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拍手お礼sss置き場
10.『落日』

夕焼けを見た。
茜空。
薄い朱色にそまる細くたなびいた雲。
隙間に映る青は鏡だ。
朱をすって染まる。
燃えるような空なわけでもない。
真っ赤な珠が空を焦がしているわけでもない。
よくみる、ごく普通の夕焼け空に過ぎない。
なのに、どうして。
「ああ、綺麗だなあ」
足を止めて空を見上げてしまうのだろうか。
「ああ、秋だからな」
「そっか」
「他に理由がいるか?」
「いらねえな」
秋だから夕焼けが綺麗。
それでいい。
お前と並んでみているからだなんて。
そんな理由はいらないな。
この手を、離したくないなんて理由も。


09.『He has gone there』

いつか遠い空でまた逢えることを。


遠い異国の海であの男は死んだのだという。
その話が耳に入ったのは夏の終わりだった。
そういえば最近、顔を出さないとは思っていた。
とはいえ、もともと城にやってくるのも気分と天気で決めていると豪語したような男だ。
季節に一回、顔をみればそれはまだいい方で、下手をすれば年単位間をあけることもあった。
これがまだ四国にいるのだというのなら、それこそこちらから使いをやるなり、
それこそ最終手段としては直接乗り込むなり、逢う手はずはこうじられるが、
どこにいるのかすらも見当もつかないとあっては、こちらから動くことはできなかった。
男がいるのは政宗が見たこともないような色をした海の上。
そして、その男が沈んだというのもきっと、政宗が見たこともないような色をした海の底なのだろう。
供もつれずに城をでたが、この日は珍しいことに誰も政宗を止めようとはしなかった。
なのであっさりと一人城を出て馬を走らせた。
向かった先は、海だ。
整備してある港ではない、荒々しい潮風が容赦なく吹き付ける、海と大地の境界線。
それはそのまま、自分とあの男とのあいだに横たわる境界なのだろう。
髪が風になぶられるままに任せて、政宗は馴染んだ黒にも見える深い青を見ていた。
太陽の光に反射して銀色に輝く海面に、苦笑がこぼれた。
海を愛して、とうとう海そのものになっちまったか、と。
手を伸ばした。
触れることもかなわぬ銀色。
笑みをこぼしながら、若造のように戯れに舌打ちをした。
「結局、見事にすり抜けられちまった」
水平線。
空と海が混じり合うさらにその向こう。
「Someday, I'll go there」
陸に飽きたころに、あの男を求めて船に乗り込む。
その考えは悪くない。
子供のように胸が踊る想像だ。
だからどうか待っていて。
遠い空の彼方。
海の果てで。
いつか出会えるその日まで。
08.『Sweet Lip』

ただいま勉強中。
まあ勉強しているのは主におれだけで、目の前にどっかりと居座っている政宗は臨時教師を気取ったただの冷やかしだ。
頬杖をついて横目でおれが地道に数学の問題を解いているのを見ている。
そう、おれが宿題が分からずに眉間に皺を刻みながら問題とにらめっこしているというのに、何のアドバイスを授けてくれることもなく、だ。
別に懇切丁寧に教えてくれるだなんてことは初めから期待しちゃいないが。
なので、なるべく目の前に居座る男のことは意識に上らせないように、視界に入らないようにしながら、フリーズしたパソコンのように動こうとしてくれない脳みそを何とか宥めて頑張っていた。
ただいま取り組んでいるのは平面幾何と呼ばれる図形の問いで。
相似中点連結定理にメネラウスの定義。
こういう問題は、一度糸口がつかめればするりと紐がほどけるようにとけるものだが、
その糸口、とっかかりがつかめない。
かれこれ三分ほどこうしてペンはとまったまま。
あー、ぴんとこねえ、と、眉間に皺を刻んで思わずむうと唇を尖らせれば。
すと視界に割り込んできた整った長い指。
そのまま促されるように顔を上げたところで。
「ん・・・」
しっとりとした柔らかい感触が唇を覆って、押しつけられた時同様、唐突に離れていった。
いきなりキスされた唇を手の甲を拭って、思わず上目遣いで抗議。
「なにすんだよ」
そりゃお前はもう宿題なんてとっととすませているだろうけれども、こちらは今現在進行形で真面目に取り組んでいるというのに。
そうしたら、政宗は悪びれた風など欠片もない風にかすかに笑った。
もう一度伸びてきた手が顎を捉えて。
その親指で唇をたどる。
「思わず吸い付きたくなる唇だったもんで」
そう言って、この男はもう一度、無断でおれの唇を奪っていったのだ。

