例えばこんな一日
その日は朝11時に映画館前で待ち合わせだった。
これが女なら、立派なデートなのであろうが、待ち合わせ相手はむさ苦しい男だ。
だがまあ、いろいろ面倒くさくうるさい女よりは、気の合うむさ苦しい友人と休日を過ごすほうが気が楽である。
なので、比較的上向きな機嫌で、政宗は待ち合わせの5分前ごろから映画館前でおとなしく相手が来るのを待っていた。
しかし。
「遅え」
11時を10分ほど過ぎた頃。
昼前だからなのか、休日だからか、まあおそらく両方だろうが、人の数も多く、政宗の機嫌は比例するように下降気味だ。
あんにゃろう何やってやがると毒付いたところで。
ふと横を通り過ぎていく男二人の会話が耳に入った。
こんな時間から喧嘩なんて馬鹿みたいだけど、すっげ強かったよな。
ああ、あの銀髪のほうな。
政宗は嫌な予感に眉を寄せた。
「まさか、な」
しかし、そのまさかは見事に的中していた。
そのまま映画館前で何も聞かなかったことにして待ってるわけには、どうあがいてもできず、結局政宗は映画館前から走り出すはめになったのだ。
そして、一本中に入った路地を遠巻きに足をとめる人のかたまりを目にして走り寄れば。
「おとといきやがれってんだ!」
ドゲシと鈍い音をさせて見事なキックがきまったところをばっちりと視界におさめて。
政宗は息を吐いて、目を細めた。
とろんとした半眼になる。
なんでこいつは待ち合わせを彼方に放り投げる勢いでこんなにも元気に喧嘩なんぞをやっているのだ?
五人対一人だというのに。
二人はきっちりとアスファルトの上に伸びていて、現在二人を見事にあしらっている最中。
別に放っておいても、そのうち五人全員床に沈むだろうと、どこか呆れた気持ちで思っていれば、残っていた一人がそろそろと不穏な動きをしている。
逃げる気なのか、それとも、後ろから不意をつくつもりなのだろうか。
まあ多少の不意打ちでどうこうなる男ではないことは自分が一番よく知っているが。
目の前でそのような行為を許すのは、さすがにちょっと不快感があるというほどのプライドはあるので。
遠巻きのギャラリーの中からすたすたと無造作に喧嘩の輪に足を踏み入れ。
「政宗?!」
うわずったような驚きの声の中には、多少バツの悪さが聞き取れたので、まあ許してやるかと政宗は思った。
五人目の前に無造作に立ちはだかれば、いきなりの乱入者にその男はひどく驚いたようだ。
驚いて、頭の動きがフリーズしたらしい。
やけくそ気味に殴りかかってくる拳をひらりと紙一重でかわして。
その腕をひっつかんで体勢を崩し。
容赦なく腹に拳をたたきこむ。
時間なんて一分もかからない。
目を向ければ、残りの二人もきれいにアスファルトの上で悶絶しているところだった。
やろうと思えばすぐに片づけられるんじゃねえかと思ったが、ひどく焦ったような顔を見て、それは言わないでおいてやることにした。
政宗は代わりに唇を引き上げてみせた。
「朝っぱらから元気なこったなあ、元親ア?」
皮肉のスパイスをたっぷり込めた声色に、元親は慌てたようにジーンズの後ろポケットから携帯を引き抜いた。
「うわ、絶好調に11時過ぎてんじゃねえか?!」
「そうだな。絶好調に過ぎ去ってんな」
笑みを崩さぬ政宗の笑顔に、元親は目をさまよわせ、そしてパンと両手を合わせて軽く頭を下げた。
「悪い、政宗!!ちゃんと時間に間に合うはずだったんだ!!」
「ほお?」
潔く謝る姿は好感が持てると内心で笑いをかみ殺しながら、政宗はとりあえず、と足下にころがっているブツを一瞥した。
「とりあえず、さっさとずらかるぞ。これ以上面倒くさいことはごめんだからな」
元親は、そりゃそうだ、と顔を上げて大きく頷いた。
そして人がちらちらと集まっていたのとは逆のほうへと小走りで走り抜け、迂回して何食わぬ顔で、政宗と元親は大通りの人混みの中へ紛れ込んだ。
「だいたい何で朝っぱらから大立回りなんざしてやがんだテメエは?」
「したくてしてたわけじゃねえよ!!ちょっと時間が微妙だったから、近道しようと走ってたら、あいつらが勝手にキレて手え出してきやがったんだよ」
「間に合うように近道して逆に遅刻してたら世話ねえなあ」
「うう・・・こんなはずじゃあ」
「だいたい映画見たいっつったのはテメエのほうだろうがよ。言ってた回はもう無理だぜ。おれは立ち見は嫌だからな」
「うう・・・」
元親は何も言い返せず唇をひんまげて唸っている。
そしてちろりと横目で政宗を見て。
「おれが!悪かったよ!」
元親は半ば吠えるように謝った。
「なあ、怒ってんのか?」
声をひそめて、こそりと付け足す様に、政宗は片眉を上げた。
