星に願いを



まあそれはたわいもない夢だった。


政宗と並んで見上げたそこには、満点の星空が広がっていた。
だから、思わずこぼした。
「キレイだなあ」
感嘆混じりに思わずこぼれた言葉に対して、じゃあ取ってきてやるよと。
簡単に返された声に、元親は思わず目をぱちくりとさせた。
「取ってくるって、おい」
星がとれるわけじゃないじゃないかと、ごくごく当たり前のことを続けようとした唇は、かすかに開いたままで。
そこから声が続くこともなく。
あっけにとられている元親の前で、政宗は空をのぼっていた。
元親の視界の中で、ふわりと階段を上るようにして夜空をのぼり。
遙か彼方にあると思っていた星空は、案外近かったようで。
2.5階くらいの高さをのぼったところで、政宗はおもむろに手を伸ばした。
その手の中に無造作につかまれる輝き。
思わず元親の唇は緩んだ。
星を手でとれるだなんて、何て素敵。
政宗が手を閃かせるたびに、空から星の光が一つ、二つと消えていく。
けれど、そこは満点の星が輝いているので、いくつかの光が消えたところで、さほど大きな違いは見あたらなかった。
「政宗!」
元親が指さしたそこには斜めに走る流れ星。
政宗は唇を少し、引き上げて、その流れ星をつかまえてくれた。
しゅん、と音をたてて手の中に収まって、小さな光の粒をまき散らす。
その星の欠片もキレイに手のひらですくい取り。
きらきらと瞬く星や、流れ星の欠片を両腕一杯に抱えて、政宗は見えぬ階段を下りてきた。
ほらよ、と言われ、政宗の腕からこぼれるそれを、慌てて己の腕を差し出して受け止める。
黄色だと思っていた星の色。
確かに大部分は金色にもみえる黄色。
その中に混じる、赤、青、緑の輝き。
届かないはずの星が、腕の中にあること。
それを、政宗が取ってきてくれたということ。
何て素敵なことだろう。
これは是非とも、自慢せねばなるまいと。
そう喜び勇んで、いざ自慢しにいこうと数歩踏み出して。
元親は、足を止めて、ふと、振り返った。
数歩後ろに、政宗はいる。
さっきと同じ場所に立っている。
「政宗?」
何故来ないのだろうか。
それが不思議でならなかった。
何故、一緒に来ないのだろう?
政宗は、苦笑した。
「おれは、ここにいるぜ」
「?」
「星を抱えたテメエとはいけねえ」
「・・・」
元親は腕から力を抜いた。
とたん、バラバラと腕からこぼれ落ちる輝き。
「おい」
かつんと軽い音を響かせて、政宗がとってきてくれた星たちは、闇色の床に落ちてどこかへ転がっていった。
政宗の、少し焦ったような声がしたが、元親の意識はもう星には向いていなかった。
「元親」
そのままその数歩を引き返して。
空になった腕で、政宗を抱きしめた。
「もと・・・」
「お前が一緒にいけないなら、いらねえよ」
「・・・」
そこで目が覚めた。
目を瞬いて、夢を反芻しながら、元親は口元で微かに笑った。
「こいつがおれのために取って来てくれたんだぜ、ってよ、お前がいなきゃ自慢もできねえじゃねえか」
できるなら、夢の中の優しい男に、そう言ってやりたかった。

