タナジャガ
それは棚からぼた餅のかわりに降ってきたにくじゃが


屋上での昼飯。
最近は随分暖かくなっていて、まあむしろ暑い。
上着は盛大に脱ぎ捨てて、シャツ一枚で箸を動かしていた。
そこまでは普通だ。
左横には元親が座り、向かいに佐助と幸村が弁当をつついている。
普段の光景だ。
ただどうにもいつもとちがうのは。
左からちらちらと向けられる視線。
左に座っているのは元親で。
つまり、その気になる意識の向けかたをしてくれているのは元親で。
最初は気にせずにもくもくと食事をしていたが、元来政宗は気が長くない。
気になるものは気になる。
落ち着かなくて消化不良になりそうだ。
なので、缶コーヒーのブラックをすすってから、
その缶をコンクリートに叩きつけるように置いて政宗は顔を左側にぐるりと向けた。
細めた目に気づいたのか、元親は一瞬身じろぎした。
「Hey!」
「な、なんだよ?」
盗み見している自覚と後ろめたさはあるのか、答える声にはいつもの覇気はない。
「さっきからじろじろと何なんだよ?何かおれに言いたいことでもあるのか?」
後ろ半分の台詞は怒っているというよりは、不可思議さのほうが強く出ていた。
この元親という男は気性は実に自分と似ていているが、その実様々な点で真逆なところにいるという男である。
言いあぐねているという状況がらしくないと思ったのだ。
初対面で殴り合いの喧嘩。
それから意気投合して悪友。
頭突きをかましてる相手に今更遠慮なんて言葉はない。
そんな元親だが、今は何故かひどく曖昧な笑みを浮かべて政宗を見ていた。
変な顔だと政宗は思ったが、唇が動くのを見て取ってその感想は喉の奥に留めておくことにした。
「あのよお」
「なんだよ?」
「お前、昨日もコンビニ弁当だったよな?」
「おう」
昨日も、ということは今日も、コンビニ弁当なのである。
「おとといも、コンビニ弁当じゃなかったっけ?」
「そうだな」
「つまり、3日連続でコンビニ弁当なんだよな?」
「だからなんだよ?」
要領を得ない言葉に、さすがに少しばかり苛立った政宗に対し、元親はへにゃりと眉を下げた。
情けない顔だった。
その情けない顔で。
「・・・旨いか?」
ぴしりと、政宗の動きは硬直した。
一瞬の間の後、佐助の吹き出す声。
ぐふっという奇妙な音は、一応笑い声を上げるのをこらえるために起きた音らしい。
だが、全然こらえきれていない。
政宗は反射的に佐助をぎろりと睨んだ。
「いや、だってよ、それ、冷たいだろ?」
最近の政宗は行き際にコンビニで昼食を仕入れるようになった。
要するに、元親との一件以来慎重になったのだ。
パンを買うときもあるが、パンではしかしながら、すぐに腹が減るのだ。
なので、最近はもっぱら弁当を買っている。
温めてもらっても、食べる頃には変な具合にぬるくなっているだろうから、
コンビニでお弁当をあたためますか?とにっこり笑顔で聞かれても、いえ結構ですと答える。
なので、元親のいうとおり、政宗の弁当は確かに冷たい。
「でもそりゃお前らも一緒だろうが」
佐助と幸村はもともと弁当持参組だったが、最近は元親も弁当を持ってきていた。
政宗と同じく、あの一件で学習したらしい。
ただ、まあ三人のものはコンビニ弁当ではない。
「いや、確かにおれのも冷たいけどよ」
言いあぐねて目が泳いでいる元親に代わり、喉を震わせながら佐助が勝手に後を継いだ。
「確かに、毎日コンビニ弁当ってのは、可哀想だねえ」
可哀想、という言葉に、軽く血管が一本切れた気がしたが、それは気のせいではないだろう。
気の弱いものなら反射で謝ってしまいそうな眼光にあてられても、佐助は何処吹く風だ。
