Be ready for diving into the sky
さあ恋に飛び込む準備はできた。
己の中に何かが息づき始めていることには気づいていた。
それはどこか政宗にとっては新しく、気分を高揚させ、同時に、不安の種も含んでいる物であった。
名も分からぬそれを意識すると、心臓の鼓動が走り出す。
どくどくと音をたてて、体中の血が巡るのが感じられる。
己の心臓の音に急かされるようにして巻き込まれていくのは、悪い気分ではなかった。
元来、人にとやかく指示されることを嫌う政宗だったが、どうしてかそういう意味での反発心はおきないのだ。
我ながらどうして許せるのか、よく分からないながらも、苦笑して、まあいいかと流されれば、案外むしろ楽しいものだった。
己の中に息づいたそれに気づかせたのは、ずっと触れていなかったピアノの音。
そうして、名も分からぬそれの正体を見せたのは、太陽の光を反射して光る、あの男の見事な髪の色だった。
そのとき、政宗は教室から外を見ていた。
文化祭を明日に控え、教室では最後の準備に大わらわ。
準備にあてられ午後の授業はなく、まだ強い太陽の日差しを横目に見ながら、政宗も至極真面目に、クラス行事にせいをだしていたのだ。
ちょっと休憩にしようとの委員長の号令のもと、皆がだらりと体を弛緩させ、
政宗も、窓際に背をもたれかけさせて、ふと、窓から外を見た。
一瞬、きらりと目を灼くような光に目を細めた。
光っているのが、よく知る男の髪であるということを認識する。
認識したと同時に、二日ほど前から追いかけていた景色の先を見た気がした。
空を飛んだ先にあるのは、きっとあの光なのだと。
馬鹿みたいに頷いてしまうほど素直に、納得して受け入れた瞬間、政宗は己の中に息づくものの正体を知った。
その男は、元親は、買い出しにいく途中なのか、手ぶらで一人、運動場を歩いている。
テントやら他の人間やらが大勢居る中で、どうして二階のこの教室から、たった一人の男をすぐに見分けられたのか。
ああ、順番が逆だったのだなと政宗は納得した。
大勢の中から元親を見分けたのではなく。
元親の姿を認識してから、他の大勢の存在を視界に認めたのだ。
政宗は無意識に笑みを刻んでいた。
政宗は突然名を得た己の感情に対して、悩んだり、驚いたりというとまどいが一切ないことに、何の疑問も抱かなかった。
元々特別になってしまっているらしいとは、認識していたのだから、今さらだった。
悩むことがないかわりに、ひどく、楽しかった。
政宗は体を反転させた。
窓の桟にに手をついて、息を吸う。
「Hey,元親ア!!」
クラスの人間がぎょっとするのも気にとめず、政宗は腹の底から声をだして、グラウンドの背中を呼び止めた。
いくら大声を上げたとしても、校舎の二階から、グラウンドを歩いている件の男までは結構な距離があるし、
何よりも今日は文化祭の準備で、ざわついている。
普通なら、これで呼び止められるとは思わない。
けれど、政宗は根拠のない自信があった。
否、もっと質が悪く、元親が、この声を聞き取れず行ってしまうという可能性を、欠片も考えなかった。
自分が呼べば、あの男は振り返る。
傲慢ともいえる、身勝手な確信。
果たして、元親は、足を止めた。
声を探すように体を反転させて、振り仰いでくる姿。
政宗は気づけば唇を引き上げて笑っていた。
元親の目が、こちらを捉えたのを認める。
体の芯が瞬間熱を帯びて火照るのが分かった。
飛び上がってしまいそうなほどに。
気分が高揚していた。
楽しくて仕方ない。
二階とグラウンドを、視線の橋が架かる。
ああ、この視線の高さの差はまことに素晴らしい。
政宗は元親が聞けば呆れそうなことを考えた。
どこまでも自由で、どこまでも強くなったような気がする。
やはり自分は、高い場所が好きらしい。
屋上で昼食を取り始めたのも、中学でもそうしていたからというのもあるが、ただ単純に、空に近い場所が好きだったからだ。
それは背が低いからだねえと、いつぞや佐助が言ったが、それは余計な世話だ。
場違いなチャイムの音が響いた。
本来ならば六限目の終わりを告げるはずのチャイムだ。
ピアノの音とは似ても似つかぬ、安っぽい鐘の音だ。
斜め横から入り込んでくる、傾きかけている太陽の光は痛いほどに眩しい。
大きく息を吸った。
I am ready. And you?
