Heart Sick
病は気からと申します。
では、病が治れば、このもやもやとした居心地の悪い気持ちも晴れるのでしょうか?



昼休みいつもと同じく屋上で弁当を広げながら、元親は首をまわして辺りを見回した。
一つ顔が足りなかったからだ。
「なあ、政宗は?」
「政宗殿は今日は休みでござる」
「へ?」
目を丸くした元親と違い、佐助は幸村のその言葉を聞いて、考えるように目をさまよわせた。
「あ〜〜〜、確かに最近蒸し暑くなったもんねえ」
幸村も佐助の言葉に同意するように首を縦に振った。
「昨日も、文句も嫌味も言わずに、それがしにすんなりとノートを貸してくれたでござる」
「ああ、そりゃもうどんぴしゃでアレだね」
「アレでござる」
うんうんと納得している二人と違って、元親にはさっぱりと話が見えなかった。
「なあ、何なんだよ?」
政宗と長いつきあいの腐れ縁二人は、同時に元親のほうへと顔を向け、同時に唇を開いた。
きっぱりはっきり風邪と一言。
「は、風邪?」
「季節の変わり目とかに弱くてねえ。昔っからだよ」
何でも、政宗は季節の変わり目にかなりの確率で風邪をひくらしい。
風邪か、と元親はふと己の幼少期を思い出していた。
自分も昔はよく風邪をひいていたものだ。
小学校高学年ぐらいの年になるまでは、体は弱い方だったのだ。
まあ、以降は皆勤賞ものの体へと成長したわけだが。
熱で朦朧となるのは結構つらかったなあと思い返して。
「アイツ、一人暮らしだよな?」
「何を今更」
「大丈夫なのか?」
元親がそう問えば、何故か佐助はきょとんとした目を元親に向けた。
「死にはしないと思うよ?」
「いや、そりゃそうでなくちゃ困るだろ」
「何、心配?」
友人が風邪を引いたなら、心配ぐらいするのは普通の反応だと思うのだが、そう真っ向から丸い目を向けられて問われると、何故か素直に頷きにくい。
けれど、心配なのは事実なので、元親はためらいながらも頷いた。
「そりゃあ、弱ってんだろうし」
「では見舞いに行くでござる、チカ殿!!」
何故か勢いよく挙手して幸村は提案した。
その勢いに仰け反りながらも、元親は首を僅かに傾げて聞いた。
「押し掛けて大丈夫か?」
「気にしない気にしな〜い。どうせなんも食べずにベッドで死んでるんだろうからさあ」
「いや、死んでたら困るだろ、だから」
二人のあまりの軽さに元親の心配は嫌でも増した。
「まあ、引き上げられたマグロ状態にはなってるかもしれないけどねえ」
「マグロって・・・」
「ま、冷やかしついでにおかゆぐらいは作ってやろうじゃないのよ。おれさまって親切だよね〜」
「では放課後は政宗殿のマンションへ突撃するでござる!!」
「いや、だから突撃ってお前・・・」
もしかしたら自分は一人の友人の安眠を妨害する手伝いをしてしまったのかもしれない。
政宗の容態以上に、二人の友人の軽いノリのほうが心配になってしまった元親だった。

***

客人の来訪を告げるベルが高らかにピンポーンと鳴った。
政宗は無視した。
こちとら風邪で伏せっているのである。
押し売りも勧誘もついでに言うなら宅配便であろうとも、相手にする余裕はない。
しかし。

