ゲット ウエット スルー
本格的な梅雨入りの前に広がった青天。
それいまのうちにとばかりにプールサイドに集められたのは、若人数十人。
金曜日の午後など、だらけきっているか、週末を焦がれて逆にそわそわしているかの二択の学生達が集まったのは、
一年分の垢をためこんだプール。
今日の体育の授業はプール掃除だと告げられたときには、皆が皆、最悪だなどと不満たらたらであったのに、
いざ水をまいて、デッキブラシで掃除しだせば、はしゃぐ嬌声が響くことになる。
終わりには盛大な水遊びになるのだが、そこはもう教師のほうも諦めているらしく、とりあえず遊びながらでもプールに水が張れるように するという目的が達成できるのであればそれでいいらしかった。
元々前の授業のときに、晴れたらプール掃除だと言われていたから、着替えの準備もばっちりだ。
雨にならねえかなとぼやいていたやつらも、いざホースで水をかけられてしまえば、そんなことは彼方にふっとばして声を張り上げている 。
元親は声を立てて笑って冷やかしてやった。
元親のほうは、運悪くプール掃除にあたってしまった己の体育の授業について、悲観していたわけではない。
むしろ滅多にないことだと逆に楽しみにしていた節がある。
文化祭などのイベントで感じる一体感とはまた違う、たまたまタイミングがあった自分たちだけが共有している楽しみといおうか。
もともと大勢で騒ぐことが好きなのだ。
騒ぎにならず、真っ当に掃除を終えて解散するという選択肢は、元親には端からなかった。
ある意味不謹慎にわくわくしていた元親とは違った意味で、このプール掃除に前向きだったのは、暑くなってきた気候と比例するように、
さらに暑苦しい友人だ。
「うおおおおおお!!!この幸村、ホースなんぞに遅れはとらぬううう!!!」
勇ましい雄叫びをあげ、幸村は向けられたホースの水を、手にしたデッキブラシを高速回転させて防いでいたが、
代わりに半径2m以上に 渡って盛大な水しぶきを振りまく結果となり、周りからは笑いまじりの悲鳴があがる。
「佐助え、止めなくていいのかあれ」
幸いにも幸村の半径2m圏内に入らなかった元親は、どうにか笑いを堪えながら、
少し離れた所でやる気なくデッキブラシに顎をのせてい る佐助に声をかけた。
佐助とはクラスが別だが、体育のクラス分けが一緒なのだ。
佐助は答えるのも面倒だというように、片手を振って抑止力になることを否定した。
幸村の暴走を止めたのは、元親のよく知る、けれど爽やかな青空には似つかわしくないドスのきいた声だった。
同じく、クラスは違うが体育は一緒の男。
爆発三秒前、と暢気に心の中でカウントダウンしながら見守れば、まさしくきっちりカウントがゼロになった瞬間だ。
「Shit!テメエ、こっちまで巻き込むんじゃねえよ!一気にびしょぬれになっちまっただろうが!!」
流石政宗だと元親は感心した。
高速回転するデッキブラシに、同じくデッキブラシを突き入れて動きをとめるあたり、見てるだけで手が出せなかった奴らとは違う。
幸村のデッキブラシを止めた功績は素晴らしいが、代わりに二人仲良く頭から水をかけられることになり、
それにより政宗の忍耐という緒 はトドメをさされてちぎれ落ちたようだ。
ぎろりと目を光らせて、政宗の瞳がホースをもったクラスメイトに向けられる。
「coolに行こうぜ、なあ?」
そのクールは意味が違うよな、と内心で確認をとりながら、
けれど元親は、政宗がホースを奪ってクラスメイトに水をかけるのを止めるこ とはせずに笑いながら応援してやった。
佐助と同じく、プール掃除には欠片もやる気を見せなかった政宗だが、佐助と違うのは、案外巻き込むのは簡単だということだ。
そこから先は、皆水にまみれて騒ぎまくった。
もちろん目出度く元親も、頭のてっぺんから水まみれになった。
夏の始まりを告げる、まことに爽やかな金曜の午後であった。
***
汗と水が爽やかに光る、そんな健全このうえない青春を満喫したあとだったのだが、
何だか今現在はその爽やかさとは真逆のところにいる気がする、と元親は己の本能が訴える警告音に頬を引きつらせた。
プール掃除で今週の授業は目出度く終了。
そのあと教室に真顔で飛び込んできた政宗に手首をひっつかまれて、強制連行され学校をでたのが先ほどのこと。
どこかに寄り道するわけでもなく、連れていかれたのは政宗のマンション。
別に政宗の部屋に寄るのが嫌なわけではないのだが、
あまりにもその先の流れが即物的に分かりやすすぎるのが、難があるといえば難だろ うか。
まあ高校生男子なんて、ヤろうと思えばすぐさま体は反応できるし、
政宗とそういうことをするのは嫌いなわけではなかったから、絶対嫌だとつっぱねる気もないのだが。
何だか今日は普段とは違う気がする。
そしてすぐに元親はそのことを実感することになった。
来慣れた政宗の部屋は元親にとっても身に馴染んで久しい。
「・・・へ?」
そのままリビングを突き抜けて寝室へ直行かと思っていたのだが、
行き先はリビングのソファの上でも寝室のベットの上でもなかった。
浴室。
ああまあ夏だし先にシャワーってことか、っつうかまさか風呂場でする気か?
