バースデイ・プリン
それはふと唐突に、頭の中に浮かび上がってきた一つの事実。
時間を見るために携帯電話を見たその時に。
あ、と。
「今日誕生日だったな」
「誰の?」
横に並ぶ元親が首をこちらに向けたのに対して、政宗はあっさりとした答えを返す。
「おれの」
そのときの変化は誠に見物だった。
まず元親の足がぴたりと止まった。
つられて政宗の足も止まる。
元親は政宗の顔をじっと見た。
なので、政宗も元親の顔を見返していた。
すると。
頭に衝撃。
無言で頭を殴られた政宗は、一瞬、何故自分が殴られたのか理解できずに硬直した。
そして、理解できなくて当たり前だという結論に達し、眉間に凶悪な皺を刻む。
「何しやがんだテメエ?!」
「そりゃこっちの台詞だ!阿呆かテメエは?!」
「ああ?!」
この場合、怒る権利は問答無用で殴られた自分のほうにあるはずなのに、何故元親が怒っているのか。
逆ギレもいいところだ。
だいたい理由が分からない。
「何で当日のしかも別れ際になってから言うんだよ!!」
元親は眉を寄せて、苛々と頭をかき混ぜた。
「これじゃパーティも何もできねえだろうがよ!!」
その言葉に、政宗の眉間の皺はあっさりと消え、代わりに彩るのは純粋に驚いた表情。
「An?」
実際、政宗は純粋に驚いて不思議に思ったのだ。
何故そんな言葉が元親の口から出るのか。
「Party?」
「そうだよ!バースデイパーティ!!先に言っといてくれりゃあよお」
先に言っておけば何だというのか。
「ケンタとかピザとか色々用意して騒いだのによ。今学校休みだし、何ならおれが作ったのに・・・」
「何を?」
思わず問い返せば、元親は真顔で一言。
「ケーキ」
と答えを返してくれた。
政宗は真顔で一秒沈黙した。
「・・・作れんのか、ケーキ」
「おう」
けど今からじゃ無理だと唇を歪める。
「ほんと勘弁しろよな〜。なんもしてやれなかったじゃねえか」
ぶつぶつと文句をこぼす姿を、政宗はじっと見た。
何故、この男は、誕生日ごときで、しかも他人の誕生日を祝えなかったことで、こんなにも残念そうな顔をするのだろう?
高校生にもなって、誕生日一つでそこまで大騒ぎするものでもあるまいに。
だからこそ、今の今まで、政宗自身もすっかりと忘れていた程度のものでしかないのに。
何故この男は、気にかけているのか。
「・・・祝ってくれんのか?」
「当たり前だろうがよ」
短く問うた言葉に、元親はしごく真面目な、ついでにいえば、何を当たり前のことを聞くのだといった顔で言い切ってくれた。
「誕生日ってのは、そういう日だろうが」


「お前って人間が生まれた記念日を、お前自身が祝ってやらなくてどうするよ」


まっすぐに合わせられた目はどこまでも真面目だった。
政宗は、記念日なんぞに思い入れはない。
むしろ安っぽいとすら思っている。
だというのに。
何故か。
どこまでもストレートなその言葉は、気持ちのいい音をたてて胸の中に飛び込んできた。
ちょいと感動すらした。
そのことを自覚して、政宗は顔を伏せた。
不覚であった。
なので、からかいに紛れさせて。
「口実に騒ぎたいだけじゃねえのか」
「それもある」
「胸張るな」
殴られたお返しとばかりに、足を軽く蹴ってやった。
蹴るなとぎゃあぎゃあ言いながら足を進めて。
駅前にあるコンビニを認め、元親はちょっと待ってろと政宗を置いて走っていった。
おい、と声をかければ、すぐ戻るからよとの答え。
政宗は息を吐いて、コンビニの前までのろのろと自転車を押した。
ハンドルに腕と顎を置いて待つことしばし。
コンビニを出てきた元親の姿に、だらりと伏せていた体を起こす。
ほらよ、と突き出されたビニール袋。
「What?」
受け取った袋をのぞき込めば、そこにあったのは、100円ちょっとの安いプリン。
「ケーキのかわりだ」
「プリンじゃねえか」
容赦なく事実を告げれば、返されたのはうっせえという柄の悪い声。
「それくらいの持ち合わせしか入ってなかったんだよ!!テメエが悪いんだから文句いうな!」
元親の言う悪いとは、まあ、誕生日を言わなかったことを指しているのだろう。
「帰って食え」
プリンから顔を上げれば、元親は唇をあげて笑っていた。
「バースデイプリンだ」
無意識に政宗はビニール袋を持つ手に力をこめた。
「Thank you」
唇にのせた一言に、元親は照れたように首を傾いで、しかし、どことなく偉そうに、おうと言った。
駅で元親を見送って、政宗は己のマンションに帰った。
テレビも付けず、ソファに座って、元親のかってくれたプリンを手に取った。
静かな一人の部屋でプリン。
はっきり言って寂しいし、寒いことこの上ないと、政宗自身思ったのではあるが。
手にプラスチックのスプーンを持って、Happy Birthdayと口にして、プリンを食べてみた。
コンビニで買っただけの、安いプリンだ。
その安いプリンが、どうしてだか言いようもないくらいに甘く感じられて。
それほど甘いものが好きな質でもないくせに、その甘さは体に染み渡るように美味しくて。
スプーンとプリンのカップを持ったまま政宗は背を丸めてうなだれた。


ちょっとどうしようかと思ったのだ。




=あとがき=
筆頭のお誕生日記念。
今まで誕生日を祝う云々で祝われたことがあまりなく、基本的に無頓着な筆頭。
なのでイベントごとにはクールなたち、だったのですが・・・(笑)
兄貴のおかげでイベントごとに開眼、イベントマメ男になるがよい。