、それはこの際そう重要な問題ではない。
昼休みに屋上へあがって、弁当箱をあけるとき、柄にもなく心が逸った。
それは政宗にとっては非常に貴重な体験だった。
まず弁当の中身を知らないという状況からいって貴重だった。
何故ならコンビニ弁当は、蓋が透明で中身がとてもよく見えるからだ。
朝元親に渡された弁当箱はアルミ製で、中身は当然全く見えない。
にくじゃがは入っていないだろうかと、頭の片隅でちらりと思いながら蓋をいそいそと開け。
その鮮やかな色彩に思わず感動し、ついで政宗はその色彩の一部をになっている物体を目にして固まった。
すでに己の弁当に箸をつけていた元親は、隣で固まった政宗を不審におもったのか、どうした?と政宗に問うた。
「・・・・何でもねえ」
顔を上げずにそうかえし、政宗はとりあえず卵焼きを箸ではさんだ。
もそもそと箸をつけはじめた姿を見て、元親は怪訝そうに瞬きをしたが、すぐに気にしないことにしたようだった。
そのかわりに、卵焼きを口に入れた政宗を見ながら、目を輝かせて身を乗り出して言った。
「どうよ?」
「うめえよ」
ごくりと嚥下してから短く返した感想は本心だった。
ぶっきらぼうともいえるほど愛想のない声になっているのは、卵焼きの向こうに見える緑のブツに意識が引きずられるからだ。
政宗の素直な賛辞に、元親はにぱっと笑い、次いで少しばかり大げさな仕草で息を吐いた。
「そっかあ?!しかし、安心したぜ。おれんちの卵焼きは甘めだからよ、ちょっと心配だったんだよな〜。
甘い卵焼きが駄目って人間もいるからよ」
「問題ねえよ」
問題があるのは卵焼きではない。
「そりゃよかったぜ」
返される笑顔が青空の下やけに眩しくて、政宗はたまらず目を泳がせた。
甘い卵焼きに偏見はありません、と心の中で懺悔を開始。
微妙に敬語になっているのは一応自覚があるからだろう。
何の自覚かと言えば。
偏食なんです実は。
まずにんじんが食べられません。
しかし、今回はにんじんは入っていなかった。
セーフである。
しかし。
視界にうつる緑色した憎いヤツ。
ピーマンも食べられません。
今回政宗の食べられないものリストにひっかかったのはピーマンだけであったが、別に何のフォローにもなっていない。
さてどうしようかと食べられる所を口に運びながら思案する。
元親に面と向かってピーマンが嫌いだと言うのは憚られて、結局こっそり残すことになってしまった。
わざわざ作ってきてくれたというのもあるし、何より、その弁当が実に旨かったのだ。
これでピーマンさえ入っていなかったら・・・!!と政宗は思ったが、それを元親に求めるのはお門違いだということはさすがに承知していた。
だいたいピーマンが苦いのが悪いのだ。
残したピーマンを家で処理しようと、弁当箱は洗って返す、と言ったところを、元親に、弁当箱はそれしかねえよと言われて持って帰られ。
翌日の昼休み。
同じく膝の上に乗っているアルミ製の弁当箱。
ピーマンは入っていなかった。
セーフである。
ちらりと隣をみると、元親の弁当の中には目に鮮やかな緑があったから、どうやら気遣ってくれたらしい。
まあ、面と向かってからかわれるよりはいいけれど、それはそれで恥ずかしかった。
佐助なんぞは政宗がにんじんを食べられないと知ったときは腹を抱えて大爆笑をしてくれたものだが、
それに比べたら元親の対応はどこまでも紳士的である。
基本的にお人好しで、そしてなおかつ、イイ奴、なのだろうと政宗は思った。
弁当に箸をつけようとしたところで。
ぴしりと手がとまる。
ピーマンの代わりに。
オレンジ色をしたにんじんがそこにいた。
政宗は息を吐いて、にんじん以外のものを黙々と食べた。
少しばかり罪悪感を感じながら、政宗はにんじんの残った弁当箱を元親に返した。
これがレストランであったら、こんな気まずい思いを抱えずに堂々と残すのであるが。
相手は友人で、しかも純粋な親切で、わざわざ己以外の弁当を作ってきてくれているという男なのだ。
「うまかったか?」
弁当箱を受け取った元親は一言そう聞いた。
「ああ、うまかった」
そう答えを返したとき、まるで小さなトゲがささったかのように胸がちくりと痛んだが、たぶんそれは、
旨いといいながらおかずを残している己の矛盾のせいだと政宗は思った。
もちろん、嘘は言っていない。
にんじん以外は、非常に旨かった。
うすめの味付けは初めは物足りない気がしたが、食べ終わる頃には丁度いいあんばいだとも思った。
これでにんじんさえなかったら・・・!!と政宗は思ったが、さすがに口には出さない。
翌日も、元親は政宗の残したにんじんについては一言も触れずに、弁当を手渡し、
その弁当の中にはビタミンオレンジのそいつの姿はなかった。
そんな感じで日々の昼食はすぎていき。
まあ、要するに、元親が見せてくれていた友人に対する仁義だとか優しさとかいったものに、甘えていたのだ、
と政宗は後から少しばかり反省した。
つまり。
調子に乗っていたのである。
*あとがき*
筆頭はお子さま舌ですが、総菜とかにも弱いとも思います。
にくじゃがとかきんぴらとか卵焼きとか。
お袋の味、的な。
ええ、愛情欠乏症なんで。
そういう家庭の味的なものには慣れてないんで、非常に効果的です。
先日友人に、あんたは伊達をどうしたいのかと問われました。
私にもよく分かりません。
とりあえずプロポーズは「毎日おれにみそ汁をつくってくれ」でいいんじゃないかと真剣に思ってます。