などと、ある意味身も蓋もないことを考えた元親だったが、それは半分正解だった。
政宗は立ち止まることなく、元親を浴室の中につれこんだ。
服を脱がせることも、自分が脱ぐこともなく、だ。
そして。
「おい」
行動の意味が分からず声をあげかけた元親など気にもとめず、何の躊躇いもなく政宗はシャワーのコックをひねったのだ。
「っ!!冷てえっ!!」
勢いよく頭から降りかかるのは温水ではなく水だ。
外の暑さなどを考えると水でも問題はない気はしたが、
そこはそれ、何の心構えもなしに水をかけられたらびっくりするというものだ。
「テメエいきなり何しやがる!!」
文句がでるのも当然である。
けれども、政宗のほうはそんな元親の文句はどこふく風、水を吸ってびしょびしょになったカッターシャツの上に手のひらを置いた。
「冷えていいだろ」
直に分かるわけではない、けれどもその手のひらの温度が、何ともいえないぬるさで肌に伝わる。
その手のひらが、あからさまな意図でシャツの上から肌を探り出す。
唇に落とされた短いキスも合わせれば、ここから先におこることなんて考えるまでもない。
「テメっ、ちょ、何してんだよ!」
分かってても問わずにいるという選択肢は元親にはない。
そのまま流されるという選択肢もだ。
確かに、セックスの後シャワーを浴びにきてそのまま、ということが今までにもなかったとは言わないが、それとは違うだろう。
何せ自分たちは、どちらもきっちりと制服を着ているのである。
論点がずれているが、元親にとっては政宗を押しとどめるには十分な理由となった。
「何って、んなの一つしかねえだろ」
ぐいと腰を押しつけられて、元親は思わず絶叫した。
「何でもう勃ってんだー!!!」
「Ah,我慢する必要がなくなったから素直になっただけじゃねえか?」
「はあ?!」
「さっきもこんなそそる格好見せつけてくれやがってよ」
「こんなってどんなだよ?!」
政宗は言葉で返すかわりに、人差し指で濡れたシャツをつと撫でた。
つられてその指先を追うように見下ろして、元親は政宗のいうところの『こんな』格好を理解した。
カッターシャツとアンダーシャツが水に濡れて肌色が透けている。
張り付いたそれらはもはや肌を隠すという役目は果たせていない。
たしかに、濡れたシャツというのはそそる状況かもしれない、と思わず納得しかけた元親は、
その対象が己であるということを思い出して 頭を振った。
政宗が言っている『さっき』というのは、プール掃除のことだろう。
確かに、最後には元親も頭から盛大に水をかぶっていたが、それは別に元親に限ったことではない。
「待て待て、ありゃただのプール掃除だろ?!」
「こんなsexyな格好で?」
長い指が胸板を撫でて、そのまま胸の突起を摘んだ。
思わず高い声が喉をついて出そうになるのを、どうにかこらえようとして、妙に変な声が出た。
「馬鹿、止めろ!」
「NO,聞けねえな。
家まで我慢したんだ、ご褒美にもうくれたっていいだろ?」
「ご褒美ってなんだ!」
思わず絶叫した元親に、政宗は首を傾いで笑ってみせた。
唇を引き上げた、楽しげな、それでいて恐ろしげな笑みだ。
「あのまま学校のシャワールームでヤってもよかったんだぜ?」
「!!」
それでこれ?!と、元親は返す言葉を失った。
ということは何か、こいつはこのまま、制服を着たまま、
更に言えば、頭からシャワーの水をひっかぶったままでヤル気なのか?!