ピンポ〜ンピンポンピンポンピンポンピンポ〜ン。

リズムをつけて連続の電子音。
政宗は己のこめかみが引きつるのが分かった。
むくりと、諦めたように体を起こす。
押し売りや勧誘やついでに言うなら宅配便ならば、こんなふざけた呼び鈴のならしかたはしない。
やけにリズミカルなのがまた癪に障り、きっとこれまた楽しそうに押しているのであろう姿を想像すると苛立ちが増した。
非常に嫌なことであったが、このようなふざけたことを嬉々としてしそうな人種に心当たりがあった。
ドアを開ける。
うんざりした態度を隠す気にもなれずに、政宗は息を吐いた。
開けたそこには想像していたのと全く同じ顔があった。
「お前ら、何の用だよ」
「お、案外元気じゃないの?」
「見舞いでござる政宗殿!!」
ただし、予想していなかった顔が一つ。
「いや、その・・・」
予想していなかった来客である元親は、気怠げな様の政宗を伺うように見た。
一瞬普通に言葉をなくした政宗である。
「その、よ。風邪だって聞いたからよ。・・・大丈夫か?」
初めの二人は確実にひやかしにきたのだろうが、高校からのこの友人はどうやら真剣に心配してくれているようである。
病人に気を遣うというある意味普通であるはずのことに、政宗は瞬間驚いて困惑した。
次いで、驚いて困惑してちょいとばかり感動した。
「りんごとか、色々みつくろってきたんだけどよ」
その一言にようやく頭は回りだし。
政宗はドアノブを握っていた手を離して体を引いた。
「入れよ」
「じゃ遠慮なく」
テメエに言ったんじゃねえよ悪友に怒鳴り返すこともできない。
その様を察したのか、元親は慌てたように片手を上げた。
「だ、だいじょうぶか?こっちは勝手にするからよ、お前は寝とけよ、政宗」
佐助たちにとっては、自分の部屋など勝手知ったる何とやらであることを自覚している政宗は、元親の言葉に素直に従うことにした。
まあ、諦めたともいう。
部屋へと逆戻りして大人しく布団に入っていると。
台所できゃいきゃいと騒ぐ声がする。
そしてときたま歓声じみた声があがる。
政宗は往生際悪くも扉を開けたことを後悔していた。
寝れやしない。
「うっせえなあ」
政宗は枕に顔を埋めるようにして体制を変えた。
わいわいと人の家で騒ぐ悪友の声に混じって、お前ら静かにしろよ、と焦ったような声が混じっているが、その声も十分に騒がしい。
しかし、本音を言えば。
煩いと思うよりもむしろ。
何だか寂しいなあと。
ガキくさいことを思う自分がどうにも嫌で眉をしかめているところへ。
どたどたと入ってくる友人ご一行。
「ほい、おかゆできたよ〜」
「いらねえ」
一言で斬って捨てるが、相手も心得たものでそう簡単には引いてはくれない。
「どうせ何もたべてないんでしょ〜?たべなきゃ薬ものめないでしょうが」
言葉が正論なところがまた腹が立つ。
「ほらほら、はい起きて起きて!」
佐助の言葉が耳をうったと思えば、容赦なくかぶっていた布団を引きはがされ、さすがに政宗も体を起こした。
布団をひんむいてくれた幸村に凶悪なガンを飛ばすが、この男には暖簾に腕押しである。
白い皿を持った元親が、宥めるように片手で肩に触れた。
「ちょっとでいいから、喰えよ。な?」
さすがに元親にガンを飛ばすこともできずに、政宗はしぶしぶベッドに腰掛けるように体を起こした。
そして、もそもそと粥を半分ほど腹に収めた。
半分残したのは、食欲がなかったこともあるが、理由の三割は佐助への嫌がらせだ。
「あと、これ」
元親に差し出された白い皿。
受け取って、政宗は元親を見上げて口を開いた。
「なんだこれ?」
まあかなり不審そうな声であったと思う。
皿の中にあったのは、少し茶色に変色した物体だった。
元親は気を悪くした風もなく答えを唇に乗せた。
「りんご」
「りんご・・・」
政宗は皿の中に再び視線を落として、馬鹿みたいに元親の言葉を繰り返していた。
