Pritend not to see
忘れてるわけじゃない。
ただどうしていいのか分からないだけ。
ただ変わりたくないだけ。


「ねえ、おれチカの家行ってみたいんだけど」


文化祭も終わり、その祭の余韻につかってぼけっとしているうちに、秋風とともに近づいてきた中間テスト。
その十日ほど前に、テスト範囲はどこまでいくか、何て話をしていて。
数学の三角関数が難しいだの、英語の比較の書き換えが分かりにくいだの言い合っていて、
ならいっそのことみんなで勉強するか、という話になり。
そこで突如として友人の佐助から示された提案。
ぱちくりと瞬きをして、そう言えば、この友人たちを家に呼んだことはなかったなと、今さらながらに元親は思い至った。
夏休み前には佐助と幸村の家に焼き肉パーティーとして招待を受け、政宗の部屋にも上がり込んだことはあるが、自分の家に上げたことは
ない。
ふむと考えて、元親はあっさりと頷いた。
「いいぜ。狭いけど、来るか?」
そう言えば、佐助は唇を引き上げて笑い、幸村は目を輝かせて、楽しみでござると声を上げた。
政宗は初め歯に何かつまったかのような、居心地の悪そうな顔をしていたが、
元親がお前は、とたずねれば、僅かな間の後、頷いた。
そうしてその週末、普段は静かな元親の家は、若々しいざわめきに包まれた。
祖父母に友達が来るのだと言えば、彼らはそれはそれは、と楽しげに相づちを打った。
元親の家は木造の二階建てで、元親の部屋はその二階だ。
年季の入った建物に、マンション暮らしの政宗などは一瞬呆けたような顔をしたほどだ。
失礼な奴だなと笑いながら、元親は入れよと皆を家に迎え入れた。
二階にある部屋に皆をとりあえず案内して、元親は一階にお茶をいれに来た。
昨日から冷やしてある麦茶を取り出して、彫り細工がされてあるグラスに麦茶をいれる。
盆の上にのせながら、元親は己が少しばかり浮かれていることに気がついた。
何故なら、鼻歌を歌っていたので。
自覚したときは、何を舞い上がってんだっつうの、と自分で自分にツッコミをいれたが、まあ嫌な気分にはならなかった。
友人を部屋に呼ぶのは、ひさしぶりだなと思ったからだ。
だからまあ、子供みたいに、浮かれているんだろう。
元親はグラスを乗せた盆を持って、軋む階段を上がった。
しかし、そんな元親の上機嫌も、部屋のふすまを開けた瞬間、彼方へ吹っ飛んでいった。
「なっ・・・?!」
「あ、おかえりー」
軽い佐助の声なんて耳を右から左へと通り抜けていった。
三人は、適当にしててくれ、という元親の言葉を受け取り、見事適当にくつろいでいた。
真ん中にある机の周りに集まって、あぐらをかき、机にもたれるようにしてだらけている。
それはいい。
それはいいのだが。
元親の視線は、机の上に広げられた物に釘付けになっていた。
分厚い紙の台紙。
それは所謂、アルバムという奴で。
「てっめえら・・・!」
しかも中学のアルバム、という可愛らしい品物ではない。
両親が撮りだめていた、幼いころの写真が収められたブツである。
「ねえ、これ誰?」
好奇心を目に閃かせながら、悪く思うそぶりのかけらもなく、佐助はわざわざアルバムを立てて、その中の一枚を指さして見せた。
幸村と政宗、そして佐助の三対の目が、じーっとこちらを見ている。
元親は盆を持つ手を震えさせながら絶叫した。
「勝手に見るなよこのボケ!」
机の上に乱暴に盆を置いて、元親はアルバムを奪取しようとこころみたが、佐助にうまいぐあいにかわされてしまった。
伸ばした手が宙を切る。
「ねえ、これ誰?」
「だれでもいいだろうが」
「いや、よくはねえよ」
「よくないでござる」
無駄に真面目な口調で反論する政宗と幸村の二人だったが、目の色は興味一色で。
向かってくる視線に、元親は半ば自棄で両手を上げた。
「〜〜〜〜!!!おれだよ悪いか?!」
佐助が指さした一枚の写真に写っているのは、それはもう近所でも愛らしいと評判だった、幼少期の元親である。
髪にリボンなんて結んじゃってるのに違和感が欠片もない辺りが、我ながら怖ろしい一枚だ。
「へえー、こんな可愛い子がこうなるって、人間ってやっぱすごいよねえ」
「喧嘩うってんなら買うぞ佐助」