そもそも、何故こいつはマニアックにも程がある状況に人を連れ込んでおいてこんなにも偉そうなのだ?
「ちゃんと学校じゃ我慢してたんだ、ご褒美くれよdarling?」
「当然のことに何で褒美をやんなきゃいけねえんだよ!」
詰る間にもシャワーは容赦なく肌を濡らし、元親は頭を振って目もとから滴を落とす。
細めた視界に映る男の姿も、当たり前だが濡れている。
元親の胸板に手のひらを置いたまま、政宗は濡れた髪をかき上げて。
「so sexy」
喉を鳴らして低く笑った。
元親は目を瞬かせた。
黒い瞳に強い光が浮いている。
元親は眉を寄せて顔を僅かに歪めた。
肌がざわざわと騒ぐ。
体の内側がぞくぞくと震える。
元親は僅かに唇を開いたけれども、そこからは詰る言葉もとどめる言葉も出てこなかった。
政宗は目を細めて短く口笛を吹いた。
どうかしてやがる、と元親は内心でどうにか文句を吐いた。
唇を舐める舌の赤を無意識で目で追ってしまう自分が嫌だ。
「イイ面してくれんじゃねえか」
「この変態!!」
今度はたまらず、元親は一息で叫んだ。
ここで少しでもダメージを受ければ可愛げがあるが、この男はあろうことか、変態という罵声をあびて、にいと唇を弧に描いたのだ。
ずいと体を寄せられた元親は思わず後ずさったが、すぐに冷たいタイルに阻まれる。
下からのぞき込んでくる瞳は笑っている。
「その変態に触られてココ、尖らせてるテメエも、変態っていうんじゃねえの?」
うるせえと叫んだが、それは音にならずに元親の内心にとどまった。
声高々に元親は言い返せなかったのだ。
何故って、事実だからだ!
一々指摘されなくても、己の体の変化など自分が一番よく分かっている。
ああそうだ、胸だけじゃなくて更にいえば、己自身だって反応してきている。
こいつと同じように!
気持ちいいんだから仕方ねえだろ、と元親は声に出さずに逆ギレした。
今政宗の手は元親のシャツの上に置かれているだけで、それ以上の意図がない。
けれどそのぬるい温度は分かる。
それだけで、己の体温があがるのが分かる。
もどかしい。
物足りない。
脳髄がもっと直接的な刺激を求めて焦れている。
「アンタも興奮してんだろ?Ah?」
「うるせえっ!」
今度はたまらず声に出したが、その罵倒は肯定と同じだった。
濡れた服がそそるだなんて、そんなことを言われたら、こっちだってついそういう目で見てしまうというものだ。
つまり。
濡れてるこいつも、十分エロイ。
己の服が透けているのと同じで、政宗のシャツもすっかり濡れて、肌に張り付いている。
おまけに濡れた髪をかき上げて後ろにながしているから、それだけで妙な雰囲気に思えてしまう。
ごくりと喉が鳴ったのは無意識だった。
無意識のそれに、政宗はしてやったりといった偉そうな、そして嬉しげな笑みを浮かべた。
その笑みをみた瞬間元親は、ああ確かにおれも変態だな、とありのままの自分を受け入れることにした。
「・・・制服、どうしてくれんだ」
こぼした呟きは抵抗とも言えない最後のあがき。
「ちゃんと帰るまでには乾かしてやるよ」
低い笑い声が鼓膜を震わせる。
元親は肩を落とした。
制服を着たまま、頭からシャワーを浴びてずぶぬれになりながらヤルだんて、どうかと今でも思うが。
実際、目の前にいるこいつの状況は確かにそそるなと思ってしまっている自分も十分どうかしている。
そして元親は、自らその濡れた唇を求めに行った。
=あとがき=
ネタが落ちてきたのが二年前の六月。
それこそプール開きというニュースか何かを見て、プール掃除してる最中に盛ってる筆頭が落ちてきました(爆)
濡れて透けた肌とかエロイにも程があると思います。
二人とも水も滴るいい男っぷりが半端無いと思うのです。
週末でよかったよね。これが平日だったら流石に兄貴はぶち切れてたと思うよ。
あの後はちゃんとクリーニングに持って行きました。
もちろん代金は筆頭持ちです(笑)