07.『moment』

「お前、まだここにいる気か?」
「悪いかよ」
「別に」
「そういうテメエこそ、まだここにいんのか?」
「ああ。悪いか?」
「別に」
背中にある僅かな重みと温み。
空を見上げた。
青い青い空の中に、白い雲が散らばって浮かんでいた。
屋上の端っこ、給水塔の影の中。
背中合わせでコンクリートの上に座って空を見上げてた。
いつのまにか重なった手。
元親の左手と政宗の右手。
元親の手のひらは触れているコンクリートのおかげでひんやりとしている。
手の甲の上にある政宗の手のひらは、反対に温かい。
嬉しいような、切ないような。
元親自身よく分からない気持ちが胸一杯占めて。
瞬間、泣きたくなった。
雲の白が目にしみる。
ちょっとだけ左手を動かした。
政宗の手がずれて、指先が触れる。
指を曲げて、政宗の指と指の間に押し込んだ。
あっさりと政宗の指はほどけて。
いとも簡単に。
手を繋ぐことができた。
元親は口の端で笑った。


ああ、いつまでも、こうしていられたらいいのに、なんて。


指を絡めるだけの仕草がこれほどまでに愛おしく泣きたいほどに切ないだなんて。
そんなこと、本当は知りたくなんてなかったのに。



06.海神の唄


その男を見たとき、唄が聞こえたのだ。


それは雷神と海神の物語。

やれやれやっと背骨をのばせる、と政宗は思うままに身体を伸ばした。
政宗の身体は長い。
政宗は龍だ。
狭い岩室に閉じこめられて数百年あまり。
龍の自分からすれば、それほど長い時間でもなかったが、
身動きも許されず閉じこめられるにはさすがに長い時間に思えた。
まあ、自業自得だという自覚はあったし、文句を言うべき相手ももういなかったので、すこしばかり雷を迸る程度で憂さをはらすに留めてやった。
解放された政宗がまず思ったことは、アイツの姿を見たい、ということだった。
その男は海にいる。
政宗の鱗が漆黒であるのに対して、あの男の鱗は月に映える銀色。
政宗と同じように、片目を盲いた海神。
空を渡る。
雲を横目に泳いでいけば、すぐに海にでることができた。
海神、元親がいる海は、いつもキラキラと輝いていて、楽しげな音が溢れている。
海の全てのものから愛されていた男だった。
数百年も音沙汰がなかったのだ。
久しぶりに顔を出した政宗を見て、元親は呆れるだろうか。
無沙汰を怒るだろうか。

いや、たぶんアンタは笑うだろうな。

久しぶりじゃねえか、と。
どこぞの人間にでも封じられてたのかと、目をきらめかせて飄々と笑うだろう。
そうしたら、うるせえよとだけ笑い返して、その美しい身体を抱き寄せよう。
久々にたどり着いた海はけれど、とても静かだった。
海鳴り。
しかしそれは、あまりにも静かだ。
静かすぎて時を忘れてしまいそうになるほどに。
瞬間、政宗は悟った。

元親。

海鳥が、魚が、波が歌う。
静かに。

あの人は海に溶けた。空へ還った。

政宗はその言葉を理解した。
海神はその姿を消したのだ。

風になぶられ、政宗はふと首を海岸へと向けた。
波が砕ける崖の上。
白銀がちかりと瞬くのが見えた。
人がいる。
引かれるようにして政宗は崖へと身を泳がせた。
一端雲の上へと上がり、相手に合わせて人の身として崖へと下りる。
別に声を掛けたわけでもない。
だというのに、その男は、いきなり背後に現れた政宗を振り返ったのだ。
目を引いたのは、その男の見事なまでの銀の髪だったことを知る。
男は政宗を見た。
唇を引き上げる。
見知らぬ相手だなんてことは知らぬとばかりに。
空気を僅かに震えさせる短い言葉に身体を捕らわれた。