「いや、あの、そこまでは言ってない」
「でもチカが言いたいのはそういうことでしょ?」
「いや、だから」
珍しくわたわたと慌てている元親の姿は見ていて面白かったが、状況は全く、面白くなかった。
「政宗殿は可哀想でござる」
「テメエにだけは言われたくねえんだよ!!!」
どうにも抑えきれず、目の前の無神経の胸ぐらを掴んでいた。
「あ・・・」
「あ〜あ」
ハモった声にはっと我に返ったときには既におそく。
膝の上に乗せていたコンビニ弁当。
冷たいけれど、可哀想とかいわれたけれど、政宗の本日の貴重な昼食が。
コンクリートの地面の上に綺麗にひっくりかえっていた。
「ゆ・き・む・らあ〜!!!」
「それがしのせいでござるか?!」
「An?どうみてもてめえのせいだろうが!!」
そのままとっくみあいになだれ込みそうな二人の間に体を入れて仲裁する二人。
「落ち着け政宗!!ほら、おれのやつつまめよ!な?!」
大本の発端である元親に差し出された弁当に阻まれ、政宗は掴んでいた幸村のシャツを手放した。
「ほら、何がいいかなあ〜?」
「そのしゃべり方止めろ。気色悪い」
斬るような容赦ない声の温度に、元親はぴたりと口を閉ざした。
少しだけ溜飲をさげて、差し出された弁当を見る。
しかし、つまめと言われてもと政宗は片眉を上げた。
残っているのは、にくじゃが、ほうれん草のおひたし、そして、スナップエンドウが一枚。
指でつまめるものがない。
そんな声にならない言葉を察したのか、慌てたように元親は言った。
「このにくじゃがとかは、結構いけると思うぜ」
「いや、つまめねえだろ」
「そりゃそうだな。ほらよ」
「・・・・・・」
差し出されたのは箸である。
正確に言えば、元親の箸に挟まれたじゃがいも。
一秒、政宗はじっとそのじゃがいもを見つめた。
瞬きして元親をみると、元親の顔は真面目だった。
後から思い返すたびにきっと己の頭は固まっていたのだとしか説明できなくなるのだが。
文句を言うわけでも、逆に元親をからかうわけでもなく。
このとき政宗は、しごく素直に。
どこまでも素直に口を開いて、元親に、にくじゃがを、食べさせてもらっていた。
口の中に広がる甘みに、お、と政宗の目が丸くなるのを見て取って、元親は顔を近づける。
「どうよ?」
「Good Taste」
早口で思わず呟いた素直な感想。
「ぐっ・・・?」
奇妙な顔をする元親に対して日本語でリピート。
「旨い」
とたん、元親の相貌がくずれた。
「だろ?」
ひどく嬉しそうなその顔に面食らいながら、政宗はにくじゃがを嚥下した。
「やっぱり、コンビニ弁当って、味気なくないか?」
「・・・」
「それに、栄養バランスとかもよくねえだろ?たまになら気にしねえけどよ、毎日ってなるとよお」
しりすぼみになっていく声に、政宗は瞬いた。
どうやら、この男は自分に遠慮しているらしい。
少しばかり新鮮だった。
何分、他の二人の面子は、自分に対する遠慮だとかデリカシーだとか、
そういった繊細な機微を全力で投げ捨ててきたような人間なので。
「チカはやさしいねえ」
佐助の声に我に返り、ようやく政宗は、今の状況を振り返るために脳を動かすことができた。
つまり、おれは一体何をやっているんだ?という疑問にようやくいたることができた。
「でも政宗には言うだけ無駄だね」
「何で?」
「こいつ一人暮らしくんだからさあ。自分で弁当作ってくるなら寝てるってタイプだよ」
「・・・そうなのか」
「そうそう。栄養バランスとか、そういう崇高なこといっても分かんないよこいつは」
「・・ちょっと待て」
