暴君ペイシェント

熱かった胸が震えるほどに



冬の到来とばかりに一気に気温が下がった十二月に入ったころ。
そしてある意味、案の定とばかりに。
政宗は風邪をひいたらしい。
「政宗、風邪ひいたらしいぜ」
「あー、まあ基本あの人一年に四回、律儀にひくから」
それこそ佐助のいうとおり、政宗は季節が夏へと変わるころに一度風邪をひいている。
三人で政宗の部屋へ見舞いにいったのが、政宗の部屋にあがったはじめだった。
「でも何でそれをチカが知ってんの?」
そう。
今はまだ三限目が終わったばかりの休み時間なわけで、元親は政宗とは違うクラスなわけで、
政宗と同じクラスの幸村とはまだ顔をあわせていないわけで。
政宗が風邪をひいた、ましてや休んでいるだなんて情報は、元親が知るはずのないことなのである。
本来ならば。
「・・・さっきメールきた」
「メールねえ」
なんて、と促されるままに、元親はついさっき受け取ったメールを思い返した。
わざわざ携帯を見返さなくても思い出せるそれ。
別に特別な理由があるわけではなく、ただ単に文面が簡潔だったからだ。
シンプルに一行。

『風邪引いたから休む』

以上。
「風邪ひいたから休むって」
「それだけ?」
「そ」
「わざわざ?」
「そ」
「へえええええ」
「んだよ」
佐助は鞄から自分の携帯を取り出した。
画面に目を走らせてから大げさなまでに顔をしかめてみせる。
「心の友であるおれさまにはメールくれないだなんて、まーくんたらつれないの」
そういう反応が返るのが分かっているからこそメールをしないのではなかろうかと元親ですらも思ったが黙っていた。
「で?」
「あ?」
机に頬杖をついて、佐助は声にださずに小さく笑いながら元親を見返した。
「だからなんだっつううのよねえ」
「へ?」
「メール」
元親はなぜだかむっつりと黙り込んでしまった。
「風邪ひいたから何だっつうのよ、ねえ?」
「・・・」
言ってしまえば、そういう感想に行き着く簡潔なメール。
だから政宗は佐助にだけは絶対こんなメールを送るわけがないと言い切れる。
幸村に対してもそうだろう。
心配はしてくれるかもしれないが、だからといって病人が求めるものはあのテンションではない。
一度見舞いに行っていることもあるし、元親は自他ともに認める世話好きだ。
友人が風邪をひいたというのなら、心配の一つもするのが人情。
ならば、自分のもとへこんなメールがくるのは、消去法からいってもきわめて普通のことなのだ。
それ以上の含みなんぞはない。
・・・ないと、思う。
そう、思いたいだけかもしれないが。
「まーくん、寂しがりだからねえ」
「あー、どっか行くの誘えば、文句言いながらでもつき合ってくれるわな」
「行くの?」
「何に」
「お見舞い」
それお見舞いの催促以外の何ものでもないよねえと佐助は言い切ってくれた。
まあ元親もそれには同意する。
「佐助も行くだろ?」
けれども、うなずいてくれると思った佐助は、あっさりとパスと手を振った。
「おれさま、今日は先約があるんだよねえ」
てっきり前と同じく三人で、幸村は部活の都合もあるから無理だとしても、佐助は一緒にくるものと思っていた元親は、思ってもいなかった返答に思わず声を大きくしてしまった。
「政宗の一大事だろ!断れよ」
「ぜんぜん一大事じゃありません。毎年の恒例行事です」
「ででででもよ」
「ちなみに今日は旦那も無理だよ。ミーティングの日だから」
佐助が幸村の公的スケジュールをきっちり押さえていることは今更だったが、思わず元親は聞いてみなきゃわかんねえだろと啖呵を切っていた。
普段の練習ならいざ知らず、幸村がミーティングは絶対休まないことは分かっていたのだが。

