スターダスト・シューティングスター


それは近所の神社が主催する夏祭りだった。
懐かしいお囃子の音。
はしゃいだ山の空気。
どうせなら、お祭りを見てから帰りなさいねと。
夏休みに友人をつれて帰省していいかと電話で尋ねたとき、祖母が返した返事。
祖母の言葉通り、近所にある神社の夏祭りを見てから、明日元親と政宗は帰ることになっている。
楽しかった時間は驚くほどにあっというまにすぎさって。
寂しいなんて、柄にもなく思うのは、きっと懐かしい祭りの空気のせい。


先に風呂に入って、まだ湿った髪のまま、温い夕方の空気の中へと出ていった。
夕飯はソバだった。
楽しんでらっしゃいといわれたので、さしあたってはまず、屋台で唐揚げでも食おうと政宗に言った。
その神社は結構こじんまりとしたところのなのだが、さすがに祭り、人出は結構ある。
人の波にさからわずゆっくりと、唐揚げを頬張りながら屋台を覗いていった。
すれ違う浴衣の華やかな色。
しっとりとした、それでも賑やかな独特の空気。
よく来たのか、と政宗に問われたとき、元親はその質問の意味が分からず、瞬間きょとんとした。
その顔が面白かったのか、政宗は一言、唐揚げでも詰まらせたのかと笑った。
「おれが唐揚げごときに負けるとでも思ってんのか!ガキ扱いすんな」
「怒鳴んな、ガキ」
唇を引き上げてにやりと笑む顔が鼻についたので、元親はふんと目を眇め、注意をおろそかにしている政宗の手元から、まんまと唐揚げの最後の一つを奪ってやった。
テメエ!と途端まなじりをつり上げて声をあげる政宗に、さも勝ち誇った顔を向けて、唐揚げは旨いなあと言ってやった。
政宗は、唐揚げのカタキだといって、射的勝負を挑んできた。
Gパンのポケットから三百円を親父に気前よく渡していざ勝負開始。
勝負は引き分け。
政宗の戦利品は、サングラスをした音に反応してクネクネと動くヒマワリ野郎だった。
元親の戦利品は、怪獣のフィギュアだった。
金魚すくいもやったし、ヨーヨー釣りもやった。
金魚すくいは元親が勝った。
政宗も小器用に金魚をすくっていたが、元親も幼少期から金魚すくいに燃えていた男だ。
まだまだ甘い。
ポイは少し破けてからが勝負だ。
最後の勝負はかき氷の早食いだった。
引き分けだった。
というか、ガツガツ氷を貪り喰うことに、互いに何だかむなしさを覚えたからだった。
総合的におれの勝ちだなと胸をはれば、まあテメエの地元だしなとあっさりと政宗もひいた。
珍しいと思えば、地元でくらい華もたせてやらねえと可哀想だろう?と政宗はふてぶてしく笑った。
政宗と張り合うのは簡単だ。
ほんの少し、自分の中にあるガキっぽい負けず嫌いな性を自由に出してやるだけでいい。
簡単なことだが、結構それができる相手は少ないと元親は思う。
例えば、同じ勝負事をするとしても、幸村や佐助を相手にすることと、政宗を相手にすることは違う。
幸村とは、充実感が先に来る。
妙に晴れ晴れとして、すかっとして、爽やか。
まるで炭酸飲料のCMみたいだ。
佐助とは、妙に気が楽になる。
安心とは違うのだろうが、気が楽だ。
結構容赦ない性格の相手の側が楽だなんて、ちょっとどうなんだ自分と思わなくもない。
政宗は違う。
負けたくない。
これが一番先にくる。
負けたくない。
だからといって、勝ちたいわけでもないと思う。
矛盾してるようだが、負けたくない、ということば一番しっくりくる。
背中が見えるなら、全力でその背中を追いかけて後ろから蹴飛ばしてやりたいと思う。
自分が先に走っているなら、追いかけてくる政宗の強烈な視線が後ろから刺さってきて、ぞくぞくする。
隣にいれば。
ずっと隣にいたいと思う。
トップスピードで。
並んでいたい。
にやりと、こちらにくれる流し目に同じように笑みを返して。
この感覚は何なのだろう。
コイビトというには、何だか妙にガツガツした願望だ。
キスもするし、セックスだって数え切れないくらいした。
甘やかな時間を愛おしいとも思う。
それは確かだ。
キスをするのも、体を重ねるのも、自分は確かにこの男を好いているからで。
その根底にあるのはでもおそらく、ガキくさい意地の張り合いと、肩を並べることのしっくり感なのだ。
そう、身に馴染む。
隣にあること、その空気に。
まあそれが、ちょっとした悪戯でコイゴコロ的なスパイスが加味され、今のような結果になったのだろう。
何周目かになる出店を覗いて、花火を買った。
「ばら売りの花火なんざ初めて見たぜ」
