ガラナ
肝心なことは何かって本当は分かってるんだろう?
この想いよ止まるな その想いよ止めるな


放課後元親の教室へ顔を出せば、まだ教室に残っていた佐助が先に出たよと答えを返してくれた。
用事がなけりゃ元親、佐助と自分の三人で惰性のように帰途を共にしてしまう日常。
「おれさま今日日直だからさー」
天気がいいから屋上で待ってるってとの言葉に、返事も返さず政宗はふいと体を反転させたが、佐助は欠片も気にしてはいないだろう。
どうせ、ならば政宗が一人で帰るという選択肢を持たないことなど分かっているに違いない。
確かに、政宗の中には一人で帰宅という選択肢は元からなかった。
実際、だらだらと気の置けないヤツらと帰るそれを、気に入っていたので。
まあ今はそれ以上の打算やら下心も含んでいるわけだが。
その心の向かう先。
元親がいる屋上へと足を向ける。
十月も半ばになれば、もう馬肥ゆる秋、読書の秋、スポーツの秋、である。
校庭の端に植えてある銀杏は鮮やかな黄色に染まっている。
あの男は晴れた青空が好きだから、きっと今も透き通った秋の空を見上げているのだろう。
つられて引き出されていくもの。
食べるのも、作るのも好き。
ついでに食い意地も張っている。
格ゲーよりもレーシングゲームのほうが好きで、さらにいえばUFOキャッチャーのほうが好きで得意。
騒ぐことが好きで、イベントや祭りが好き。
トランペットが好きで、自分が弾くピアノも好きだと笑った。
胸の奥深くがかっと熱を持って、体が騒ぐ。
瞬間、駆けだしてしまいそうになるほどの高揚感が体を包み。
反面、早い鼓動を刻む心臓を布でくるまれたかのように、体は押しとどめられる。
慣れぬ感情のせめぎ合い。
元親へ向かうまっすぐな感情と、不安戸惑い、そういったものが心の中で、互いに押しては引いての攻防を繰り広げている。
はっきり言えば、少しばかり疲れるところもあったが。
不快ではなかった。
何せどこまでも政宗にとっては新鮮なことだったのだ。
こんなことは今までなかった。
ここまで政宗の心を好き勝手に揺り動かしてくれた相手なんていなかった。
当てはまる言葉は一つしか見いだせない。
今もそれはやっぱり変わらない。
一月経とうが何しようが、変わらない。

アンタが好きだ。

後夜祭の前に再度告白したそのときは、まあ脳みそがフリーズしていたようだし、
ようやく自分が置かれている状況がわかったようだから、考える時間をやったわけだが。
こちらが大人しくしているのをいいことに、このままなかったことにしようとしていやがるなと。
一月返事も何もなかった理由を把握。
一緒に勉強しようといったり、牛丼屋でからかったりだなんていうのは、
告白されてどうしようととまどっている態度ではないだろう。
初めから、そんなものはなかったと。
政宗と元親の関係をこじらせるものは初めから存在しないというかのような。
気づいたときには、瞬間的に怒りにも似た熱さが体を駆けめぐったが、憤りはすぐに消えた。
分からないでもなかったからだ。
逆に苦笑した。
だってそうだろ?
元親は己の意に添わぬことに諾々と諦めて従うような男ではない。
ふざけんな。
馬鹿言ってんじゃねえよ。
そんな事言われても迷惑だ。
政宗のこの想いが重荷にしかならないのであれば、顔をしかめて、眉をつり上げて、そう一言言えばいい話で。
それを、何のアクションも起こさずに。
そうすれば、何も起こらなかったかのように、関係は続いていくのではないかとばかりに。
変わらぬように突っかかってきた姿。
からかうように目を閃かせて笑う顔。
肩に置かれた大きな手のひらの感触。
背にあった気配。
まるで、この関係を斬り捨ててしまうよりは、何もなかったことにして、今までのようにあれるならと言うように。
それほどには自分の存在に重きをおいてくれているらしいと。
素直に嬉しいと思った。
自分が元親に僅かでも惜しまれる存在であることが。
元親の中に自分の存在があることが。
嬉しかった。
しかし、だ。
それはそれこれはこれである。
逃げをうつというのであれば、こちらは追いかけるだけの話。
まだまだそこのところを元親は分かっていない。
もう政宗のほうは走り出してしまったのだ。
動き始める前には戻れない。
だいたい、そう簡単に流せるというなら、わざわざ告ったりするかというのだ。
自分と元親を隔てている屋上の扉一枚。
軋ませながら扉は開いた。
視界に映る空の青。
見慣れた立ち姿。
自然と唇が笑んだ。
手すりに腕を置いて空を仰ぐ横顔が見えた。
胸の内で一度だけ。
sorryと謝った。

