Love & Berry
「政宗!!」
その男の登場は非常に唐突だった。
どうせ昼時に屋上で顔を合わせるというのにも関わらず、朝のホームルームが終わり、一限目が始まるまでの僅か五分の休み時間に、
元親はわざわざ政宗の教室までやってきたのだ。
そうかそうかそれほどまでにこのおれが恋しかったかと揶揄する間もなく、何故かシャツの首もとを掴みあげられ。
おいおい朝からちょっと熱烈すぎねえかマイ・ハニー?
キスができそうなまでに顔を近づけた元親は真顔で一言言い放った。
「放課後ちっと顔かせや」
凄味のきいた低い声。
唇を引き上げて浮かべていた笑みをひっこめて、政宗は元親の表情をじっくりと見返した。
「返事は?」
ノーといったらぶっ飛ばされそうな雰囲気だった。
それほどまでに元親の雰囲気は尋常ではなかったのだ。
ここでNOと言えばこいつはどんな反応を示すのか。
好奇心がなかったといえばそれこそ嘘になるが、朝一番から派手に喧嘩するのも馬鹿らしかったので、政宗はあっさりと首を縦に振った。
「OK」
「よし!!」
あっさりと離されるシャツ。
そして政宗の答えに満足したのか、どこか鷹揚に頷いた元親はどこまでも男らしく政宗に背を向けて。
「邪魔したな」
一言言い置いて教室を出ていった。
これが朝一番の出来事。
はっきりいって、元親の行動の意図するところはさっぱりと分からない。
そしてやってきた放課後。
眉間に力が入って一層目つきが悪くなっている元親は、実に雰囲気が出ていた。
そう、十分な支援が受けられずとも敵陣に挑もうとする一兵卒のような。
「うし、行くぜ政宗え!」
気合いを入れて敵陣へ突撃。
なるほどねと脱力して、政宗は頭を振った。
そこは確かに、政宗にとっても未知の場であった。
そこは駅の裏手にある一件の。
ケーキ屋さんだった。
元親が甘いもの好きであるというのはそれほど目新しい情報ではない。
ポテチよりもポッキーを好む男なのだこいつは。
季節の新作やらを律儀に試しているのを、政宗はもちろん、佐助も知っている。
幸村にいたっては一緒に食べている。
だがどうやら、それだけではとどまらないらしい。
そういえば、数日前、政宗のマンションでだらだらとテレビを見ていたとき、
デパ地下の新作スイーツ特集を身動きせず凝視していたっけなあ、と思いをはせて、政宗は元親の後につづいてケーキ屋に入った。
まあ緊張している理由はわからんでもない。
店に入った瞬間から突き刺すように向けられる好奇心むき出しの視線。
それは元親に対しても同様で、案の定元親は口をへの字にしてさっきから瞬きばかりしている。
この店はイートインもできるのか、横のスペースにテーブル席が設けてある。
この時間帯、ケーキ屋でお茶する客層なんぞ限られていて。
つまり、おばさま方と奥様方とお姉さま方と女子高生。
そりゃ、図体のデカイ学ラン姿の男子高校生が一人で入るには、敷居が高いだろうなと政宗は納得した。
まあ、二人でも元親にとってはハードルは高いようであったが。
笑顔で元親の注文を待っている店員のお姉さんに、その男は目もあわせられないでいる。
それじゃあ気合いを入れてケーキ屋に突撃した意味がねえんじゃねえのと思うのだけれど、
元親はさっきから身動き一つせず、かちこちに固まっているようだった。
その様子に、政宗は思わず口元を緩めた。
人を連れてくるなら、その助っ人を使って注文すれば簡単に済むことだろうに。
それすらも思いつかないらしい。
後ろで眺めているのも面白いが、客もつかえてきてることだしと、政宗は元親のよこに並んで、その強ばった横顔をひょいと覗き込んだ。
「Hey、どれにすんだよ?」
ぱちぱちと瞬きをして、元親は首をこちら側に向けた。
まるで錆び付いたロボットみたいな動きだった。
ああ、面白いを通り過ぎていっそなんかもう可愛いんじゃねえのこいつ?