「好みでカスタマイズできるんだ、いいだろう?」
あれやこれやと色んな種類をいっぱい買って、さて帰って花火でもするかと落ち着いたところで、
祭りには付きものといえば付きもの、喧嘩だというお約束の声がどこかかからあがる。
片眉が跳ね上がったのはたぶん反射。
隣をちらりと見れば、政宗も物騒に唇を引き上げて笑んでいた。
思っていた通りの顔を見て、元親も思わずにやりと笑った。
祭りの日には血の気の多い人間も集まる。
こんな日には自分たちも血が熱くなっているものだ。
出先でハメを外しすぎるのもどうかと思うが。
喧嘩に巻き込まれている、か弱き者を助けるという大義名分があれば、怖いものはなかった。
そのまま駆けだそうとしたところで、ふと隣にあった出店が目に入る。
思いついて、元親はおい、と政宗を呼んだ。
指で店を指し示せば、政宗は目を少し丸くして、そのあと了承とも呆れともつかないように肩をすくめた。
さて、物事は何事も先制パンチが有効だ。
喧嘩に乱入するときも変わらない。
まずガツンと一発のしてから、相手がひるんだところへ正義の名乗りをあげるのが筋だろう。
喧嘩というか、女の子に絡んでいたのは、同じ年の頃の若い男達だった。
そいつらは、突然の乱入にいきり立った声をあげ、次いで、間の抜けた顔になった。
悪の五人組である。
対するこちらは、仮面ライダー1号2号である。
どちらが1号で2号なのかという問いは受け付けない。
祭りなんてふざけたテンションで起きた喧嘩に割り込むのだ。
乗り込むこちらも相当がテンションがとんでいる。
元親が指さしたのは、昔懐かし仮面屋の屋台。
政宗は狐の面。元親はひょっとこの面だ。
それをきっちり顔にかぶって乱入したのだ。
「女を誘うならもっとカッコヨク誘いな」
ひょっとこにそううそぶかれて、悪の五人組は怒りのボルテージをあげた。
狐が背にかばった浴衣の女のこを、手で向こうに行くように示した。
向き直った狐が五人組にひらひらとどこか馬鹿にしたように手を振ったのが合図。
まったく馬鹿馬鹿しい限りだった。
一人を沈めて、面のしたでしみじみと元親は思った。
友人を連れて母の実家に久しぶりに帰省して、何故やることが喧嘩なのだろう。
狐が拳を一人の腹にたたき込むのが見えた。
まったく馬鹿馬鹿しくて、くだらなくて、何故か最高に笑えた。
たまにはこんな馬鹿をやるのもいい。
五人きっちり沈めたあとは、周りがざわつく中を人混みに紛れるようにしてとっとと逃げ出した。
丁度神社の裏手まで走って、人気のないそこで一息をつく。
神社の祭りだというのに、とうの神社の裏手は静かだ。
途中で外して懐に入れておいた面を取り出して、どちらからともなく笑い出した。
ひとしきり、声を上げて笑って、元親は大きく息をついた。
「Ah,喉乾いたな」
「ラムネ買って帰ろうぜ」
政宗は頷いてから、先ほどのことを思い出したかのように小さく笑った。
「何でこんなとこまで来て、喧嘩してんだか」
まったく政宗の言うとおりで。
「いい想い出になっただろ?」
元親は気づけば笑っていた。
顔を上げた政宗も、ふと笑った。
「この祭りにゃ、よく来たぜ。あんま覚えてはねえけどな」
元親は返していなかった問いの答えをのせた。
父と母と、三人で。
時には、祖父や祖母と五人で。
溶けて消えてしまいそうに曖昧で儚い想い出。
けれども、どんなに曖昧でも消えることなく漂っている記憶。
「けどよ、今日のは一生忘れねえよ」
コレ見たら嫌でも忘れられねえだろと、ひょっとこの面をふってみせた。
「いい土産ができてよかっただろ?」
政宗は、たいした土産だと笑って、狐の面を戯れにかぶった。
元親は顔を寄せて、これまた戯れに、狐の口元に唇を寄せた。
当たり前だが、面は冷たかった。
面を外した政宗は眉を上げて元親を見返した。
「するんなら、生身にしろよ」
顔を合わせてそう主張したので、元親も眉をあげて、お望み通りにそっと、その生身の唇に唇を落とした。
触れるだけの、他愛もないキスだった。
元親は花火の入った袋をあげて見せた。
「帰ろうぜ」
言葉通り、家へと祭りの喧噪を背に歩いた。
そして、明日、二人は日常に帰る。
祖父にバケツとマッチを貸してもらって、庭先で二人、買ってきた花火に火を付けた。
二年前は海で、去年は武田家の庭先で、幸村や佐助と一緒に四人で花火をやった。
馬鹿みたいに騒いだことを覚えている。
今は幸村と佐助の姿はなく、政宗と元親の二人だった。
来年はどうだろう?