その言い方は何やら色々ひっかかるぞ、と政宗はとりあえずさっきのことについて考えるのは後回しにすることにした。
「それはこいつにも言えることだろうが」
自分一人が言われてなるものかと、ブリックパックをちゅーと啜っている幸村を指さす。
「旦那はいいんだよ」
「・・・そういやあ、お前らの弁当って中身一緒だよな?」
今ようやく気づきましたという顔で元親は言った。
佐助は軽く頷いてあっさりと肯定した。
「旦那の弁当もおれが作ってるからねえ」
「え?!」
「言ってなかったけ?色々事情がありまして、同じお家にやっかいになってるんだよね、おれたち」
「そうなのか?」
元親は幸村に顔を向けた。
幸村はストローから口を離し。
「そうでござる」
「へえ〜」
「そうだ、今度チカも遊びにおいでよ」
「いいのか?」
「全然。たぶん親方様もチカを気にいるだろうしねえ」
「おお!!それは名案だな佐助!!チカ殿はまことに良い御仁でござるゆえ!!」
「お、親方様?」
「まあ、来てみりゃわかるよ」
「そうか?」
そしてそのまま食事の終えた幸村の親方様トークに突入し。
政宗はきっぱりはっきりと、会話からおきざりにされてしまった。
まあ、確かにどっと疲れが出て、これ以上馬鹿みたいな会話に入りたくもなかったから丁度よかったが。
ぶちまけた弁当をどうするかなあと人ごとのように考えていた。
結局ぶちまけた弁当は幸村に片付けさせて、屋上を後にする。
政宗はさみしさを訴える腹を宥めるように撫でた。
散々好き勝手言われたコンビニ弁当を半分ほど食べていたが、それはつまり、もう半分は食べれなかったと言うことで。
元親のにくじゃがと佐助の弁当から勝手に拝借したからあげ一個を腹に収めたが、それでも腹は減っている。
「さっきは悪かったよ」
殊勝に謝る人物は一人しかいない。
顔の前で右手を挙げて謝る姿を政宗は横目で見た。
「帰りに何かおごるからよ」
「おう」
政宗は遠慮なく頷いて、ふと頭に浮かんだことを口に乗せた。
「でもあのにくじゃがは旨かったぜ。また今度何かつまませてくれよ」
「そうか?そんなに気に入ってくれるとは思ってなかったぜ」
何故か元親は照れたようだ。
何故こいつはこれほどに機嫌がいいのだろうかと内心で疑問に思っていたら。
「だったらよ、お前の弁当も作ってきてやろうか?」
「・・・」
たっぷり三秒、政宗は沈黙した。
足を止めてまじまじと元親をみれば、元親も律儀に足を止めた。
「あれ、お前が作ったのか?」
「ああ」
軽く返される肯定。
「まあ、残りモンとかそういうのが中心になっちまうだろうが。それでもいいんなら作ってくるぜ?
一つ作るのも二つ作るのも手間はかわんねえしな」
どうする?と続けてくるその顔を見つめて。
考えたのは一秒。
答えを出したのは、むしろ脳よりも舌だった。
「いいのか?」
「おおよ」
「じゃ、遠慮なく頼むぜ」
「よっしゃ!」
にかっと笑顔で返されて、なんで人の弁当作ることになってこんなに機嫌がいいんだとか、
やっぱり政宗には意味不明であったが、何となく、自分の胸もつられて暖かくなっているようで。
柄にもなく、その笑顔にこっちが照れてしまったのだということに気づいたのは、
教室に戻ってかったるい数学の授業を受けている最中で。
今日は調子が出ねえと、机の上につっぷした。
悔しいが、今日はこちらの全面的な敗北だった。




*あとがき*
お弁当をあ〜んと食べさせられちゃった筆頭(不覚★)
チカちゃんには特別な意図など欠片もありません。
純粋な、善意です(笑顔)
可哀想と言われて地味にヘコム筆頭が可哀想ですね!
幸村が真剣にアホの子ですいません。