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よく友人以上恋人未満っていうだろ?
それは言ってみれば、まるで中途半端で煮え切らない関係。
でも。
そこには確かに、何らかの情がある。
二学期の期末テスト。
生徒たちがいつもはそんなに気にしないチャイムの音は、今このときばかりは、開放を告げる祝福の鐘の音であった。
冬休み前の輝かしいテストの最後を飾ったのは数学。
文系科目を得意とする元親にとってもまさに、開放を告げる軽やかな音色だった。
解放感に身を浸しながら学校帰りに政宗や佐助とともに足を向けたカラオケ。
その帰り道、別れ際に向けられた横柄な声。
「Hey元親」
「あー?」
振り返った元親に、政宗はさも当然のようにこう言った。
「クリスマスイブあけとけ」
「あ?」
よって元親の高校初めてのクリスマスは、横柄な友人のたった一言でかっさらわれることになったのだ。
そうしてクリスマスイブ当日。
妙に明るい喧噪の中、元親は一瞬意識を遠くへやりかけた。
どう考えても、自分がここにいるのは不似合いだし、それになにより、こんな混雑するのが分かっている場所を選んで足を向けた意図が不
明だ。
飾り付けられた色とりどりのイルミネーションが目にちかちかする。
コートを着ていても屋外、吹き付ける風が冷たいはずなのに、むしろ周囲の空気は熱い気すらする。
はしゃぐ高い声。
そこここに設置されたスピーカーから流れるのは、気分を駆り立てる明るく甘いメロディー。
「・・・何でよりにもよってクリスマスに遊園地?」
「新しいライドに乗りたいって言ってただろ」
ものすごく今更ともいえる質問に、けれど元親を遊園地に引っ張り出した張本人は、丁寧に理由を説明してくれた。
「いや、確かに言ったけどよ」
元親はゲームセンターやら遊園地やら、そういったアミューズメント施設は好きなほうだ。
電車を何本か乗り継いだところにあるテーマパークに新しく出来たライドは、別に絶叫系ではなかったが、それでも元親の興味をかきたて
るのには十分だった。
あんなに大々的にCMを流されては、乗りに行きたくなるというのも人情だろう。
乗り物だけでなく、元親は遊園地特有の、浮かれた雰囲気も好きだった。
だが今日ここに満ちている雰囲気は、普段のそれとはまるっきり質が違う。
確かに新作ライドは是非乗りたいけれども。
何故に今日のクリスマスという日。
何故に遊園地という場。
野郎が二人っきりで来るのに、今日ほど居心地悪い日も場所もあるまい。
見渡せば視界に入るのはほぼカップルばかりだ。
どう考えても自分たちの存在は浮いている。
そんな元親の至極真っ当な思考などお構いなしに、隣で園内パンフレットを確認している男は続けた。
「おまけにここのクリスマスツリーはでかいし綺麗だ。
一石二鳥だろ」
「いやいやいや」
何の文句があるのか理解できないとばかりに言われて、元親は思わず真顔で三度否定した。
そして一度ぐっと目を閉じ、ついでぐわっと目を見開いた。
「おかしいだろ?!」
「だから、何がだよHoney?」
語尾がわざとらしく聞こえて、元親は思わず眉間に皺を寄せた。
政宗は元親のそんな反応など予想しているのか、嫌味なほどに涼しげな笑みを崩さない。
そもそもこいつのこの上機嫌さも謎だ。
上機嫌な笑みと上機嫌な声のまま、政宗は元親を宥めるように唇を開いた。
「んな怖い顔すんなよ。折角のクリスマスなんだ、楽しんでいこうぜ」
「テメエがこんな顔にさせてんだよ!」
怒鳴ったときは周りのカップルの皆様のことが頭から飛んだ元親だった。
元親の抗議にも、政宗は肩をすくめただけだ。
まことに素晴らしい厚顔である。
一度気勢を吐き出して少し落ち着いた元親は、それでもまだ不満な声は残したままじっとりと政宗を睨め付けた。
「確かに、新しいライドにゃ乗りたいっつったよ。
けどよ、なにもこんな恋人ばっかりの日にこなくてもいいだろうが。
テメエは恥ずかしくねえのか?!」
少し声をひそめた元親の本音に、けれど政宗の顔色は少しも変わらない。
いやむしろ、唇に深い笑みさえ刻んでさらりと宣った。
「恥ずかしくはねえな。むしろしてやったりな気分だが?」
「テメエ馬鹿だろ!」
政宗の悪びれない態度と、その言葉の意図をくみ取って、瞬間的に元親は顔を真っ赤に染めたのだった。
***
究極の所、嫌ならば家を出なければいいだけのことなのだ。
無理矢理元親のクリスマスに予定をいれた政宗は、待ち合わせ場所を駅に指定した。
確かに行き先は告げられていなかったとはいえ、何となく、二人きりでの約束だということは想像がついた。
佐助や幸村もメンバーに入っているのなら、顔を合わせたときに幸村あたりが騒ぐだろうからだ。