さあ、空を飛んでみようか?
肺に満たされた夏の空気が、熱を持っている気がした。
口を大きく開けて。
笑う。
「テメエに惚れた!!!」
大音量の告白は、掠れてしまうこともなく、実に魅力的な声色でもってグラウンドに響き渡った。
凍りつく教室の空気などどこふく風。
何やらものが落ちる音が盛大に聞こえた気がするが、問題ではない。
己の意識を引きつけているのは一人だけ。
告白された当人は、唐突な政宗の告白に唖然としたように、一つの瞳をこれでもかというほど丸くして、薄く唇を開けていた。
馬鹿みたいな間抜け面だ。
さあ案外照れやすいあの男はどう答えるか。
窓の桟に頬杖をついて傍観体制。
まるで悪戯を仕掛けた子供のように、胸が高鳴っている。
ああ自分にもまだまだ可愛げがあるじゃあないか、と政宗は密かに己に対して感心した。
周りの人間がこの声を聞いたなら、どこが可愛げなのだ?!と盛大につっこんでくれただろうが、生憎と声には出してはいなかった。
元親は約二秒、目を丸くして政宗を地面から見返していた。
そしてさらに二回ぱちくりと瞬きして。
ついで。
あけっぴろげに破顔した。
その笑顔はまるで夏の太陽そのもの。
「ありがとよ!」
政宗に負けず劣らずの大音量で。
元親は、実に楽しそうに笑った。
そして後ろ手を振ってまた歩き出したその後ろ姿に。
政宗は頬杖をついていた腕で己の頭を抱え込んだ。
喉の奥から、くくと笑いがこみ上げてくる。
「流石」
ああ、あの男は上等だ。
こちらの告白をなんて見事に流してくれやがるのか。
断言できる。
あの男は、こちらの惚れたという言葉を盛大に勘違いして受け止めたに違いない。
きっと中学の後輩にあれほど慕われている元親のことだ、惚れましたなんてことは言われ慣れているのかもしれない。
そう考えれば、むかっ腹が立ったが、やはり楽しさが勝る。
ある意味、とても元親らしい反応で、返事だった。
まあ初めから、ちゃんと伝わるだなんて思っていない。
自分だって、自覚したのはついさっきだ。
アイツのことが好きなのだと。
惚れたと口に出した瞬間、それは、政宗の中に鮮やかな色と明確な形をもった。
政宗は思った。
それはひどくシアワセなことじゃないか。
そして、出来れば自分はもっとシアワセになってみたい。
つまり、両思いという崇高なる目的のために動くことの肯定。
ありがとうと言って笑うということは、己の好意を受け取るのはやぶさかではないらしい。
あの笑顔が計算で作られたものだとしたら、十分に俳優でくっていけるし、あの男はそこまで複雑な人間ではない。
「つまり、おれから押してもいいってことだよな?」
自分に都合良く解釈。
とりあえず、己の本気というものをまず知ってもらわねば。
小さく笑みをこぼして、学校の外へ消えていった背中へ宣言。
「Are you ready , my honey?」
=あとがき=
ダテチカで脳裏にぱっと閃いた最初の絵は、互いに頭突きしてる二人でした。
次に偏食万歳な筆頭と言い合う兄貴が動き初め。
三番目に絵として映ったのが、窓から大音量で告白をかます筆頭と、笑顔で流す兄貴でした。
少しずつ変わってきたところもある兄貴sですが、やっぱり根っこは同じだなあと思わなくもない。
そんな今日このごろ。
ようやっとここまできました(笑)
筆頭の中での「好き」はもうばっちりと恋愛感情としての自覚がありますが、
アニキは親友として純粋に好意の言葉だと思ってとったようであります(笑)