Blue Bird

「If I were a bird,」
屋上でぼんやりと空を視界に納めながら呟いたその言葉に、別に何かしらの意味を込めていたわけではなかった。
白い雲がたなびく青の中に、空を行くシルエットを見つけたというだけだ。
「仮定法だっけか?」
つぶやきを聞きとがめられたことよりも、近くで声がしたことのほうに純粋に驚いた。
政宗が振り返れば、丁度向かい合うようにして元親が立っている。
その反応に、元親は小さく笑った。
「先に帰ったのかと思ったんだけどよ、下駄箱にゃくつがあったし、だったらここかと思ってのぞきにきたら、ホントにいやがった」
確かに、時間をつぶすときなどはもっぱら、政宗は屋上にいる。
「・・・もう帰れるのか?」
「ああ」
首を縦に振って元親は頷いた。
政宗はぼんやりとしていた先ほどの己をごまかすように、唇を引き上げて笑ってみせた。
「それにしても、よく仮定法って分かったな?むしろ知ってたな?」
曖昧にしてしまうには、相手がこの男の場合、からかいにまぎらわせて煙に巻いてしまうのが一番いい。
まあ実際は、からかい半分、驚き半分であった。
この男は英語が苦手なのだ。
元親はむっとしたような、しかしどことなく情けなさの入り交じった絶妙な顔で唇を尖らせた。
「・・・今日習ったんだよ」
「なるほど?」
英語教諭は同じである。
ならば、使った例文も同じだったのであろう。
「If I were a bird, I would fly away around the world?」
「あ〜、うん、そんな感じで」
「訳してみろよ」
「ああ?」
「ちゃんと脳みそに残ってるかどうかおれがチェックしてやる」
笑い声を混じらせて言えば、元親は嫌そうな顔をしたあと、それでも律儀に考え出した。
「あ〜、もし私が?鳥だったら?」
「おう」
「世界中へ飛んで行くのに?」
「Ah まあそんなとこだな」
直訳すぎて文学的表現には欠けるが。
「おまえだったらどうだ?」
「あ?」
「'もし私が鳥だったら'、お前はどうする?」
元親はきょとんとした顔をして、次いで困惑したように頭をかいた。
「そうだなあ〜。あ〜、うん、世界中飛び回るのもいいな」
例文そのまんまな答えに、政宗は唇で笑んだ。
笑みを刻んだまま顔を近づけて、そしてその笑みは小馬鹿にしたものに代わり、馬鹿かテメエはと容赦なくこきおろした。
「鳥なんてなあ、飛ぶのにどれだけ筋力使ってると思ってる?世界中どこでも好きなところへなんて、飛んで行けねえんだよ」
「っ!!じゃあテメエはどうなんだよ?もし私が鳥だったら!!」
「Me? If Iwere a bird?」
「そう、イフ・ユー・アー・ア・バード」
「areじゃねえよ、wereだ。過去形にしなきゃ仮定法にゃならねえだろうが」
「うっせえ!イフ・ユー・ワー・ア・バード!」
「If I were a bird...」
空を行く鳥の影が視界によぎった。
現実それほど自由でもないのだろうが、空を悠々と行くその姿は、翼を持たないこの身にはやはり自由であるように思えた。
好きなところへ、どこへでも飛んでいけるのならば。
「もしおれが鳥だったら、お前のもとへ飛んでいく」
視線を絡ませてそう言えば、元親はあっけにとられたような顔をした。
呆然としている元親に対して、唇に笑みをのせ。
「おれが鳥だったら、電車で20分チャリ20分の距離をまっすぐにお前のところまで飛んでってやる」
世界なんてほど遠い、県の境すら越えていない。
翼などなくても、会いに行ける距離。
ああでも、その僅かな距離が、これからも変わらないなんて保証はどこにもないから。
もしかしたら、世界の端と端に離れてしまうかもしれない。
だったら、やはり、思うことは一つだ。


もし私が鳥だったら、貴方のもとへ飛んでいく。


「・・・嬉しかねえ」
「An?」
低い声で返された言葉に眉を上げると、頬を両手で挟まれ、目を合わせられた。
唇に一瞬掠めた熱。
この男は体温が高い。
白い肌は冷えているようにも思えるのに。
鼻が触れそうなほどの距離で合わせられた目はまっすぐに政宗を見ていた。
色素の薄い睫毛が見えた。
「鳥になって会いにこられたら、キスもできねえじゃねえか」
「Oh sorry . You are right. そりゃ大きな問題だ」
「電車で20分チャリ20分の所にいるんだ。不精しねえでテメエのその身で飛んでこい」
「了解」
笑い飛ばすことも紛らわせてしまうこともできずに。
どこまでも真面目に頷いて、目を伏せる。
元親の言う通りだ。
触れあうことも、キスすることもできないのは大きな問題だ。
叶いもしない仮定に頼るなど、確かに不精もいいところ。
翼はなくとも、ちゃんとした体がある。
「この体で、会いに行くぜ」
そう囁いてもう一度、その男の唇に唇で触れた。








*あとがき*
高校英語は苦手です。だって暗記ばっかりなんだもん(もんって・・・)
最低限の構造を覚えて使い回すのが趣味です。つかそれで今まで乗り切ってきました。
ボキャすくない人生です(威張れない)
別に翼は欲しくないんですよね(え・・・?)
代わりに飛ぶ力が欲しいです(直接的)
ドラゴ○ボールとかの舞空術とか修行して身につけられるなら修行するよ。
どらえもんの道具、タケコプターは人類の夢だと思います(真顔)
何とかは高いところがすきなのよ!