「さあねえ?」
実を言えば、政宗はそれほど機嫌が悪いわけではなかった。
まあ午前中から喧嘩をしているのには多少呆れたが。
理由もなく喧嘩するような男ではない。
それくらいの信用はしているのだ。
それに、向こうから手を出されていなければ、腹を立てながらも戯言を聞き流して、この男は約束のために走ってきただろう。
別に自分たちは喧嘩っ早いわけでも、短気なわけでもないのだと政宗は思っている。
「なあ、悪かったって!あとでコーヒーおごってやっからさ!」
「つっても缶コーヒーだろうが」
「当たり前だろ?!一杯400円もするコーヒーなんざコウコウセイがおごれるか!!」
とりあえず、目に付いた自販機でさっさとブラックのコーヒーを買った元親に、政宗は問答無用で缶を手渡された。
まあ元から期待しちゃいなかったので、政宗はおとなしくそのコーヒーを飲んだ。
「とりあえず、次の回の席だけ押さえて、先に昼飯にでもすっか?」
「そうだなあ」
運動したから腹減ったし、と真面目な顔で告げる元親に、自業自得だろうがと政宗は鼻で笑った。
近くのファーストフード店で、テリヤキバーガーとポテトのセットを腹に収めた政宗に対して、
元親は、ハンバーガー単品3つとフィレオフィッシュを一つ腹に収めていた。
そんな食欲と財布に忠実な元親に、政宗は何本かポテトをめぐんでやった。
腹ごなしにゲームセンターを冷やかしにいった後、ぶらぶらと歩いているところへ。
「兄貴?!兄貴じゃないっすか?!」
その声に、何故か隣を歩いていた男は反応した。
前から歩いてきていた数人の男達。
男といっても、年格好は政宗達とそうは変わらない。
今時の、ちょっとヤンチャな感じが多少する、少年達である。
「やっぱり兄貴だ」
その内の一人が、嬉しそうな顔をして、元親に笑った。
弟、と言うには雰囲気が妙ではないか、とそう思っていると。
元親も機嫌良く笑った。
「おお、お前ら、久しぶりだな。元気でやってっか?」
『うっす!!』
元親の言葉に、何故か全員で律儀に返事をする。
その反応に、政宗はちょっと驚いた。
今まで政宗が身近に接したことがない部類の反応であったからだ。
そう、暑苦しい幸村あたりがにあいそうな、まさしく体育会系といったような雰囲気に近いのだ。
「おれら今からゲーセンに行くつもりなんすけど、兄貴たちも一緒にどうっすか?」
気が付けば、いつの間にやら自分もしっかりと認識されているようだ。
さてこれからどうするかと、政宗は思った。
見てれば、こいつらと話している元親は非常に楽しそうである。
まあ映画まではまだ多少時間はあるから、別にかまわないのだが。
この中にや入れねえなあ、入ろうとも思わないけど、と政宗がつらつらと考えていると。
「悪いな。今日は用があっからよ」
「そうっすか」
残念そうな顔をする少年達に、元親も、すまなさそうに眉をよせて笑ってみせた。
「また今度な」
「ういっす」
じゃあと軽く頭をさげて去っていく一団をどこかぼけっと見送って、政宗は元親を見た。
「何変な顔してやがる」
「・・・いや」
元親は小さく声を上げて、変なヤツと笑った。
「あいつら弟の友達かなんかか?」
「あ?ああ、違えよ」
政宗の問いの意味が分かったのか、元親は手を振って否定した。
「中学んときの後輩なんだよ」
「・・・後輩に兄貴って言われてんのか、お前は」
「・・・何か気がつきゃそう呼ばれてたんだから仕方ねえだろ!」
政宗の何とも言えない表情にあてられて、元親は少し恥ずかしそうに語気を荒げた。
「なんか役職上もあってか、いろいろ面倒みてる内に懐かれちまってよ」
なるほど、と政宗は納得した。
面倒見のよい元親ならではのエピソードだ。
そこで、先ほどの元親の台詞を反芻する。
「役職?」
ああ、とこともなげに頷いて、元親は続けた。
「おれ、中学は生徒会長だったんだ」
「・・・・・・」
政宗は元親の顔をまじまじと眺めて、数秒沈黙した。
政宗から言わせれば当然の反応であると思ったが、見つめられてる方はそうでもないだろう。
元親は唇を尖らせて政宗を睨め付けた。
「んだよ?どうせ似合わねえって言いてえんだろ?」
いや、ある意味とてもよく似合うと思ったが、それは口には出さずに。
代わりに。
「人がいいな、テメエは」
「あ?」
「やりたくてやったのか、生徒会長」
違うと元親は否定した。
何でも話によれば、一年から生徒会在籍の幼なじみに、いつのまにやら立候補扱いにされていたらしい。
「まあソイツ自身も副会長になって、細かい仕事はだいたいしてくれたから助かってたんだけどよ」
「ふうん」