来年も、自分たちは、馬鹿みたいに花火を振り回して声を上げているのだろうか。
二人で、笑っているだろうか。
父親は、したいことをすればいいと言ってくれた。
さしあたって、元親には将来このような仕事がしたいとか、勉強がしたいとかという夢はなかった。
だったら、大学でさがせばいいと、これまたあっさりと父親は言った。
おれも大学時代は好きなことしかしなかったと言った。
父がいいと言ってくれているので、大学へは行こうと、それだけは考えていた。
問題はその先だ。
どこの大学を受けるのか。
正直に言ってしまえば、結構どこでもよかった。
いや、のんびりしたとこがいいとは思ってはいたが、それくらいだ。
父親は、したいことをすればいいと言った。
元親のしたいこと。
漠然として、とても単純な、元親のそれ。
好きなことをすればいいと、有り難いお許しがでたのだ。
なら、それでいいんじゃないのか。
他人が聞けば、馬鹿馬鹿しいと顔をしかめるような、そんな望みでも。
それが、元親の一番はっきりとした想いなのだ。
だったら、それを全力で叶えたって、いいじゃないか。
動機が不純だと言われれば、悪いかと胸を張ればいい。
手元の花火は、しゅーしゅーと軽い音を立てて燃えていく。
ピンクに赤、黄色の飛び出る光。
夜の闇に軌跡を描く。
煙があがる。
新しい花火を手にとりながら、元親はふと空を見上げた。
家の明かりと、花火の煙で、あまり星は見えなかった。
けれど、帰り道、見上げた空には、一面に無造作にばらまかれた星があった。
一月ほど前に見た夢を思い出した。
今見上げてるみたいな満点の星を綺麗だといえば、夢の中の政宗は、その中から星をとってきてくれた。
流れ星を掴んで、両腕いっぱいに色とりどりの輝きを。
元親に星をくれた政宗は、元親とは行けないと静かに言った。
なんてつまらないことだろう。
空の星を手に入れても。
隣に政宗がいない。
元親はあっさりと、元親のために政宗が取ってくれた輝きを手放した。
政宗の手を取るのに、星は別にいらないからだ。
手にした花火に火をつけることもなく、元親はなあと政宗を呼んだ。
「さしあたってのテメエの未来の落ち着き先はどこだ?」
「An?」
首を傾いだ政宗に、察しが悪いぜと鼻をならす。
「テメエの受験先だよ、言え」
数秒、唇を閉ざしたあと、政宗は大学の名を唇にのせた。
元親も名前を知っている、結構有名な大学だ。
元親は頷いて笑った。
「よし、なら文学部あるな」
「いや、文学部は基本どこでもあるだろ」
「推薦ってことは、テメエの本命なんだろ?」
頷くことも、首を横にふることもなく、政宗は元親を見た。
政宗の手元の花火が燃える音がする。
「おれの場合は、大学にこだわりねえからな。
また一緒に学生したいっつたら、ウザイか?」
政宗は瞬いた。
政宗は時折、子供じみた素直な反応をする。
その間の抜けた顔は、元親は結構気に入っている。
花火の音が止んだ。
華やかな光が消える。
「三年じゃ、まだ満足できねえみたいなんだよ」
政宗は、ぎくしゃくと元親に手を伸ばしてきた。
こちらからも腕を伸ばして、その体を抱いてやる。
腰に巻き付く腕には、これでもかというほど力が込められていて、元親は政宗の頭をあやすように叩いた。
「お前、たまに可愛い時があるよなー」
肩に顔を埋めた政宗の唇からこぼれた言葉は、もごもごと掠れて、布に埋もれて聞こえなかった。
たぶん、うるせえとかそういう文句だろう。
別に政宗のためじゃない。
自分のしたいことをするだけだ。
「テメエとまた馬鹿やりながら、やりたいことを探すさ」
もうしばらく、この男と肩を並べて隣にいること。
それが、自分のしたいこと。
隣を歩きながら、一緒に星を掴むのが一番いい。







これから始まる。
いつかは終わるだろう。
星を鳴らして呼び合えば夜をひとふり鈴が鳴る









+あとがき+
進路編な四国旅行編完結です。
ネタだししてから二年ほど経ってる気がする・・・(遠い目)
実はラストは当初考えていたのとはちょっと違っています。
寝かしているうちに勝手に兄貴sが動いた感じです。
本元の性格だとか、行動の在り方とはか、この学園を書き始めたころから大筋変わってはいないのですが、
細かな行動の選択とか、流れを追っていくと、単品でネタを出しているときとは変わることがあります。
そういうときは、なんだか兄貴たちに引っ張ってってもらってる感覚になりますねえ。
四国旅行編のBGMは七夕話からcoccoの唄い人です。