曇りのち晴れ
明日はきっと晴れるでしょう。


本音を言えば、気にしないわけがなかった。
けれど、弁当の件に関しては、自分のおせっかいが過ぎたのだと、元親は己の中で納得をつけた。
そりゃ、政宗がお願いしますと頼んできたわけではない。
あんな言い方をされて、腹が立ったのも事実だが、それは己の中で納めておくべき怒りだ。
一晩寝れば、折り合いはつけられた。
むしろ、そのことで友人との仲がぎくしゃくするほうが、元親にとっては勘弁願いたい事態だった。
なんせ、元親は四人で集まって昼飯をたべる関係を、非常に気に入っていたので。
翌日、下駄箱で出くわした政宗に、いつもと変わらぬようにおはようと言えば、
政宗は驚いたような顔で固まったあと、それでもおはようと返してきた。
そして変わらず四人で馬鹿話をしながら昼飯を食べ。
そうしたら、政宗が風邪を引いた。
季節の変わり目に弱いという男のもとへ、友人二人と見舞いに行った。
その帰り際、政宗は元親に謝罪した。
おれが、悪かったと。
元親は瞬間、心が軽くなるのを実感していた。
おせっかいが過ぎたと自分でも思ったから、元親から謝った。
一晩寝て折り合いをつけていたつもりだったけれど、
本当は、色々言いたいことやら不満やら不安やらが胸の底に沈んでいたのだということを元親はこのとき知った。
かすかに曇っていた空が晴れたかのような変化。
唇が無意識に笑みを刻んだ。
政宗はちゃんと謝ってくれた。
悪いと、そう思っていてくれたのだ。
だったら、それでいいじゃないか、と元親は思ったのだ。
だから、気にしていないとそう返した。
早く風邪を治せよ、と。
お前がいないと、つまらないという気持ちを込めて。
政宗は次の日から学校に復帰していた。
微妙に二人の間にあったもやもやとした居心地悪いものはなくなっていた。
六月も終わりに近づき、梅雨明けも間近な季節。
玄関から外をながめて、元親は息をついた。
やっぱり降ってきやがったか。
元親は雨がそれほど好きではない。
特に梅雨特有のじめじめした雨は。
鬱陶しいことこのうえない。
はあとため息を吐きながら諦めたように折り畳み傘を出せば、横でちっと舌打ちする声。
元親は傘をさしながら、忌々しい顔で空を眺めている政宗の横顔をみた。
「お前、傘は?」
「持ってきてねえよ」
簡潔な答え。
いっそ清々しいとさえ言える豪気な回答であるが、この梅雨の季節にその答えはどうだろうと元親は思う。
「・・・降水確率って知ってるか?」
「んなもんあてになるか」
「現に今降ってるだろ」
「たまたまだろ」
ああ言えばこう言う。
「どうすんだよ」
そう問えば、政宗は何言ってんだと、顔を歪めて元親を見返した。
その表情は非常に失礼なもので、元親はお前こそ何言ってんだと心の内で言い返しながら政宗の言葉を待った。
「どうもこうも、チャリをとばして帰るだけじゃねえか」
思った通りの言葉に、元親はそうかそうかと頷いて、それから息を吸った。
「テメエ馬鹿か?!」
容赦ない一言に、政宗の眉が跳ね上がる。
「また風邪ひきてえのか?そうやって軽く考えるからいけねえんだよ!」
最近風邪をひいたという事実をもつ政宗は、元親の切り返しにぐっとつまった。
だから、と続けて、元親は手に持った傘を振って見せた。
「途中まででよかったら、入ってけよ」
政宗は凶悪な表情を納めて、じっと元親の傘を見つめた。
「・・・男と一つの傘に仲良くはいる趣味はねえんだが」
「おお、気があうねえ。おれだってねえよ。仲良くとか寒いこと言うな」
ただ、まあ、元親の傘は幸いにしてか結構デカイ。
「だがな、おれはダチが濡れてるのを知りながら、自分一人悠々と傘さして歩けるような人間じゃねえんだよ。
また風邪ひきたくなけりゃ大人しく入れ」
「チャリは」
「おしてかえりゃいいだろ」
「・・・」
「おら、自転車置き場いくぞ」
傘をもう一度振ってみせれば、今度は政宗も大人しく傘に入ってきた。
ため息つきではあったが。
大の男二人で仲良く一つの傘に頭をつっこみ、片方の肩を雨で濡らしながら歩く帰り道。
政宗の家は、駅から自転車ですぐだ。
その少しの間なら、まあ濡れても風邪をひくまでにはいたらないだろう。
「ちゃんと帰ったら頭ふけよ!」
「言われなくてもふくっつの。ガキ扱いすんな」
「へいへい」
笑って返しながら傘をたたんでいると。
「元親!」
名を呼ばれ、元親は顔を上げた。
「あん?」
自転車のサドルにまたがった政宗は、何故かすぐにこぎ出さず、雨の中を立っている。
「傘」
「?」
傘がどうかしたのだろうか。
そう疑問に思っていると、軽く手を上げて、政宗は唇で笑んだ。
黒い一つの瞳が自分を映していることを、何故かはっきりと自覚した。
髪を湿らせる滴がきらめいて見えた。
「相合い傘で送ってくれて、サンキュな」
Byeと手をひらめかせ、今度こそ走り出すその背中を見送って。
ちょっと呆然としてしまった自分に気づき、我に返った元親は乱暴に傘をたたんだ。
相合い傘なんて恥ずかしい言葉をよくもまあさらりと言えたものだ。
Byeといった一方的なあいさつには笑みがにじんでいて。
おおかたガキ扱いした仕返しに違いない。
そういうことにしておこうと、勝手に納得して定期を出す。
そして、顔が何故か熱くなっているその理由は考えないことにした。





=あとがき=
雨に濡れてよく風邪をひいたのは私です。
筆頭は水も滴るいい男だと思います。
ええ、口を開かなければその笑みだけでオとせるよ!!(誉めてる誉めてる)
そんなフェロモンていすとの筆頭に一瞬クラっときちゃった兄貴。
梅雨が終わればもうすぐ夏。
さあ恋の季節がやってくるよ!!!