NOT “Somebody”, I need “You

誰でもいいわけじゃない。お前「で」いいわけでもない。


元親は別に吹奏楽部所属ではない。
今現在は、だが。
中学の時は吹奏楽部に入っていた。
生徒会との二足のわらじで。
思えば、嵐のように忙しかったなあと、元親は思い返すたびに遠い目になる。
元々父親がトランペットをやっていたこともあって、元親は小さい頃からトランペットにあこがれを抱いていた。
父親のお古のトランペットを与えられてからは、トランペット少年である。
きっかけはアニメを見ていたとき。
主人公の少年が屋根の上でトランペットをふくと、それに答えるように白い鳩の群れが少年の周りを飛んでいた。
自分も吹きたいと、幼心に元親は目を輝かせたのだ。
白い鳩が寄ってきたことはないし、高校に入った今では吹奏楽部にも所属してはいないが。
それでも元親はトランペットが好きだったし、気が向いたときにはトランペットを持ち出して、自転車で10分の河川敷で吹いたりもしている。
丁度吹奏楽部に入っているというクラスの友人が、文化祭に、部活とは別にブラスバンドをやりたいと言い出して、そこにたまたま元親がいて。
なら一緒にやるか、と話は決まった。
大概のお祭りごとはその場のノリと勢いで生まれるのである。
吹奏楽部の中から、もう二人誘い込んで、伴奏のピアノが欲しいと思っていたところだった。
何故か元親がリーダー役も務めていたが、それは他の三人は何だかんだと本業の部活の練習もあるから、
他の雑事は元親が引き受けることにしたからだ。
そういうわけで、元親はピアノ担当を探していた。
音楽室へ向かったのは楽譜を色々見繕うためだった。
丁度掃除に当たっているという別クラスの友人、政宗に、じゃあ行くまで鍵開けて待っててくれと頼んだのは全くの偶然だったのだ。
少し遅くなったと焦りながら音楽室へ向かえば。
耳を撫でる、どこか懐かしいメロディ。
誰かがピアノを弾いているらしい。
邪魔しないようにドアを開ければ。
その繊細な音を紡いでいるのは、政宗だった。
友人がピアノを弾くということに、まず素直に驚いた。
驚いて、つぎに、感心した。
綺麗で優しく、けれどどこか寂しげな音。
気がつけば、引き込まれてる自分がいた。
ピアノの前に立っても、政宗は一向にこちらに気づくことはなかった。
ピアノの隙間から見えるひどく端正な顔が見えた。
初めて見る表情だった。
その事実に、ふと寂しさを覚えた自分がいたが、それ以上に、
新しい表情を見つけたことに、友人の新しい一面を知ったことに嬉しくなる気持ちの方が大きかった。
だから、政宗を誘ったのだ。
この友人と一緒にやれたら楽しいだろうと、そう思った。
声を荒げられたとき、怒りも理不尽だと憤る感情もなかった。
ただただ、不思議だった。
確かにあの男は気が短いところがあるし、自分たちはよく喧嘩もするが、そういうのとは違うと、とっさに思った。
政宗は、顔を強ばらせていた。
その顔、声に、ああ、触れるべきではないのだと元親は納得した。
だから、それ以上しつこく誘うこともなかった。
幸い、ピアノ担当はそれからすぐに見つかったからだ。
気が向いたら、見に来てくれよとだけ言おうと思っていた。
のだが。
「盲腸だとお?!」
その知らせを聞いて、元親は眉を跳ね上げ、妙に高い声を出してしまった。
次いで、頭を抱えた。
入院は不可抗力であるし、仕方のないことだ。
しかし、文化祭まで一週間をきっている今になって!という思いを抱いたのも確かで。
というか、ぶっちゃけ言ってしまえば、文化祭は三日後だ。
伴奏がないとやはり困る。
というか、ピアノを含めて曲目を選んでいるのだ。
放課後になって、屋上の日陰に座り込んで、さてどうしようかと元親がうんうん唸っているところへ。
「何唸ってんだ、テメエ」
誠に不審そうな声が降ってきて、元親は目を見開いて顔をあげた。
文化祭三日前にもなると、どのクラスも放課後居残って、文化祭に向けてのラストスパートをきり始める。
元親のクラスもそうだったが、ブラスバンドのことを考えるために元親はクラスを抜け出して屋上に来ていたのだ。
政宗のクラスも似たようなものだろう。
まあ、とはいえ、この男は佐助と同じように、イベントごとにすすんで情熱を傾けるタイプではないから、
この屋上へもサボリに来たんじゃないか。
そこまで何とはなしに考えて。
元親は、政宗の顔を下からひたと見上げた。
真っ正面から交わる視線に、政宗の瞳はとまどったように揺れた。
手を伸ばして、政宗の手首をとらえる。
自分は今何をしようとしているのか。
「政宗」
名を呼べば、政宗は眉をかすかに寄せて、目を細めて元親を見ろした。
前にバンドに誘ったときに断られた、その声の強さを忘れたわけではなかった。
何か理由があるのだろうとも、思っていた。
それが分かっていてなお、何を、言おうとしているのか。
元親は一瞬だけ、言いようのない罪悪感に捕らわれた。
捕らわれて、けれど、その罪悪感以上に胸にわき上がるものがあった。
背に腹はかえられないと思った瞬間、元親の中で腹は決まった。
「文化祭のブラバンのピアノ、やってくれねえか」
