グッドイブニング・ビフォア・サマーバケイション


政宗にとって久しぶりなことがいくつかあった。
それは、友人の幸村&佐助の家にあがったことと、焼き肉を食べたことだ。
後者が何故久しぶりかといえば、一人暮らしという政宗の生活状況の問題だ。
一人鍋は最近普通のこととして認められているが、一人焼き肉は寂しすぎるだろう。
本日は、幸村地区大会優勝おめでとう&全国大会がんばれよ焼き肉パーティにご招待され、久しぶりの焼き肉を食べている政宗だ。
級友二人の『家』は少しばかり面白い。
二人とも名字は違うが、同じ家にやっかいになっていて、さらに言うなら、表札にかかっている名字も全く違うものだ。
表札は『武田』
絶対こんがらがるよね、と佐助は言ったことがある。
二親のいない佐助は武田の家に幼少期に引き取られ、親が海外出張中の幸村は、上司であるこれまた武田の親父さんの家に部屋を借りている。
それがこの武田家の状況だ。
それ以上のことは政宗も知らない。
ただ、初めてこの家に呼ばれて遊びにいったとき抱いた感想を、今も改めて感じていた。
悪い意味でなく、ごちゃごちゃしてやがる。
それが政宗の感想。
整然としすぎている己の家とは正反対なこの寄せ集め家族が、実は結構好きだった。
ほどよく酒も入って、といっても缶ビール一本だけだが、本日の主役、幸村はすでに顔を真っ赤にしている。
未成年だらけの席なのだが、今日は祝賀会なのだからと、お館様から各自缶ビール一本のお許しがでたのだ。
幸村は空き缶を手に握りしめ、全国大会ではこの幸村、必ず名を挙げてみせまするううう!!!と
暑苦しい宣言をこの家の主で敬愛するお館様に捧げていた。
手の中でひしゃげる缶を見て、ビールなんぞでは酔う可愛げなどかけらもない佐助が、
旦那、アブナイからちょっと手から力ぬいてくれる〜、とあやしている。
お館様は丁度政宗の真正面に座っていて、日本酒を飲んでいるが、横に据えられている一升瓶は半分ほどになっていた。
そして。
「おやっさん、こっちの肉焼けたぜ!」
「おお、すまんな!」
初めてこの家に呼ばれた元親は。
すっかりこの家の空気に馴染んで、お館様と意気投合していた。
元親の座っている場所は政宗の隣である。
隣であったが、元親の意識は全く隣に向けられていなかった。
元親の意識は鉄板の上の食材の焼け具合と、お館様に向けられていて。
政宗はこの武田家のことは嫌いではない。
むしろかなり気に入っているという自覚はある。
だけれども、何故か本日は、あまり面白くない。
面白くなかった。
そして、政宗がキープしておいた肉を元親の箸がかっさらったのを見たとき、政宗の面白くなさは最高潮に達した。
「テメエ何人の肉勝手にとってんだよ?!」
「ああ?・・・ああ悪い。焦げだしてきてるから食べる気ねえのかと」
「ちょい焦げかけが好きなんだよこのタコ!」
「タコだああ?!相変わらず味覚崩壊してやがんなテメエはよお!!
肉はちょい焼け、レアが旨いんだよ!!こんなの固くなってるだけじゃねえか!!」
人の肉をあっさりと口の中に放り込んでのこの暴言に、政宗は目を凶悪に細めた。
ビール一本で酔うわけもなかったが、普段よりスイッチは入りやすくなっているのは確かだ。
箸を皿にたたきつけるように置けば、幸村の面倒を見ている佐助から、皿割らないでよと暢気な声。
自分だけではなく、隣の元親も同じように箸をたたきつけているので、おそらく両人に向けての言葉だと思われるが、
当然二人の耳には入ってはいない。
お館様は面白そうな笑みを口元に浮かべながら、日本酒をやっている。
酒の肴状態だが、それも当然二人の目には入らない。
元親の意識が完全に己だけに向いたと思ったとき、体の中がかっと火照って熱くなった。
ビールを飲んだときよりもよほど分かりやすく気分がハイになる。
二人座ったまんま向き合って、互いにガンを飛ばし合う。
「ちょい焦げ」
「ちょい生!」
数秒にらみあって、互いに胸ぐらに手を伸ばして立ち上がったところで。
「喧嘩なら外でしてね」
顔も向けずに絶妙のタイミングでこれまた佐助に釘をさされ、二人して舌打ちをしそのまま着席せざるをえなくなった。
殴り合いの代わりに何をしたかと言えば。
どちらが旨いか、腹に入れられる量で決めることになり。
二人で鉄板に向き直って、ひたすらもくもくと肉を焼き始めたのである。