***

放課後。
帰り際、用事があって、待ち合わせをするときは、晴れてる日はたいがい屋上だ。
日陰に入って政宗を待ちながら、元親は夏色の空を眺めていた。
何故今日、あんな夢を見たのか、なんて。
ふと思ってみれば、ああ今日は七夕なんだなと。
濃い青色の空にぽかんと浮かんだ大きな積乱雲。
きっとそのうち夕立が来るんだろうけれど。
その他は、気持ちのいいぐらいの一面のブルー。
七夕は、雨が多いというが、今日は、空の恋人達は一年ぶりの逢瀬を楽しめることだろう。
階段を上る音が微かに聞こえて、元親は首を横に向けた。
金属の重い扉が音を立てながら開き。
「政宗」
政宗の視線がこちらを向き、小さく笑った。
ほれ、と寄越されたファンタを受け取って、元親は笑った。
下校する前の、ちょっとした水分補給。
隣に腰掛けた政宗が、空を見上げて、ふと思いついたように。
今日は逢い引きにゃもってこいの日だな、と。
空を見上げて、そんなことをこぼしたもんだから。
元親は声を出して笑った。
何だと、顔を向ける政宗に。
「テメエの口から、織り姫と彦星を心配する言葉がでるとは思わなかった」
そう言えば、政宗の顔が、少しばかり赤くなった。
らしくない、と自分でも思ったのだろう。
くっくと喉で笑えば。
「テメエこそ、織り姫と彦星なんて名前を知ってたとは驚きだ」
政宗は負けじと言い返してくれた。
「そんくらい知ってるっつの!馬鹿にすんなあ?!」
ぎゃいぎゃいと言い合いながら、合間に飲んだファンタがつかの間、熱さを忘れさせてくれる。
一通り言い合ったあと、唇を閉じて、逢い引きにふさわしい青空をみやった。
「なあ」
「An?」
「星、見にいこうぜ」
「星?今日か?」
「夏休みにさ」
政宗はにやりと笑った。
「余裕だな、テメエ」
「うっせえよ。一日くらい息抜きも必要だろ?」
まあ、一日では済まないのだろうけど。
今日、起きてから考えていたこと。
「盆過ぎに、四国に行こうと思ってんだけどよ」
「・・・」
四国には元親の母方の実家があるのだ。
毎年、夏に顔を出しに行っているし、政宗もそのことは知っている。
別におかしなことでもない。
ただ、今年は。
「お前も、一緒に来ねえか?」
空を見上げたまま、元親は言った。
「・・・」
返らぬ声に、顔を横に向ければ、目を丸くしている顔。
びっくりしています、と顔に書いてある。
そういうところの感情表現は、結構素直なんだよなあと、元親は思っていたりする。
元親は唇をゆるめた。
「山ん中だから、星はよっく見えるぜ?まあ山と川以外、他には何もねえけどな」
笑って、一緒に来ないか、ともう一度尋ねれば。
「・・・いいのか?」
「おう」
ファンタを飲み干して、さあ帰ろうと立ち上がると。
政宗の手が、元親の手首を掴んで引っ張った。
何だと思えば、うつむいている政宗のつむじが見えた。
「おい」
「今日、おれん家こいよ」
「あ?」
顔を上げて、立ち上がり、政宗は元親の体を壁に押しつけた。
肩口に顔を埋めて。
「逢い引きしようぜ?」
笑みに混じらせた耳に触れた低い声に、元親は眉を上げた。
「おれ、当たり前だけど泊まりの用意なんてしてねえぜ」
「とりに帰ればいいじゃねえか」
英語教えてやるとのお言葉に。
元親はからかうように政宗を見た。
「取ってつけたように言いやがって。勉強と逢い引きと、どっちが本命なんだよ?」
至近距離で合わせた顔は、にやりと笑った。
「もちろん、逢い引きが本命に決まってんだろ。ついでに勉強もしてけばいい」
「テメエこそ余裕だな」
「お前が悪い」
「意味わかんねえし」
ぎゅうと抱きしめてくる熱い体。
ああ、夏だなあと元親は思った。
「一年に一度しかあえないヤツらなんかに負けてらんねえだろ」
「何がだよ」
「Whenever I want to see you , I can see you」
「あ〜っと・・・」
訳そうと目を泳がせたところで。
顎をとられて、目を合わせられた。
唇が触れるその瞬間に。
「おれの方が断然、Happy だってことをさ」
政宗の唇からこぼれたその声が、本当にシアワセそうだったので。
「英語だけじゃなくて、数学も教えやがれ」
政宗の頭に手を回して引き寄せ、もう一度口づけを。
「そしたら、ついでに逢い引きしてやるよ」


BGM:唄い人(Cocco)



=あとがき=
七夕記念にあげたかったのでフライングです。
分かりにくくて恐縮ですが、3年の二人。夏休み前。
進路編とも言えますが、このあとに四国旅行編があります。
色々言いたいことがあって、でも言えていない、そんな感じ。
1年は手探りしながら、2年は全力で駆け抜けて、3年で、ふと、立ち止まる。
そんな兄貴sにおつき合いいただければ。