別れるときも、佐助はともかく、幸村の態度は普段通りだった。
故に、元親の中で、クリスマスでの予定は、自分と政宗の二人で組み立てられているという予想は確信になった。
他に誰かいるときならばいい。
何も気にせず、全力で気の置けない友人たちとクリスマスを騒げばいいだけの話だ。
元親自身も、政宗の気の置けない友人の一人として。
告白の返事をせずとも許してくれる政宗の好意に甘えている自分を、元親は自覚している。
気にせずいればいいと、元親に佐助は言った。
どうせ政宗も好きに行動するだろうから、と。
実際佐助の言葉は正しくて、政宗は気が合う友人として、時折は飄々と元親に好意を形にしてみせた。
悪戯っぽさを残した瞳の奥にストレートな好意の色を映して、からかうように元親を見る。
さらりと流すことが出来たならいいが、生憎元親はそこまで役者ではなかった。
分かりやすい瞳に、分かりやすく反応して顔を火照らし、忌々しげににらみ返す元親を見て、政宗はそれは楽しそうに、そして嬉しそうに
笑うのだ。
絶賛片思いしてるくせに、その妙に余裕の態度が癪に障るときがある。
政宗がいないときに、佐助に思わずそうこぼせば、佐助は声をあげて爆笑した。
ああいうタイプは、開き直ったら手がつけられないんだよ、と。
「あんまり焦らされてキレたんじゃない?」
焦らした自覚のある元親は、言い返すことができず鼻の頭に皺を刻んだ。
告白されて、かつ返事を保留にしたままの間も、元親は政宗と二人で休日遊びに行くことがあった。
それこそ、開き直ったらしい政宗に誘われてだ。
告白される前と同じように騒いで、遊んで。
佐助の言った通りに、ならばと元親も己の望みのまま行動した。
すなわち、仲のいい友人として。
けれども、何だか最近、それが妙に、居心地悪く感じるときがあるのだ。
何だかアリ地獄にゆっくりと落ちていくアリのような気になった。
我ながら面白くない想像だ。
事実そうだとしても、ものすごく腹立たしい。
政宗の、その余裕じみた態度が癪に障る。
最近、余裕を乱される自分を自覚しているが故に。
腹が立つと憤っている自分のほかに、半ば諦観のため息を吐くもう一人の自分がいることも、元親はどこかで気づいていた。
まだまだ、素直に認めるには、憤っている自分の方が勝つのだが。
そもそもの大前提として。
元親は、政宗のことが嫌いではないのだ。
むしろ好きだ。
今まで生きてきた人生の中で得てきた多くの友人たち。
その中にあって、確かに、この高校で出会った政宗という男は、元親の中で特別だった。
特別気に入った、気の合う、友人だと思っていた。
だから、元親は政宗を手放したくなかった。
それは今でも変わらないのだ。
やっぱり元親は政宗のことが好きだし、特別大切な友人だと思っている。
アイラブユーと告白され、二度ほど勝手に人の唇を奪っていった男でも。
どこかで、許している。
そんな自分に、本当は気づいている。
特別大事だと思っている人間から、特別なのだと想いを向けられることは単純に喜びをもたらした。
風邪を引いたとき、自分にだけメールを送ってきたことに戸惑いながらも、嬉しさもあった。
今日の誘いも、本当に嫌ならば、断ればいいだけの話だ。
用があるのだときっぱり拒絶すれば、結局の所、優しい政宗は引いてくれると思う。
それが何故、のこのこと待ち合わせ場所に向かったのか。
あまつさえ、カップルだらけの遊園地で、律儀に新作ライドの長い列に大人しく並んでいるのか。
己の心情さえままならぬ優柔不断な自分自身への愚痴も含めて、元親はため息を吐いた。
「つうか何でおれはクリスマスにお前とこんなとこに来てんだ」
政宗は怒るのではなく呆れたように眉を上げた。
「まだ言うか。アンタもたいがいしつこいな」
「しつこいお前に言われたらおれも終わりだよな」
「おごりなんだ。文句言うなよ」
そう、元親が納得できないもう一つの理由がそれだった。
チケット売り場に並ぼうとした元親を制して、もう前売りを買ってあるからとフリーパスを渡されたのだ。
おごりだ、の一言つきで。
「そもそもおごられるいわれがねえだろ」
周りのカップルの皆様とおれたちは違う。
居心地の悪さを自覚しながらものこのここの場にやってきて、何だかんだと列に並んでいる己を支えている言葉をもう一度心の中で繰り返
す。
往生際が悪いのは百も承知だがそんなことは知らない。
もう三度ほど繰り返した応酬だったが、しかし返される言葉が違った。
さっきまでは、アンタのクリスマスを独り占めさせてもらう礼だとか何とか、こっ恥ずかしいことをぬかしていたのが。
「それなら、明日おれの部屋来て晩飯つくれ」
ある意味分かりやすいギブアンドテイクの条件を示された元親は、その言葉を確かめるように瞬いた。