***

放課後。
帰宅部の元親は一人寂しく通学路を歩いていた。
ただし、己の通学路ではない。
政宗が普段自転車を飛ばしている通学路だ。
本当言えば、政宗の部屋に一人で訪ねていくことに抵抗があった。
それこそ気の置けない友人の見舞いだし、政宗は一人暮らし、ご家族に気兼ねすることもなく、本来なら抵抗もなにもないはずである。
けれど悲しいかな、気の置けない友人だけではないのだ。
元親にとって、政宗という男は。
秋に告白された。
そしてその答えを元親は盛大に保留している。
佐助や幸村と一緒ならいい。
元親は友人であればすむ。
そして、それが許される。
許してくれている。
保留して、告白なんてなかったかのような顔をしている元親だが、これでも色々考えているのだ。
政宗の部屋で二人っきりというのは、いかがなものだろう、とか。
悩む元親に、政宗なんぞ放っとけばいいじゃんと佐助は言ったが、それもはばかられる。
風邪をひいた友人が気になってしまうのは、人情として当然だろうと元親は思うのだが、
そこら辺、元親と佐助の間には驚くぐらいの温度差がある。
もしかしたらそれは付き合いの深さとかなのかもしれないが。
もしひどい熱でもだしてたらどうするのだと返した元親に、佐助は爽やかな笑顔で、死にはしないよと笑った。
やはり佐助は政宗に少しばかり厳しいのではないかと、こういうとき元親は思ってしまう。
それを言えば、チカが甘いのと言いかえされるだろうが。
もやもやとしながらも、けれど元親の足は止まることはなく、目的の場所に着実に向かっている。
途中コンビニでリンゴとポカリを買って。
「・・・着いちまったら仕方ねえよなあ」
マンションを見上げて、元親は一度ため息を吐いた。
友人の見舞いだそれ以上の意味はねえ!と元親は元来の思い切りのよい性格のまま開き直った。
ドアのインターホンを押せば、何故かメールを知らせる携帯の着信がなった。
「あ?」
計ったかのようなそのタイミングのよさに、何だと思わず携帯を見れば、

