Draw Game
それは丁度2時限目が終わった休み時間。
三時限目は移動教室だということで、佐助と二人、並んで廊下を歩いていたときのこと。
丁度下駄箱付近で固まっている女子たち数名。
本人たちは声をひそめているつもりなのだろうが、女性の声というのはどんなときでもよく響くものだ。
罪のないおしゃべりが耳をかすめ、普段なら欠片も気にしないのだが、今回は違った。
女子たちのおしゃべりの5割を占める恋愛話。
格好いいよねとはしゃぐ彼女たちの視線の先にいたのは。
「・・・」
1年5組の伊達政宗くんその人であった。
思わず足を止めてしまった元親に、どしたのチカと佐助も同じく足をとめる。
元親はそれには答えず、かわりに彼女たちの視線の先にいる件の男をまじまじと見つめてしまった。
聞こえているのかいないのか、我関せずとばかりに冷めた目で下駄箱から靴をとりだしている男。
佐助は納得したように、まーくんじゃないと言った。
確かに、ジャージ姿だというのに、そこから連想されるやぼったさとかダサイなんぞという言葉から縁遠い気がする。
元親は思わずぽろりとこぼした。
「政宗って、もてるんだな」
思ったまんまの感想に、佐助は珍しくきょとんと目を丸くした。
「んだよ」
「ものすっごい今更なことを聞いた気分になって」
「政宗殿は中学のときからモテモテでござる」
突如後ろからかかったもう一つの声にびっくりして元親は振り向いた。
ジャージに、そろそろ秋風も冷たく沁みるというのに、半袖シャツの幸村がそこにいて、それは真面目な顔で頷いていたのである。
幸村の格好は気にしないことにして(一年中半袖で体育を受けるのがポリシーらしい)代わりに元親は何やらむず痒い台詞を聞き返した。
「も、もてもて?」
今時あまり聞かないそれを、何故か笑いとばすこともなく元親は馬鹿みたいに繰り返した。
その微妙な言葉を、あっさりと佐助も肯定した。
「まあ政宗、顔と体はいいからねえ。あのつっけんどんな態度も何て言うの、クールっぽくて格好いい?みたいなさ。
あの子たちも違うクラスの子たちだし、遠くから眺める分には問題ないしねえ」
「いや別に中身だって問題はないだろ」
「あら、チカちゃんったら、まーくんには優しいのね!」
ざっくり容赦ない言葉に、元親は毎度のことながら反射でフォローしてしまうが、それは佐助たちが厳しいだけだと元親は思う。
別に特別な意図はない。
「からかうなよ佐助」
「えー、でも政宗の中身っつたって、ねえ?」
隣の幸村に同意を求めるように佐助が顔を向ければ。
「うむ。別に取り立てて見所のある男性というほどではないでござる」
こくりと幸村は首を縦に振った。
「・・・ほんとテメエらは政宗に関しては容赦ねえな」
思わず弁護したくなってしまうのは友人としての情けだ。
ふと、政宗が気づいたのかこちらをみた。
別に何も悪いことはしていないのだが、瞬間居心地が悪くなった。
さっさと立ち去ればよかったが、目があってしまってはそれもし難い。
政宗は何故か挨拶をよこすわけでもなく元親をじっと見て。
その指の長い右手を上げ、おもむろに。
投げキッスをよこした。
「!!!」
「あらまあ、まーくんったら熱烈」
「ま、政宗殿!!学校で投げキッスなんぞ破廉恥でござるぞ!!!」
元親は真っ赤になり、佐助はからかいまじりの口笛をふき、幸村はわめいている。
きゃあという甲高い女子たちの悲鳴が何故か遠い。
元親は知っていた。
自惚れでも何でもなく、あれは間違いなく、自分に向けて寄こされたキスだということを。
恥ずかしさか照れからか分からないが体温が急上昇した元親は、陸に突如打ち上げられた魚のように口をぱくぱくとさせた。
政宗はにやりとほくそ笑んでいる。
それを見たとき。
渦巻いていた混乱は一気に別のものへと変化した。
何故だか、ものすごく、悔しい気がした。
いかんともし難い敗北感が脳天を貫いた。
くっそおおおおお!と歯を噛んで元親は声に出さずに叫んだ。
あの野郎、おれが狼狽えるのを楽しんでやがるな。
もしくは、告白を保留にしてることへのあてつけか。
とにかく、その余裕綽々な笑みが腹立たしいことこの上ない。
何が一番腹が立つかといえば、もくろみどおりに狼狽えた自分自身だ。
満足したように、喉をならして立ち去ろうとしやがったその背中。
元親の中で何かが潔く引きちぎられた。
多分、それは理性とかそういった類のもので。
確かに、元々それほど強いものでもなかったが、特別脆いわけでもなかったのに、何故か、この男に対してはあっさりとちぎれてしまうそれ。
「政宗エ!!」
ここでひいては男がすたる。
「次の体育、頑張れよ!」
雄々しいエールとともに豪快な投げキッスを返せば、政宗はその場でかちんと動きを凍らせた。
会心の笑みを唇にはいて、元親は下駄箱横の階段を悠々と上った。
そう簡単に負けてたまるかというのだ。
固まりやがった瞬間の、その顔だけで満足だ。
たとえその後がどんなに恥ずかしかろうとも!
=あとがき=
基本的に筆頭には厳しい佐助と幸村を推して参りたい(え)
その遠慮のなさと容赦のなさが友情の証です(爆)