化学反応→クマ


三時間目の休み時間。
がらりと教室の扉を開けてデカイ図体を見せたのは、元親だった。
首をぐるりとまわして誰かを探しているようであるが、まあたぶんそれは自分だろうと政宗はのんびりと思った。
どこか焦ったようなその顔に、いくつかの可能性を予想。
そして、やっぱり幸村ではなく、探しているのは自分だろうなあと確信。
そう思うのなら自分から声をかければいいのだが、政宗はそれはせず、
ただのんびりと椅子の背もたれに体を預けながら元親の姿を眺めていた。
そして、首をまわした元親の視線とばちっと目が合い。
「政宗!」
やっぱりお目当ては自分だったようだ。
予測が外れずにいたことに気分を良くする。
政宗の机のところまできた元親はちょっと焦った声で政宗に問うた。
「なあ、化学の教科書持ってねえ?」
「ああ、あるぜ」
「次の授業ちょっと貸してくんねえか?」
「いいぜ。ちょっと待ちな」
快く頷いて、政宗は立ち上がった。
後ろにあるロッカーを開け、しばし物色。
政宗のロッカーはぴしりと整頓されている。
教科書やら資料集やら普段は使わぬ問題集やらが、科目ごとに綺麗に並べられているのだ。
化学の教科書を抜き取りながら、政宗は顔を向けずに問うた。
「つうか、お前学校に置いてねえのか?」
元親は眉を寄せた。
「いつもは置きっぱなしなんだけどよお、この間課題が出たんで、持って帰ってたんだよ。
そしたらそのことすっかり忘れててよお。課題はもってきてたんだが」
うっかり教科書は忘れてきてしまったらしい。
「なるほどね」
ほらよ、と教科書を手渡せば、元親は唇を引き上げて笑った。
「お、ありがとな!!」
「You're welcome」
昼に持っていくわと言い置いて、元親は部屋を飛び出していった。
化学教師は時間に正確で、チャイムと同時に挨拶をし、チャイムが鳴り終わると同時に出席をとるのである。
だが、授業はひどく合理的でかつ分かりやすいので、政宗はそれほど嫌いではない。
政宗の次の授業は世界史。
つまり。
昼寝決定というわけで。
政宗は気も早々と机にだらりと身を投げ出した。

***

放課後、元親と立ち寄ったゲームセンター。
政宗がレーシングゲームでタイムラップをたたき出している間、元親がいたのはクレーンゲームの前だった。
いい記録を残せ機嫌がよかった政宗が、元親のもとへと足を向けると、
台からごそごそと戦利品を取り出して立ち上がった元親がこちらを向いた。
政宗の姿を認めて、にっと笑う。
「政宗え!」
そして、手にしていたモノをぽんと政宗に向かって投げた。
思わず足を止めて、政宗は目を丸くして投げられた結構デカイそれを受け取った。
何だと思って、手元に目を落とせば。
だらしなく体を伸ばしたクマのぬいぐるみ。
リラックスしすぎにもほどがあるだろうという抜けた顔が政宗を見返していた。
自分に一体どうしろというのか。
「What's this?」
顔を上げてそう問えば。
元親は、胸を張って何故か満足気に言い切ってくれた。
「教科書の礼だ!!」
政宗は脱力した。
「お前なあ・・・」
「いやあ今日は大物が釣れたぜ〜」
右手をひらひらとさせてご満悦。
教科書の礼と言うが、絶対違うだろうと政宗は思った。
クレーンゲーム魂が満たされたあと、絶対つった獲物の処遇に困ったのだ。
しかし、まあ。
「おれからの気持ちだ!!遠慮せずに連れて帰ってくれ!!」
そう言われれば、いらねえよなどと突っ返すこともできず。
結局苦笑して、政宗はデカイクマを大人しく小脇に抱えた。
名前はモトチカで決定だなと喉の奥で笑って、
今度元親が家に来たときにせいぜいこれでからかってやると考え、政宗は良い思いつきだと満足した。
しかし。
元親と別れ家路についた際。
「あんにゃろう、今度家にきたとき覚えてやがれ」
自転車の前カゴに鎮座ましましたクマと、猛烈な勢いで自転車をとばす政宗という組み合わせを、
すれ違う人という人が凝視し目を丸くしたのに至って、政宗はあの野郎の甘言なんかにほだされるのではなかったと後悔したのだが、
所詮、後の祭りというやつだった。
それに、どう考えても、その場で気づけなかった方が悪いのだ。