この想いが走っていくことを、おれは止めたくないんだ。

「Hey元親」
そう呼びかければ、元親はぴくりと肩を反応させた。
それでもすぐには振り返らずに。
二秒、空を見続けて、そうして、元親は体をひねって政宗を見た。
「佐助は?」
開口一番、元親はそう問うた。
瞬間、政宗は気づいた。
ああ、こいつは分かっているのだと。
元親が逃げをうっていることに政宗が気づいたということを。
「まだ日直の仕事してたぜ」
「そっか」
元親は曖昧に笑っている。
政宗は元親の元へと足を進めた。
元親は逃げない。
当たり前だ。
ここで背を向けて逃げ出す方が状況としてはおかしいし、何よりまず、元親の後ろには空があるばかりで逃げ場所などない。
逃げてもいいぜと政宗は声に出さずに言った。
だったらまた追いかけていくから。
でも逃げ出せもしないのだ。
逃げ出す理由などなかったことにしようとしているのだから。
それで体を捕らわれているだなんて。
不器用な男だなと思った。
そして、お人好しだ。
そんなところが好きだと思う。
「日直の仕事ってのは案外やることがあるからよ」
まるで何かに追い立てられるかのように唇を開いた元親の言葉を遮るように、もう一度、政宗は元親の名を呼んだ。
「そろそろ返事聞かせてもらいたいんだが」
「へ、返事って」
元親の頬がひきつれたようにひくりと動くのが見えた。
それでも元親は笑おうとしている。
「おれが嫌いか?」
静かにそう問えば、元親は唇をかすかに動かした。
けれど声はない。
「嫌いか?」
もう一度問うと、元親はさっきよりは大きく口を開いて、息を吸った。
「・・・嫌いじゃねえよ!!」
胸にたまった息を一気に吐き出すように元親は叫んだ。
「じゃあ好きか?」
「いやそりゃ嫌いじゃねえってことはまあ好きだけど、ってそうじゃねえだろ!!
っつうかお前こそ落ち着けよ!」
「おれはもうとっくの昔に落ち着いて現実見てんだよ」
視線を合わせる。
揺れる瞳をのぞき込むようにして・
「おれはテメエが好きなんだ。You see?」
「っっっ!!!」
元親は唸るような声を上げてしゃがみ込んだ。
両手で頭をかきむしっているその姿を見下ろす。
政宗はその銀色の髪に触りたいと誠に素直なことを思った。
「まあ、お前が何にこだわってるのかは分からないでもない」
「・・・・・・」
分かってるならそういうことを言うなと、下から見上げてくるどことなく恨めしそうな視線が言っている気がしたが、
それには気づかないふりをする。
「なら試してみればいいじゃねえか」
「・・・ためす?」
元親は口をぽかんと開いた。
返答が平仮名になっている。
政宗は元親と同じようにその場にしゃがみこんで片膝をついた。
元親の体が心もち脅えるように後ろに引いた。
「お試しセットとかあるだろ。あれと一緒だ」
「いや、大分に違うと思うぜ」
「お前よく喰ってるだろ?お菓子の新製品とか」
「いや、だから」
「一番分かりやすいだろ」
即物的で、とは続けずに。
その骨張った手首を掴んだとき、まるで小学生みたいに心臓が音を立てて鳴った。
顔を寄せる。
目の奥でちかちかと光が瞬いていた。
初めて触れた唇の感触は、少しばかり乾いて、温かかった。
ぽかんと開いていた唇をいいことに中に侵入。
ようやく己の身に起こっている事態に気づいてもがこうとする両腕の手首をがっちりと掴んで先に拘束。
喧嘩なら負けないが、純粋な腕力で言えば元親のほうが強いので、こちらも、体力測定でも出さない本気の力で腕を押さえ込んでいた。
ゆっくりとことさら時間をかけて舌を追った。
理性の糸は絶賛すりへっていっていたが、まだ大丈夫。
別に力づくでものにしたい訳じゃない。
いや確かにこの唇の感触を離しがたいのも事実だったが。
掴んでいた手首から力が抜けていくのに併せて、こちらも腕の力を緩める。
実は結構こちらもキツかったのだ。
吐息のような声がもれたのを耳が拾う。
ここが限界ラインだ。
政宗は唇を離した。
これ以上やるとこっちが離れられなくなる。
鉄の自制心で寄せていた体を引きはがし、手首を離した。
元親の肌に触れていた手のひらは熱かった。
腰が抜けたかのように元親はその場に腰を落として、手のひらで口元を覆った。
「テメエ・・・」
それ以上は言葉にならないらしい。
その顔は真っ赤。
何だか思わず笑ってしまった。
可愛いだなんて思う自分は色々末期だと思ったのだ。
膝を伸ばして、立てないらしい元親を見下ろして。
「キスは三回までお試しOKだぜ?」
「バカヤロウ!!」
萎えた蹴りを軽くかわして、byeと手をあげ背を向けた。
これでもう元親も動き出すしかないに違いない。
もしかしたら、これで自分たちの関係は終わるのかもしれない。
今度こそ、きっぱりとたたれてしまうのかもしれない。
けれど、最悪の事態にはならなさそうだと勝手な推論。
あるいは楽観。
顔を赤くして、突然のことに怒ってはいただろうけれど。
バカヤロウと怒鳴る声に、拒絶がなかったように思えるのは願望だろうか?
屋上の扉をくぐる。
眩しい光はなく、コンクリートに似つかわしい少しばかり暗くなった視界。
逃げるのは自由だ。
お前も走り出したというのなら、こちらも追いかけていくから。
取りあえず今は。
一月も生殺し状態で放置されて、それでも萎えなかったコイゴコロを思い知れ。








=あとがき=
突っ走ることに開き直った筆頭。
ようやく自分のグラウンドにたどりついてよかったね!(笑)
今までは負けのほうがこんでたもんな!!
しかしながら長かった。
告白してからこれまた長かった(ごめんね放置プレイにしちゃって)
でも仕方ない。
一日一日が長くて鮮やかで。
きっとこいつらは振り返らないから。