「チカが皮剥いて、その上すりおろしたんだよ」
なるほど、すりおろしりんごというのは確かに自分の人生の中でそれほど馴染みのあるものではない。
「そこまで手間かけることないっていったんだけどねえ」
佐助は一言多いのだ。
こんにゃろうと横目で睨みつければ、佐助は唇で笑って、食べればと言った。
佐助に言われるまでもなく、ありがたくいただくつもりである。
スプーンにすくって口に入れれば、それはひんやりとして甘かった。
すりおろしてあるためか、すぐに喉を通っていく。
無言で食べ進めていると、その様をじっと見ていた元親は、どこか安心したように息を吐いて小さく笑った。
食べ終わった皿を受け取りながら、
「食える元気があるなら、大丈夫だぜ、政宗。悪かったな、邪魔して」
政宗は皿をわたしながら、思わず元親の顔を目で追った。
「いや・・・」
「おれたち、もう帰るから、早く直せよ?」
「・・・おう」
その言葉に。
寂しいなんて、言えるわけもなく。
皿を片づけて鞄を手にした三人を、そのまま見送りに玄関まで行った。
「じゃね〜。テスト前なんだし、さっさと治しなさいよ?」
「今日のノートはそれがし、きっちりと書き納めてござるゆえ!」
「騒いで悪かったな。ポカリとすりおろしたりんごの残りは冷蔵庫に入れてあるし、鍋には粥も残ってるから、腹減ったら食えよ?」
三者三様の別れの言葉に片手をふって答えて。
一瞬逡巡したのち、政宗は唇を開いた。
「元親」
丁度扉からでようとしていた元親は、体半分で振り返った。
「ん?どした?」
そのどこか優しい顔に。
まるであやされたかのように、するりと言葉がでた。
「悪かった」
元親は瞬いて政宗を見返した。
一度唇に乗せてしまえば、二度目はひどく簡単だった。
「おれが、悪かった。お前の好意で昼飯、わざわざ作ってきてもらってたってのに」
体を強ばらせたように、元親の肩が揺れた。
しかし、元親はすぐに体から力を抜いた。
元親の顔にあったのは、柔らかい笑み。
何故か心臓が騒いだ。
元親は口元で笑って。
「おれは全然、気にしてねえよ」
その言葉に、政宗の唇はそれ以上謝罪を紡ぐことをやんわりと封じられた。
気にしてない、その一言に。
安堵する以上に、何故か寂しさが胸にはあって。
「だからさっさと風邪なおせよ?」
「・・・おう」
元親は小さく手を上げて外へ出、そしてきっちりと扉を閉めていった。
取り残された己の部屋の玄関で、政宗はその場にしゃがみこんだ。
頭をがしがしとかく。
胸がすっきりしないのは風邪のせいだ。
風邪のせいに違いない。
そう言い聞かせて、息を吐いた。
「気にしてたのはおれだけかよちくしょう」
結局、借りたままのアルミの弁当箱は返せないまま。







=あとがき=
お弁当ネタからはじまった一連の流れはこれで区切りがつきました。
どこまで偏食ネタで引っ張るんだと思いながらも、書きやすいんですよ何故か。
体弱ってるときに一人暮らしだと色々と不都合があるんだろうなあと。
絶対寂しくなるよ、私。
筆頭も寂しくなってると思います!!
一人暮らしは年期が入ってる筆頭なので(きっと中学から一人暮らし)そんな寂しさにも耐性がついて、
素直に寂しいと認めなさそうですが、絶対寂しいと思います!(何回寂しいっていう気)
そのへんのところを無意識に分かっているのか、それとも本当に冷やかしてるだけか、
紙一重的な動機で見舞いにくる友人っていうのは、きっと貴重だと思います。
私は風邪をひくと、すりおろしリンゴが無性〜に食べたくなるタチでして。
兄貴にすって貰ったリンゴならきっと皿まで舐め尽くすよ(真顔)
さて、筆頭の風邪は兄貴のりんごと佐助のおかゆで全快するでしょうが。
かわりにそろそろ別の病にかかりそうな雰囲気がしますね(笑顔)
お医者様でも草津の湯でも直らないというアノ病です。