その副会長殿の人となりが気になって訪ねれば。
計算好きなインテリとの簡潔な答え。
そうは言っても元親の話し方を聞いていれば、別に嫌いな人間ではないらしい。
先ほども幼なじみだと言っていたし。
そこまで考えて、政宗は何故か憮然とした。
とりあえず、その計算好きのインテリ野郎とはおれは気が合わないに違いないという妙な確信を政宗はこのとき抱いた。
ただ、ハメられてなったとはいえ、ちゃんと会長としての責務をこなしていたのだから、やはり元親は人がいいと思う。
でなきゃ、後輩に慕われはしないだろうし、何より、そのやり手の役員殿も、元親を会長になどとは思わなかったであろう。
「来年からでも執行部に入ってみたらどうだ?」
「冗談言うな!おれは、高校じゃ好きなことするって決めてんだよ!!あんな面倒くさいことはもうごめんだぜ!」
元親は眉を寄せてそういうが、球技大会の一件などを考えると、案外そういう仕事は合っているんじゃないかと政宗は思った。
ただし、元親の中での順位が、おのれより高くなるのはいただけない。
気軽に遊びにでれなくなるなどつまらないことこの上ない。
なので、政宗はそれ以上言いつのることはしなかった。
むしろ、万が一そのような話がでたら、元親に全面協力して役職から逃がしてやるとまで思った。
「ま、役員なんぞになったらつまらねえしな」
「おうよ」
「だから押しつけられそうになっても頷くんじゃねえぞ?」
「・・・おう」
政宗の言葉に対しては自覚があるのか、元親は神妙に頷いた。
政宗は携帯をだして時計を見た。
上映時間20分前。
これから歩いていけばちょうどいい頃合いだろう。
元親は横から携帯をのぞき込み上目で政宗を見た。
「そろそろ映画館行くか?」
「そうだな」
答えて携帯をポケットにしまい、政宗は頷いた。
「なあ、映画といえばポップコーンだよな?」
「テメエで買えよ」
「いや、おれ一人じゃ量が多いだろうからさ」
「嘘つけ」
「嘘じゃねえって!いや、だからつまりだな、お前が買ったポップコーンをお裾分けして欲しいっつうか」
「I see」
頷いた政宗に、元親のほうが驚いた。
「え、まじか?!」
政宗は鷹揚に頷きながら唇を引き上げる。
「素直におごって欲しいって頼め。そうしたら考えてやらんでもない」
「・・・・・・」
「割り勘する金もケチりたいんじゃねえのかよ?」
図星をつかれた元親は、しばし葛藤していたが。
「・・・お、おごって下さい政宗くん」
そんなにポップコーンが食べたいのかと半ば政宗は呆れ混じりに感心した。
誠に素直なことである。
そこまで食べたいのなら、まあおごってやってもいいかと、政宗のほうも、今日は素直に思った。
しかしそんなことはおくびにも出さずに。
「『お願いします』」
「くっ!・・・お、お願いします!!つか映画館っていったらポップコーンだろ?!」
「おれは映画鑑賞中はコーヒー派だ」
「テメエの場合は映画鑑賞中も、だろうが!!」
「ガキじゃあるまいし」
「おれがガキだってか?!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながら映画館まで歩いて。
まあパンフレットを買うかどうか悩むまえに、キャラメル味のポップコーンを買ってやろうと政宗は小さく笑った。
=あとがき=
これで前振りはこなしました。
エンジンも温まってきたかんじで。
あとはアクセル踏み込んで走っていくだけです。
兄貴の幼なじみ、計算好きのインテリくんは毛様でございます(笑)
ちょっと垣間見えた知らない兄貴情報を知って、何故かちょっと機嫌よくなっている政宗様。
その人のことが気になるっていうのは、それ、アナタ、アレの始まりですよ??(含み笑い)
中学時代は色々面倒みちゃった兄貴ですが、高校生活は全力で連んで遊ぶ気まんまんなので。
執行部入ったらきっと筆頭寂しがるしネ★
ハンバーガー単品喰いは、金がなく、且つ腹が減っているときの切り札でございました・・・(懐かしいなあ)
高校時代は基本Mのつくハンバーガー屋で腹を満たしていたんで。
ハンバーガー3個はいけます。それ以上はちょっと味に飽きてくるのでポテトやら他のモノが欲しくなります。
どれだけ食べれるか、とか馬鹿なこともやったなあ・・・(遠い目)
友人達と3人で、何かの嫌がらせ?みたいな勢いでハンバーガー単品だけを頼むという。
トレイにうずたかくつまれたのを見て何故かやってやったぜ!的な感想を抱いていたそんな若かりし日。
え、ドリンクは頼みませんよ。高いですから。まあ店員さんが気をつかってお水つけてくれるんですがね(笑)