***


武田家を引き上げたのは夜の10時過ぎ。
元親の電車の時間を考慮してのことである。
後ろのステップに元親を立たせて、政宗はゆっくりと自転車を走らせていた。
生ぬるい風、というよりもただの重たい空気がペダルをより重くさせるが、それほど不快ではなかった。
不快なのは胃袋のほうで。
「テメエにつられて食い過ぎた」
「そりゃおれの台詞だっつの」
ぼやけば背後からすぐさま反論が返る。
しばらくは牛肉は見たくねえなと政宗は真面目に思った。
会話もなく夜の道を自転車をこぐ音がやけに響いて聞こえた。
唐突に。
「アイツらん家、楽しいなあ」
柔らかな、浮かれた声が耳を掠める。
阿呆かと思うほど肉を腹に収めてこちらは気分がよろしくないというのに、元親はいたく機嫌が良さそうだった。
元親のその楽しそうな声に、政宗の胃は何故だかさらに重さを増した。
武田家にいくまえから、この男もきっとあの家の空気を気に入るだろうとは思っていた。
思っていたのに、実際元親の口から肯定されると、何故か面白くない。
「そうか?」
なので、自分もそう思っているくせに、己の心情とは正反対のことを唇に乗せた。
そっけない返答に元親はけれど気分を害したこともなく、もう一度楽しいと言った。
政宗は突然、己の肩に置かれている元親の手を意識した。
元親の手が熱いからだと気づく。
酔ってはいないが、酒が入っているからかいつもよりテンションが高いのだろうか。
おかげで、元親の手のひらの下にある己の皮膚までもが、シャツを通して熱くなっているような気がした。
「おれん家にはじいさんとばあさんしかいねえからなあ」
「・・・」
政宗は唇を開いた。
が、すぐに言葉は出てこず。
いや、言葉はすぐに喉の奥まで出てきていたが、唇にのぼらせていいものかと一瞬躊躇したのだ。
自分らしくない反応に気づいて、政宗は少々呆れた。
もちろん、自分自身にだ。
そんな政宗の逡巡などお構いなしに、元親はあっさりとその言葉の意味を続けてくれた。
「おれん家、親父が単身赴任してっからよお。普段は祖父さんと祖母さんの三人暮らしなんだよな」
「へえ」
「アイツらん所も三人暮らしだけどよお、おれん所は普段あんなに騒がねえしなあ」
「そりゃそうだろう」
恐ろしいことに、武田家は毎日があのノリだ。
佐助のあの食えない性格は、間違いなくあの家の状況を反映して形成されている。
「祖父さん祖母さんが毎日あのテンションだと怖いだろうが」
「そりゃそうだ」
元親は声を上げて笑った。
「でもたまにゃ、ああやって馬鹿みたいに騒ぐのもいいなあってさ、ちょいと思ったんだよ」
「たまにならな」
駅前で自転車を止めれば、元親は慣れた風にひらりとステップから降りた。
「じゃ、明後日にな!」
そう手を上げて改札に消える元親の後ろ姿を見送って。
政宗は瞬いた。
明後日は一学期の終業式だ。
今は丁度三者面談期間で学校はもうある意味、夏休みに入っているようなもので。
ああ、長い夏休みがくる。
しばらく、元親と顔を合わせなくなるという事実に。
元親の手が置かれていた己の肩が、急に冷えた気がして。
胸から何かがこぼれ落ちたような空虚な脱力感。
自転車をこぎ出すこともせず、元親が消えていった改札をただ眺めながら、政宗は薄く唇を開いた。
「・・・つまんなくなるな」



=あとがき=
兄貴はお館様と仲良しです。
筆頭もお館様を慕っていますし、お館様も筆頭を気に入っておりますが、表に出す感じではないんですな。
というか筆頭はそういうのは恥ずかしいとか思ってるタイプなんで絶対表にはだしませんよ。
お館様はそのへんのところも分かっててクソガキ共は可愛いと思っている懐の広さです。
兄貴はそのへんのところオープンですからね。
焼きすぎた肉がスキなのは私の父です(笑)
この間ひさびさに焼き肉したんですが、肉よりもむしろ野菜にガツガツしてましたな私は。
キャベツとかニンジンがうまいんだこれまた!!
ニンニクはカタマリまりで言わずもがな(笑み)
ちなみにこのあと、佐助は片づけしたあと物凄い冷静な顔で部屋をまるごとファブります。