フライ・ハイ
より高くより高く影に縫い止められた地面を蹴りつけて。
その日はよく晴れた初夏の空で、所々に浮かんでいる真っ白い雲が目についた。
そんな空を見上げて、ああ、旦那はきっと喜んでるんだろうねえなんて思ってしまうと、
その日の放課後の予定は自ずと決まってしまうのが佐助の日常だった。
放課後のグラウンドは運動部がそれぞれ練習をしている、佐助にとっては馴染みのない所謂暑苦しくも爽やかな空間である。
あの空間に混じることは、自分には絶対に無理だと佐助は思っている。
何のことはない、自分には向いていないのだ。
運動が出来ないとか、そういう意味ではなくて。
自分は無駄に冷めたところがある。
ならば何故、その馴染めない空間の端に入り込んで、ぼんやりと運動部の練習を見ているのか。
短距離のタイムを計っている姿が視界の端に映ってはいたが、意識は全く向いてはいなかった。
佐助の意識を捉えているのは、普段なら寄りつかない放課後のグラウンドに足を向けさせるのは。
タンっ、と地面を蹴る音が聞こえた気がした。
その瞬間に、その体は重苦しい土を離れて、いとも簡単にふわりと浮かぶ。
背中を反らして弓なりになる様は、まるでそこだけ時の流れから忘れ去られたように佐助の視界に映り込む。
なんて軽い。
上向いた顎。
なびく後ろ髪。
視線が見ているのは、きっと青い空だ。
重力に支配されるまでのほんの一瞬。
最高地点に到達した体はひとときの自由を手にするのだろうと佐助は思う。
バーは境界だ。
触れてしまえば、そのまま色をなくして落ちていくしかない。
けれど、その境界を笑い飛ばすかのように跳ね上がる体は、太陽を従え、ひどく鮮やかだ。
その一瞬を目にすると、いつも佐助は知らず息を止めてしまっている。
ただ単純に思う。
空を背後に高々と跳ね上がるその姿は、美しい。
落ちぬバーを確認して、拳を握って声高々と気合いを入れる幸村の姿を見て、佐助は苦笑した。
「ホント、あの落差は何なのかと思うよ」
同じ陸上部の人間に肩を叩かれ笑い返すその顔の輝いていること。
まるで遠い世界にいるようだ。
実際、そこは、佐助の手の届かぬ世界ではあったから、佐助が思ったことはある意味、事実でもあった。
自分は、幸村と同じ世界に行くことは出来ない。
こういうと、まるで自分はあの暑苦しい空間に憧れて、本当は馴染みたいと願っているように聞こえるが、そんなことはない。
憧れていないかといえば、まあ嘘にはなるのだろうが。
別に佐助は、今の自分の性格を気に入っているし、変える気も必要性も感じてない。
傍観者は傍観者の良さがある。
だいたい、やはりこのスポ根ノリは自分には合わない。
憧れているとすれば、それはただ一つの姿。
その姿を見るために、足を向けてしまうものは確かにあった。
もうすぐ夏が来る。
青い空と白い雲が映える季節だ。
佐助は夏が得意ではない。
暑いのが苦手なのだ。
だから、こうやって幸村の高飛びの練習を見る機会は減っていくだろう。
汗をだらだら流しながら見たいと熱望するほどの情熱があるわけでもなかった。
ただ、今日のように空が晴れ渡っているときは、幸村がひどく楽しそうに跳ぶことを知っている。
放課後、特に用事もないなら、たまには共に帰るために待っていたっていいだろうと。
ただ、それだけの理由なのだ。
佐助はそう思っている。
傍観者は、我を忘れるほど入れ込んではいけないのだ。
もし、あの高く跳ぶ姿が、自分のためだけのものであったなら、外聞も何もかもかなぐりすてて、入れ込んでもいいかとも思うけれど。
佐助は唇だけで薄く笑った。
幸村が佐助のために跳ぶなんてことはあり得ない。
幸村は、己自身のために跳ぶのだ。
本能が命ずるままに、より高みへと。
だからこそ、ひどく美しく。
目を閉じた。
まぶたの裏に残る残像。
だからこそ、捕らえられてしまうのだろう。
「今日はトンカツでも揚げてあげよっかねえ」
好物のトンカツにかじりつく男の姿を想像して、佐助は喉の奥でひっそりと笑った。
=あとがき=
兄貴sから離れた番外編的な佐助+幸村の放課後の風景。
もうね、開き直りましたよ私。
不良とかいってたけど、もう不良くさいのは佐助だけな気がしてきた(私の中で)
佐助の場合、メンタル面がひねてて大人びてて冷めてるという意味で不良(不良にどんな種類を求めているのアナタは)
汗がきらきら輝く青春ってイイじゃない!!
そんな訳で部活編ですよ。
部活=青春。こんな方程式があります。
私は幽霊部員でしたが、それでも文化祭のときとか、楽しくはしゃいだ記憶がありますよ(好き勝手してたなあ、今もだけど)
根性ない人間なんで、三年間打ち込めるものがあるというだけで私は感心してしまう。
もともと幸村は部活やってるという設定があったのですが、陸上、ましてや高飛びなんて決まったのは最近だったりします。
最近『跳び』と名の付くスポーツに弱い気がする。
高飛びとか、飛び込みとか。
佐助にとって幸村は眩しい青空そのもの、そんな印象。
戦国なら違うんでしょうが、高校生になると上下関係がなくなるから、佐助の性格が一段と手に負えなくなってる気がします・・・。
学園バサラのヤツらが、私の中で最近爽やか旋風がまきおこってどうしよう。