隣に並ぶ政宗をじっと見る。
政宗は元親の視線を受け止めて、肩をすくめてかすかに笑っていた。
「明日の晩飯代と手間賃がアンタ持ち。これなら素直におごられる気になるか?」
「・・・・・・」
元親はまじまじと政宗を見つめた。
そんな元親の視線を受け止めて、政宗は苦笑している。
元親の頑なな態度に対して、仕方ないと手をあげているかのように。
そして、どこか、楽しげに。
「・・・明日の晩飯との引き替えならまあいいけどよ。テメエの部屋でか?」
「ああ。そこは譲れねえなあ」
にやりと唇を引き上げて笑う政宗に、元親はぶすりと唇を尖らせた。
二人で遊ぶにいくならまだしも、部屋で二人になるのを避けようとしている自分を見抜かれている、と元親は悟った。
少し前。
風邪をひいて熱を出した政宗を、一人で見舞った。
じっとりとした特有の肌の熱さ。
手のひらに残ったその温度。
自ら落とした唇に触れた温度を思い出した。
黙ってしまった元親に何を思ったのか、政宗は喉を鳴らして機嫌良く笑った。
「んだよ?」
「アンタ最近、おれの部屋で二人になるのを避けてるよな」
「・・・悪イか」
「いや?」
もう一度、いや、と政宗はゆっくりと否定した。
「おれとのこと、一応気にはしてんのな?」
政宗の問いかけに対して、元親の唇からでたのは、否定ではなかった。
「・・・何でうれしそうなんだよ」
「そりゃ好きなやつに意識してもらえたらうれしいだろうが」
「テメエが律儀に手エだしてくるからだろうが」
「それでもつきあってくれるんだよな」
「・・・・・・」
そう言われてしまえば、元親には言い返す言葉がない。
元親の完璧な負けだった。
その通りだ。
嫌ならば断ればいい。
ただそれだけのことをしないのは。
嫌じゃないのだ。
結局は。
元親は頭をがしがしをかいた。
大きなため息をこぼしてみせたのはわざと。
「わあったよ!そんかし明日は佐助や幸村も呼べよ。
なにが悲しくてクリスマスのイブも当日も、テメエと二人っきりですごさなきゃいけねえんだ」
負け惜しみじみていることも、往生際が悪いことも、自覚はしていたが、元親はこれ以上はまだアリ地獄に素直に落ちることよりも足をつ
っぱってもがくことを選んだ。
「ケーキも作ってくれたら考えてやるよ」
「言ったからには食えよ?すんげえ甘いの作ってきてやるからな。ちゃんと責任とって食えよテメエ!」
「OK,honey」
「言ったな?」
クリスマスケーキにサラダにチキン。
こっそりこいつの嫌いなにんじんやピーマンも忍び込ませて。
「明日楽しみにしてろよ!」
腕によりをかけてやると、元親は笑った。
***
ギブアンドテイクで納得した元親は、野郎と二人のクリスマスイブを一日、遊園地で楽しんだ。
混んでいたから、ライドを全部制覇することはできなかったが、それこそ非日常を演出するセットやら、売られているグッズについて熱く
語った。
今日という日のシメは、見事なイルミネーションパレード。
さすがにカップルだらけの最前列で見るのは遠慮したかったので、離れた劇場を模した建物の側できらきら光る巨大なそれを眺めていた。
園内に残っているほとんどは、パレードを見ているか、土産物屋に入っているかで、アトラクションの終わった劇場なんぞの側には、元親
と政宗以外に人気はなかった。
「はー、やっぱすげえよな。あの山車とかよお。仕事細けえにも程があるぜ」
「感心するのはそこかよ」
華やかな音楽、さざめく人の声も、離れたこの場所では少し遠い。
だから政宗の声が紛れてしまうことはなく、よく耳に通る。
低い声だ。
いつのまにか、耳に馴染んで久しい声だ。
クリスマスが終わればすぐにやってくるのは年の瀬。
この男と出会った今年という年がもうすぐ終わる。
そのことにふと気がついて。
元親は隣でパレードを眺めている男に顔を向けた。
去年の今頃の自分の中には無かった顔だ。
政宗と出会って、まだ一年も経っていないということに、元親はこのとき純粋に驚いた。
出会ってからが短くて。
いや、あまりにも長くて、かもしれない。
まるで今このときが全てのように、胸の中が満たされて、元親はゆっくりと呼吸した。
どこかで気づいているのだ。
停滞し続けることはないのだということに。
無理矢理つかされたスタートライン。
歩いていくことを決めたのは元親自分。
少しずつ、己の中で何かが変わっていっていることに、元親は気づいていた。
政宗からの告白を、どうしていいのか分からないと、受け取ることを盛大にぶん投げたのは自分だというのに。
特別な想いを注がれることが嬉しいだなんて。
風邪のとき、自分だけに頼ってもらえてうれしかった。
そう、嬉しい。
そこにあるのは何の情だ?