政宗の瞳が冷えた光を映すのを見た。
けれど、元親は引かなかった。
普段の元親なら、いやがることを無理強いするなんて最低のことだと思っている。
けれど、今はそれを底のほうへ沈めてしまうほどの熱い感情に突き動かされていた。
政宗とピアノの間に、何があるのか元親は知らぬ。
何かあるのだと思ったけれど、深く尋ねる気はなかった。
今はそのことが、身勝手ともいえる己の願いを告げることにいいように働いていた。
元親は政宗の腕を掴んだまま、立ち上がった。
何があるのか知らないから、強引に頼むことができるのだ。
「ピアノのやつが入院しちまったんだ」
「・・・おれにや関係ねえだろうが」
政宗の言うとおりだ。
これは元親の都合であって、政宗には何の関係もない。
元親は頷いた。
掠れた声が出た。
「そうだ、お前にゃ関係ねえ。そこを曲げてもう一度頼む。ピアノやってくれねえか」
苛立たしげに政宗は掴まれた腕を引こうとした。
元親はがんとして政宗の手首を掴んだまま離そうとしなかった。
眉を跳ね上げて、政宗は舌打ちをした。
「しつけえぞテメエっ!代わりがいるなら他を」
その乱暴な声を最後まで聞けずに。
「おれは、テメエとやりたいんだよ!!」
気がつけば、元親もつられるようにして叫んでいた。
「・・・」
もがいていた政宗の動きがぴたりととまり、その体から体から力が抜けるのが分かった。
そのことに気づいて、ようやくはっと我に返る。
その拍子に元親の手からは力が抜けたが、政宗は拘束された腕を離そうとすることもなく、どこか呆けたような顔をして元親を見返していた。
一度瞬いて、元親は唇を引き結んだ。
喉の奥が熱くなる。
そうなのだ。
罪悪感を押しのけてまで強引に頼む理由。
元親は、政宗と、一緒にやりたかったのだ。
元々お祭りごとは好きな質だ。
皆と一緒に何かをすることが好きだ。
でもどうせなら、高校で知り合った友人たちとも一緒に何かしたいと、そう思ったのだ。
まあ、クラスが違うなら仕方ないことだし、高校生活は後二年も残っているのだから、また何かの機会があるだろうと。
そう思っていたけれど。
元親は目を下に向けて、政宗の腕を掴んでいた手を静かに離した。
政宗はけれど、その場から動こうとしなかった。
首筋が熱いのは気のせいではないだろうし、じっと政宗の視線が己に注がれているのも、気のせいじゃない。
冷静に思い返せば、結構恥ずかしい台詞を叫んでしまったのではないだろうか。
いやしかし、叫んでしまったものは仕方ないと、元親は顎に力を込めて顔をあげた。
開き直ったともいう。
「おれはもともとこういうお祭り騒ぎが好きだからよ。
お前と幸村はクラスが違うから、つまんねえなあと思ってたんだ。仕方ねえとも思ってたけどよお」
「・・・」
まっすぐに向けられる目に、己のそれをしっかりとあわせて。
「機会があるなら、一緒に騒ぎてえじゃねえかよ」
瞬きもせずに、政宗は元親を見つめている。
気後れしないように、元親は胸を張った。
「だから、頼んでんだよ。お前がピアノ弾けるなら、おれは、お前と、やりてえんだよ。テメエがいいんだっつってんだよ文句あっか!!」
まあそれでも気恥ずかしさから、最後のほうはやはり絶叫だったが。
雄叫びを上げて、顔を紅潮させながらも目線は反らさずに。
胸さえ張って、元親は政宗の反応を待った。
数秒、互いに無言だった。
開き直ってふんぞりかえっている元親だったが、内心では無言のこの空気に、そろそろ両手を上げて降参したい気持ちになっている。
怒るわけでも、笑い飛ばすわけでも、冷笑するわけでもない。
静かな表情で目を合わせられていることがどうしてかむず痒い。
取りあえず何か言いいやがれと、声に出さずに文句を叫んだところで、政宗はふと、頬を緩めた。
その空気の変化に、息を呑む。
どうしてか、心臓が跳ねた。
「恥ずかしげもなく大声でわめきやがって」
「うっせえよ!」
「楽譜見るくらいはしてやるよ」
さらりと続けられた言葉を初め理解出来なくて、元親は瞬きした。
その様に、政宗は声を上げて笑った。
「三年も触ってねえんだから、弾けなさそうなもんだったら弾けねえからな」
そこで言葉を切る。
じっと見つめている元親の視線に、どこか居心地悪そうに、けれども明るい小さな笑みを浮かべて。
「弾けるもんだったら、まあ、しゃあねえからな」
やってやると、とそう言った。
反射的に抱きついてしまったことは、我ながら喜びすぎだろうと思ったが、そのときはそれほどまでに嬉しかったのだから仕方ない。



=あとがき=
兄貴がいってたトランペット少年アニメは、ジ○リの名作、ラピ○タでございます。
もうホント、屋根の上でトランペット吹いてるシーンみるたび、ああ、吹きてええええ!!!とその場の勢い的な憧れを叫ぶわけです。
河原で練習とか、よくないですか。
あこがれます。
夕焼けで光る水面と、背筋を伸ばしてトランペットを吹く兄貴の横顔とか。
あこがれます(真顔)
真顔で開き直った兄貴の本音に、筆頭はパツイチでコロリですよ簡単だなあテメエはよお。
でも兄貴に「I need you!!」とか言われたらオチルしかないわな。