『あいてる』

差出人は政宗である。
「は?」
元親は携帯の画面とドアを交互に見、あいてるってドアだろうなあと、とりあえずドアノブに手をかけてみた。
「って、本当に開いてんのかよ」
不用心じゃねえかと思いながらも、元親はおそるおそる部屋の中に入った。
しんと冷えた空気。
暗いリビング。
取りあえず玄関で靴を脱いで、邪魔するぜーと小さい声でことわりをいれる。
多分寝室だろうとあたりをつけて、寝室のドアをそっとあければ。
「!!」
「Welcome」
ベットの上に体を起こした政宗が、真っ赤な顔をして元親を出迎えてくれた。
ウェルカムと言ったその声も、絶好調に掠れている。
一目で風邪とわかるそれに、元親はびっくりしたあと、思わず眉をきゅっと引き上げて唇を開いていた。
「ばっか!寝てろ!!」
色々考えていたことも彼方にすっとんでいって、元親は政宗のベットに近づき、体を起こしていた政宗を無理矢理布団の中に押し込んだ。
髪が張り付いた額に手のひらを押し当てる。
「熱は?」
「さあ、たぶん八度すぎじゃね?」
端的に尋ねれば、笑みまじりに返された答えに、元親は呆れて政宗の真っ赤な顔を見下ろした。
「・・・恒例で風邪ひくなら体温計くらい置いとけよ」
「なくてもだいたいわかるんだよ」
「自慢になるか阿呆。薬は?」
「朝はのんだな」
「昼は?」
「さすがに何も食わずに連続でのむのは気がひけてな」
「わあった。とりあえず喰うもん持ってくるから、それまで大人しくしてろ」
苛々と頭を振って、元親はコンビニの袋からポカリを取り出し、政宗に押しつけて部屋をでた。
冷えたキッチンで、粥の準備をしながら、その傍らで買ってきたリンゴの皮を剥いてすりおろす。
一度この部屋に来たときも同じことをした。
そのときは、政宗の病状も今よりも軽いものだった。
元親は己の右手を見た。
水に触れたからか、冷えている。
だというのに。
さっき触れた燃えるような熱。
政宗の熱が、時折心の奥を舐めていく気がする。
「・・・熱出てんだったら、メールでそう言えっつんだ」
そうしたら、もっと早く来たのに。
それくらいの情はあんだよ、と呟いて、元親はすり下ろしたリンゴの入ったガラスの器を持ってキッチンを出た。
寝室に行けば、政宗は言われたとおり、大人しく布団に入っていた。
元親の姿を認めて、体を起こす。
ベットの上に腰を下ろして、元親はガラスの器を差し出した。
「とりあえずこれ喰え。そんでもって薬飲め」
そう言えば。
「喰わしてくれよ」
器を受け取ろうともせず両手をだらりと下ろしたまま、政宗は真っ赤な顔でにやりと笑った。
「はあ?!」
病人からの思ってもみなかった要求に、思わず素っ頓狂な声をあげれば、政宗は煩そうに目を細めた。
「だりい」
「ぐっ」
端的な理由に、元親は言葉を飲んだ。
こいつは病人だ。
多少のぶっとんだ我が儘も、病人だから仕方ない。
確かにつらそうではあった。
なので、ぶるぶると拳を振るわせたが、元親は結局、政宗にすり下ろしリンゴを食べさせてやったのだ。
佐助がいたら、あまりの献身ッぷりに涙して感動するところだろう。
仕方ない。
弱い者には優しくあれ、というのも元親の行動理念なのである。
今、政宗は病人。
弱者である。
それに。
嬉しそうに口を開けてリンゴを食べる姿を見るのは、悪い気分ではなかった。
「ほれ、薬」
「飲ませて・・・」
「無理矢理カプセルつっこまれたいならそれでもいいぜ」
肩をすくめて、政宗は元親の手からカプセルと水の入ったグラスを受け取り、大人しく飲んだ。
と、思って油断した。
返されたグラスを受け取った元親の手首を掴んで。
ちゅと、音をたてて唇にじっとりとした熱。
「帰んなよ。ここにいろ」
元親は瞬いてかくりと顔を伏せた。
「・・・テメエ、わがまま大王になってやがるな」
病人は暴君だ。
普段なら、馬鹿言ってらあと頭を殴って終わるところがそうはいかない。
圧倒的に、こっちの立場が弱くなるこの不思議よ。
だから世の中のお母さんは、子供が風邪をひくと簡単にアイスやらケーキやらを買ってくれるようになるんだなと、元親は納得した。
元親はため息を吐いた。
「しゃあねえなあ」
病人と泣く子には勝てません。
元親は政宗の肩を押さえた。
簡単に、布団に逆戻りするその様に、まあいいかとも思う。
病人と泣く子は偉大だ。
洗面器にいれてもってきた濡れたタオルを絞って、前髪をかき上げその額に乗せてやる。
タオルが触れたその瞬間、どこかくすぐったそうに政宗は目を伏せた。
思わずそのまま政宗の頭を撫でてやれば。
怒るわけでもなく、政宗は密やかに笑った。
「帰って、いいぜ」
元親は髪を撫でていた手をひっこめた。
「・・・帰るなっつったり、帰れっつったり、意味不明だぞてめえ」
「頭が熱でわいてんだ」
「さっきのキスもか」
「いや?あれは確信犯だ」
「言い切んな」
「ごまかさす気なんざねえからな」
「・・・・・・」
目を閉じて、かさかさに乾いた唇が微かな笑みを形どっていた。
吐露されたその想いすらも熱で溶かされている気がする。
これだから病人は質が悪い。
素直なそれを、受け取らないわけにはいかない気にさせられる。
元親はタオルの上からその額をぺしりと叩いた。
「言われなくても、テメエが寝たら帰るっつの」
政宗は熱の浮いた瞳に元親を映した。
「寝るの、もったいねえなあ」
吐息で笑う。
「寝ろ。・・・遊べねえほうがもったいねえだろうが」
その瞳をまっすぐに見つめ返せば、政宗はどこか満足したように息をこぼした。
「you are right」
瞳が瞼で隠される。
すうと、ひかれるように政宗は眠りに落ちた。
薬が効いたのか、人の気配に安堵したのか。
元親はその寝顔を見つめた。
呼吸。
火照った顔。
手首を掴んだその熱を思い出す。
唇に触れた熱を。
それは燃えるように熱かった。
胸が疼いた。
同時にしんと凪いでいた。
それはまるで、その瞬間だけ、世界が静止したような。
手を伸ばす。
タオルをとる。
熱を吸収したそれは、もうすでにどこかぬるい気がした。
冷えたそれですらも、政宗の熱で冷たさを奪われる。
「・・・」
その髪を、もう一度撫でて。
元親はシーツに手をつき、体を傾けた。
その熱に浮かされたのかもしれない。
今は、その理由だけでいい。
けれど。
いつか、手を伸ばしたくなる瞬間が来るのかもしれない。
「・・・おやすみ」
今はただ、額に触れるだけのキスを。





*あとがき*
クリスマスの前ふり。
風邪引いて熱でると、人って大概わけわからんテンションになりますよね(笑)
そんなわけで、我が儘甘えた大王になる筆頭。
晴れて恋人になった後なら、もっとだだをこねて甘えまくると思いますよこの男。
やたらこどもっぽい甘え方すればいい。
食べさせてくれなきゃ薬のまねえ、とか。
手繋いでて、とか。
アイスくいたい、とか(笑)
ちなみにこの兄貴、筆頭が寝たら帰るといってましたが、鍵かけずに帰ったら物騒じゃん、と筆頭が夜おきるまで側にいたりします。

あ、あと兄貴からの初おでこチューには筆頭まったく気づいておりません(爽やか笑顔)