不意打ちのようにされた二度のキスも許してしまって。
友情か愛情か。
どちらも大切な情に違いはない。
その明確な境目はどこだ?
いつだったか、そんなことを妙に真剣にぐだぐだ考えたことがあった。
確か生物の時間だ。
5時間目。
元々あまり興味が持てない科目の上に、初老の教師のその授業はとてつもなく眠くて。
いつもなら素直に睡魔に身をまかせるところを、何故か妙に脳みそだけが回転を止めず、そんなことを考えていた。
そのときに出した一つの極論。
触りたくなるか否か。
触られても平気か否か。
直球もいいところだが、それは確かに一つの答えではあろう。
「元親?」
元親の視線に気がついたのか、政宗が不思議そうな顔をして元親を見た。
薄暗闇の中、己に向けられる瞳を認めて、息が詰まりそうになる。
なあ、今この胸にある情は何だ?
無理矢理元親のキスを奪ったそのとき、三回まではお試しOKだとこいつは言った。
屋上の一回目。
風邪の見舞いに行ったときの二回目。
お試しとかいいながら、そのどちらとも元親から求めたものではなかった。
そう思えば、本当に佐助の言うとおり、政宗は己の好きなように行動している。
そんな身勝手な政宗曰くのお試し機会が、まだ一回、残っている。
手のひらと唇に焼き付いた、じっとりとした熱を思い出す。
政宗の額に唇を落としたあのとき、元親の中に確かに芽生えたもの。
手を伸ばしたくなる瞬間がくるかもしれない。
あのときのように。
今、このときのように。
言葉もなく三秒ほど見つめ合った。
元親は政宗の目を見つめたまま唇を開いた。
「お前、今、キスしようと思ってるだろ?」
「よくわかったな」
悪びれることもなくお試し機会を提示したほうが勝手に消費しつくすのはどうかと思うが、それを指摘することはせずに、そりゃまあなあ
と元親は頷いた。
元親の、ある意味あっさりとしたその肯定に、政宗の方が訝しげな顔をした。
「・・・逃げねえのか?」
何から、なんてそれこそ聞くだけ野暮だ。
まるで遠慮するかのようなひそめた声に、元親は思わず笑ってしまった。
「おれも、同じこと思ってたからな」
今度こそ、政宗は目を丸くして瞬間固まった。
余裕なんてないその様を見るのが、ひどく気分がよかった。
「三回まではお試しOKなんだろ?」
「sure」
「あと一回残ってるなら、試してやろうかと思ってよ」
「・・・・・・」
「お試しとかいいながら、全部テメエにかっさらわれるのも何か癪に障るしな」
「そりゃ、光栄だ」
戸惑ったように少し途切れる言葉。
友人とするにはまた種類の違う違うやりとりなのに、そこに感じるのは、普段感じるものと同じだ。
政宗の手が頬に伸びる。
くすぐったい気がするのは、手袋の感触のせいか、それとも他の何かのせいか。
考えることは後でいい。
元親は考える代わりに、目を伏せた。
風に晒されてむき出しの頬は冷えているだろうに、ふれ合わせた唇は温かい。
妙に不思議で、妙におかしく、妙に胸が一杯になった。
政宗との三度目のキスの感想は、やっぱり嫌じゃねえんだよなあという、元親の心の奥底にある確かな本音だった。
=あとがき=
クリスマス編。もとい、兄貴そろそろ自覚せざるを得なくなってきた編(笑)
遊園地のイメージは某U○Jなんですけども、地理的には二人の住んでるところは関東圏なので、そこらへんは流していただけると(おい)
しかしいくら他のカップルの目が向いていないからって、兄貴そこは外ですぜ・・・!!(爆)
押せ押せなくせに兄貴が素直になると途端戸惑ってしまうのは高校生筆頭のよいところです(笑顔)