「チカの成長に素直に感心してるだけじゃない」
「ほお〜?」
「チカ殿は幼い頃はまるで女の子みたいだったのでござるな」
「・・・」
元親は唇を歪めて、幸村を見た。
幸村は元親のじとっとした視線に、きょとんとしている。
これが演技ならうるせえよとすごんでついでに頭を叩いて終わるところなのだが。
元親は息を吐いて、がしがしと頭をかいた。
「昔はな。小3ぐらいまでは、体弱かったからよお」
「そうなんだ?」
「おう。それが小4くらいから、何か背とか伸び出してよ」
「へえ」
「欠席遅刻の数が一気に消えて代わりに皆勤賞もらうようになった」
「すっごいねえ」
感心されれば、悪い気はしない。
ここまで来ればもう隠す気もおきなかったが。
別に元親は幼い頃の自分のことを嫌いだとか、嫌な思い出だとか、そういう風に思っているわけではなかった。
ただただ、照れくさいだけのことだったので、見られてしまったのなら、しゃあないかと諦めた。
幸村が、中学生のアルバムも見たいでござると言ったので、ここまで来るならアルバムの一冊や二冊同じ事だと、
元親はいいぜとあっさり と頷いて、本棚から中学時代のアルバムを引き抜いた。
家族のアルバムとは違う、きっちりと装丁されたそれをめくれば、三人は顔をつきあわせてアルバムをのぞき込んだ。
すっかり大きくなった元親の写真を見て、声を上げて笑う。
「どう見ても同一人物じゃねえな」
「悪かったな」
「別に悪いとは言ってねえ」
ぎゃーこら言いながら、頁をめくっては、これは一年のときの遠足のときの写真だ、とか、これは体育祭のときのだ、とか元親は解説を付 け加えた。
たまに見ると懐かしい気がしてきて、ついつい饒舌になる。
委員会の集合写真を見ていたとき、ふと政宗が、なあと唇を開いた。
「あん?」
「幼なじみの生徒会長ってこいつのことか?」
示された指の先にいる、眼鏡をかけた神経質そうな顔。
思わず、元親は笑った。
懐かしい顔だ。
「ああ。こいつ本当容赦なく人をこき使うんだよなあ」
「ふーん」
その声がどこか、つまらなさそうに聞こえたが、たぶん気のせいだろうと元親は思った。
「今度お前らの中学時代のアルバムも見せてくれよ」
そう言えば、佐助は笑って頷いた。
「いいよ。今度ウチんとこ来なよ。政宗んとこには置いてないだろうからさ」
そうなのか、という風に顔を向ければ、政宗は肩をすくめて肯定した。
確かに、思い返せば、あの男の部屋は余計な物がない部屋だった。
「入学したてのころの写真とか、我ながら笑えるんだよね〜初々しくってさあ」
「よく言うぜ」
「政宗も初々しかったよね〜今よりもさらにちっちゃくてさ」
身長のことを言われ、政宗は凶悪に眉をつり上げた。
この男との話題で、身長に関してはタブーなのである。
「小学校からあがったばっかのガキなんかちっちゃくて当たり前だろうが!」
「政宗殿は体育の時は前の方でござったな」
「テメエもだろうが!!」
ぎゃーこらと人の部屋だろうがおかまいなしに騒ぐ三人をとめるわけでもなく、元親も気がつけば一緒になって笑っていた。
何かいいな、とそう素直に思った。
こうやって、些細なことで笑いあえる、こんな関係がいい。
こんな関係が心地いいのだと、元親は心の中で呟いた。



別に忘れてなんかいない。
けれども、向けられた言葉を、感情を、どう処理したらいいのか分からない。
質の悪い悪ふざけじゃないことを、目を見た瞬間に理解してしまったから。
切り捨てるには自分はこの友人たちとの関係を気に入り過ぎている。
だからといって受け入れ方も分からない。
政宗は何も言わない。
だから、元親も、何も言わなかった。
元親は今に満足していたから。
早い話が、見て見ぬふりが許されるのなら、なるべく後回しにしたかったのだ。






=あとがき=
文化祭が九月の二週目、中間テストはきっと十月の真ん中から最後にかけてが一般的なスケジュールだと思われます。
ええ、つまり、筆頭は、半月から一ヶ月の間、返事ももらえず放置プレイ状態だと(身も蓋もない)
でも相変わらずお昼は一緒に食べてますし、佐助と三人でゲーセンいったりもしてますし、ちゃんと遊んではいるわけで。
そろそろ我慢の限界が来るんじゃないかしら(笑顔)