「いちご」
「An?イチゴ?」
いちごといっても、今が旬のイチゴを使ったケーキは様々な種類がある。
「イチゴのどれだ?」
ケーキが並ぶガラスケースを顎でさすと、これまたぎこちなく首を動かして、元親も前を向いた。
「これ」
そういって、人差し指でガラスケースの中を示す。
「Fun?『イチゴのワルツ』?これか?」
後ろや横合いから小さくさざめく笑みに、元親は顔を赤くした。
まあ確かに、この男の柄ではない。
自分の柄でもなかったが、そんなことは気にしなければいいのだ。
それが証拠に、政宗は女性だらけのケーキ屋に入っても別段恥ずかしくもなんともなかった。
「じゃあその『イチゴのワルツ』を二つ」
二つ、と数を口にしたとき、何故か女子高生とおぼしき短い悲鳴が聞こえたが、政宗は一向に気にしなかった。
「おもち帰りにかかるお時間は?」
「30分もかからねえ」
「かしこまりました」
営業スマイルで手早く箱に詰められるイチゴの赤が目にも華やかなケーキ二つ。
相変わらずロボットダンス状態の元親の腕を軽く叩いて、政宗はポケットから出した財布で滑らかに金を払い、白い箱を受け取った。
「ありがとうございました」
こっちこそ、と声には出さずに政宗は返す。
おかげで非常に楽しいものがみれた。
その楽しい男は自分よりもデカイ体を小さくして、店をでていく。
ああもうホント、楽しいものを見せてくれてありがとう。
喉の奥で笑みを殺しながら政宗は元親に続いてケーキ屋をあとにした。
店からある程度離れるまで元親の動きはぎくしゃくしていた。
政宗はその一歩後ろを自転車を押しながら歩いた。
300mほどはなれたところでようやくその重い足を止めた背中は、ゆっくりとその背筋を伸ばして。
「ケーキが好きで悪いかこの野郎!!!」
唐突に振り返って政宗にすごんだ。
すごんだとはいっても、顔が真っ赤では怖くも何ともなく。
むしろいっそキスしたくなる顔だと政宗は思ったが、ここは外だからとぐっと耐える。
別に政宗は気にしないのであるが、このケーキ屋のことでも分かるように、元親は非常に気にする質だからだ。
「だれも悪いなんて言ってねえだろう」
「うるせええっっっ!!!!」
政宗にとってはどうってことのないケーキ屋でのお買い物だが、元親はよっっっぽど、恥ずかしかったようである。
「つうか!なんでテメエはそんな平然としてられんだよ?!」
「気にしなきゃいいだろうが」
「普通気になるもんだろうがよう!!」
「そうか?」
「ああもうほんとテメエを連れてきて正解だったぜこんちくしょう!」
頭をかき回す姿を見て笑い、政宗は今まで手で押していた自転車のサドルにまたがった。
「で、これからどうする?おれん家くるか?」
「・・・行かなきゃケーキがくえねえじゃねえか」
まさしくその通り。
ケーキはしっかりと政宗の自転車の前カゴの中に収まっている。
「イートインって言ったほうが良かったか?」
「テメエ一人で喰ってろ!!」
別に政宗はケーキ好きというわけではないのだから、一人でイートインする意味がない。
元親は鞄を背中に背負って、自転車のステップに足をかけた。
政宗はまだこぎ出すことはせずに、首を反らして元親を仰ぎ見た。
「他に何か言うことあるんじゃねえの?」
政宗の肩を掴んだ元親は政宗を見下ろして。
実によく通る声で一言。
「ついてきてくれてありがとよ!!おら、さっさと漕ぎやがれ!」
半ばやけくそ気味の感謝の言葉は、どこか照れも含んでいるようで。
政宗は小さく笑って、ペダルを踏む足に力を入れた。
帰ったらうんと濃いコーヒーを入れよう。
ケーキとそれ以外の甘さで胸焼けすることがないように。
「ああでもお前はコーヒーより紅茶なんだよなあ?」
「おおよ。リプトン入れろよリプトン」
「インスタントなんかよりおれが入れたコーヒーのほうが旨いぜ?」
「お前、リプトン馬鹿にすんなよ?あのテトラ型のティーバックはすげえんだぞ?!」
「でもティーバックじゃねえか」
「便利なんだからいいんだよ!!っていうか、まだあるよな?リプトン」
「知らねえよ。飲んでんのお前だろうが。覚えてねえのか?」
「それをいうならお前の家のティーバックだろ?」
「お前が買ってきてお前だけが飲んでるんだから、おれの管轄外だ。まあなかったらコーヒーで我慢しな。
お前が飲めるように砂糖とミルクたっぷりのコーヒー牛乳にしてやっからよ」
「カフェオレと言え!!!!」
調子に乗って政宗は続ける。
「いっそイチゴオレでも買ってかえるか?」
「余計なお世話だ!!」
そんな調子で10分ほど自転車を走らせ。
マンションについてとりあえずまずしたことは。
ケーキを皿に乗せることでもなく、コーヒーをいれることでもなく、ましてや紅茶をいれることでもなく。
「Your lip is sweeter than any other sweet」
ケーキよりもイチゴよりもよっぽど甘い唇を味わってそう囁けば。
濡れた唇を引き上げて、元親は笑った。
「そりゃそうよ」
あっさりとこちらの腕から抜け出して、キッチンに向かいながら振り返らずに。
「ケーキと違って、テメエ専用だからな」
ケーキ屋では注文すら一人でできなかった癖に、苦いからとコーヒーはブラックで飲めない癖に。
あっさりとこんな台詞を吐いてくれるのだからたまらない。
「ああやっぱりリプトンがもうねえ!!!」
「じゃあ今日はコーヒー牛乳で決まりだな」
「だからカフェオレって言えよ!!」
ならばこちらも腕によりをかけて甘いカフェオレをいれて上げましょう。
*あとがき*
ニュースのプチ情報枠でいちごのスイーツ特集を見たんです・・・。
辛いモノも大好きですが、生クリームも結構好きです。だって、女の子だモン!!(・・・)
男の人が甘いモノ好きだときゅんときます。
それが結構強面のお兄ちゃんだとぶっちゃけズキュンときます。
所謂ギャップ好きというヤツです(分かりやすい)
兄貴はきっとチュッ○チャップスを舐めてる姿も絵になるよ。
伊達とポッキーゲームすればいい。
幸村とはしゃぎながらお菓子を食べてる姿を想像するとうっかり撃沈されてしまいますよ。
むしろコイツらのベタ甘っぷりに砂を吐きますね★