「見とけ」

男は笑った。
瞬きをすることも許されなかった。
男の身体は空へと伸び上がり。
綺麗な線を描いてその下に広がる海へと消える。

海が喜ぶ声を聞いた。


05.もし私を捕らえてくれたら

もしお前が望むというのなら、おれはお前ごとこの背に引き受けるつもりだった。
守るなんておこがましいことは言わない。
ただ、お前になら、背を預けて並んで歩いていけると思っていた。
「まあ、テメエは頷かねえだろうけどな」
前に立ちふさがることを選ぶ男。
倒れるか、こちらが倒れるかしか選択肢はない。
それ以外を、お前は選ばないことは承知している。
それでも呟かずにはいられない。

もしもなんて仮定であっても、望んではくれないことは分かっていたのだけれど。


04.もし私を手放してくれたら

もしお前が望むというのなら、おれはその刃を受け入れる気だった。
足に根を生やしたまま、ぴくりとも動かずに。
真正面から向かってくる目を見据えたまま。
貫かれてもいいかと思ったんだ。
だから、天下が欲しいならそう言いな。
「・・・ま、言わねえだろうけどな」
言ってくれたら、素直にお前の前から退いてやったものを。
一つくらい、お前の望みを叶えてやってもいいかと。

もしもなんて仮定であっても、望みやしないことは分かっていたのだけれど。


03.『七 色じゃないぞえ ただ何となく 逢ってみたいは惚れたのか』
 
今まで抱いたことのあるどの感情とも違うと思う。
恋わずらいかと思うほどに、思考を占めているのは確かだが、好いた惚れたといったものではない。
なんせ、自分も男で、思考を占めているその人間も、同じ男だからだ。
まあそれは別にさして壁と思えることでもないのだが。
色めいたものであったなら、逆に開き直りもしようものだが、そう分かりやすいものでもない。
もっと曖昧でつかみがたいくせに、己の中にしっかりと存在しているもの。
まるで雲のような感情。
あやふやで曖昧で、けれど色あせることもなく。

ただ、何となく。

逢いたいと。

ただ、それだけのことなのだけれど、単純なその思いは驚くほど強いもので。
己とは全く違う輝きを放つあの魂に。
逢いたいと。
ただ、それだけを思う。
遠い空。
見知らぬ海、山の景色。
自分を育てた大地とは違う大気に抱かれた男は、今どうしているのだろう?
海の上にいるか?
それとも、城から空を見ているか?


アンタの中に、おれは、いるか?


喉の奥から沸き上がってくる問いは空気を震わせることはなく。


「ああ、逢いてえなあ」



02.Touch me

「・・・で?」
「An?」
「で、お前は何がしたいんだ?」
政宗は人の前に立ったまま、ただじっとこちらを眺めているだけだった。
鼻が触れそうになるほどの至近距離で立たれて気にならないはずがない。
見つめ合うにしろ何にしろ、これでは近すぎる。
互いの目に映る自分しか見えない。
だから素直に聞いたまでだ。
もともと謎かけといったものに自分は向いていないのだ。
「お前は、何がしたいんだ?」
密やかな吐息。
己を写すその黒い目がゆっくりと伏せられる。
まるで口づける直前のように。

「Touch me, please.」

まるで音楽のように紡がれる言葉。

「おれに、触れてくれ」



01.彼のどこに惹かれたのですか?

「Hey元親、テメエは、おれのどこに惚れたんだ?」
「あー、顔?」
「・・・これまた素直なHoneyだなあ」
「そういうお前はじゃあどうなんだよ」
「An?どうとは?」
「お前はおれのどこに惚れたんだ
よ」
「・・・カラダ?」
「・・・お前、それ仕返しのつもりかもしれねえけどよ、おれのと違ってホンモノっぽくて色々洒落になってねえぞ」
「照れんなよ」
「・・・おれ、お前のそういうちょっと馬鹿なところが好きなんだわたぶん」