パーティの前に
「いや、ちょ、ちょっと待て!!ここは学校だぞ?!」
元親は焦った。
有閑倶楽部の看板がかかった、一般生徒は入って来れない生徒会室。
金のかかったソファの上で、何故自分は政宗に迫られているのか。
確かに!この幼なじみとはそういうお付き合い、つまり、恋人といったお付き合いの仕方をしているのではあるけれども、いくらなんでもTPOというものがあるだろう。
一般的とは言い難い金銭感覚とおおらかさを持つ元親でも、それぐらいの反論はあった。
そう、迫ってくれている張本人の政宗にもいったが、ここは学校なのだ。
「言われなくても分かってる。ここは学校で、今は放課後で、これからハロウィンパーティーだってこともなあ」
「だったら、さっさと着替えてだな」
「おれの仮装がヴァンパイアで、テメエが狼男なんだよなあ?」
「前からそう言ってあったじゃねえかよ!」
「Ah,確かに。何の仮装をするのかは聞いてたがな」
にやりと唇を引き上げて、政宗は顔を近づけた。
反射的に腰を引こうとしたが、そこはもうソファの端で、これ以上逃げ場所はなく。
唇は綺麗な弧をえがいているのに、のぞき込む瞳は笑っていなくて、元親は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「こんな格好するとは聞いてねえぜ。なあ、Honey?」
政宗がつと、人差し指で触れた先は、己の素肌で。
その指の感触に、元親は返す言葉を奪われてしまった。
***
ことの発端は31日に学校で主催されるハロウィンパーティーでの衣装決めが原因であった。
放課後からの盛大なパーティ。
お金持ちの坊ちゃん嬢ちゃんばかりがあつまるこの私立高校。
基本的に、皆ヒマをもてあましているのである。
そんな人間の中でも、更に金とヒマを持て余している集団。
それが生徒会員、別名有閑倶楽部である。
生徒会といっても、実質的な業務はそれぞれの委員会が分業しているから、やることはその統括だけであって、
しかもこの倶楽部の面々は、一般生徒からの信頼は絶大ときている。
よって、もめ事はそれほど起こらず、実務能力は皆持っているため、仕事はスムーズに終わり。
結果、ヒマを持て余すという図式ができあがるのであった。
さて、そんな有閑倶楽部には一組、カップルが存在している。
ありとあらゆる学問、武道に精通した、病院院長の息子、伊達政宗と、
驚異の運動能力を持ち、世界的にも有名な財閥会長の一人息子、元親の二人である。
元々父親同士が幼なじみであったこともあり、小学校から幼なじみとして過ごしてきた二人であったが、
紆余曲折あって、恋人としてお付き合いすることになってしばらく経つ。
さて、そんな二人であるが、今回の発端は学校上げてのパーティにあった。
特に元親は根っからのお祭り好きだ。
当然、張り切った。
パーティの参加条件はただ一つ。
ハロウィンにちなんだ格好をすること。
つまり、仮装である。
「なあ政宗〜。これ着ようぜ〜」
元親は両手に衣装を抱えて、本を読む政宗の前に無理矢理その衣装一式を置いた。
つまり、本と政宗の間に押し込んだのである。
読書を邪魔された政宗は眉を上げて、これでもかというほどに冷め切ったまなざしを元親に向けた。
一般生徒なら思わず凍ってしまいそうなまなざしのブリザードだったが、元親は欠片も気にしない。
気にする気遣いがあるなら、初めからこんな真似はしないのである。
その冷えた視線をどのように解釈したのか、元親はしれっと続けた。
「だってお前、どうせ衣装作ってねえんだろ?」
「当たり前だ」
元親は祭り好きであったが、政宗は違う。
このような季節ごとのイベントなどくだらないと切って捨てる人間であった。
毎年飽きずに、参加するしないで言い合いをして、まあ結局、元親につきあわされてしぶしぶ顔をだす、というのが政宗の毎年の流れであった。
なので、今回も先を読んで、元親は政宗の衣装も己の分とともに用意してきたのである。
真っ黒い一式をつまみあげて、政宗は顔をしかめてみせた。
「で、一応聞いてはやるが。What is this?」
よくぞ聞いてくれたとばかりに、元親は力を込めて答えた。
「ヴァンパイア!!」
「Fun,ヴァンパイア、ねえ。で、お前は?」
「おれはオオカミ男。なあ、絶対似合うって!!」
己のことなど二の次とばかりに目を輝かせてそう元親は力説した。
恋人にそうまで言われて、政宗も悪い気はしないのか、目の冷たさが和らいだ。
衣装をつまんだ指を放して、代わりに、机についた元親の手の甲をするりと撫でる。
目を眇めて囁くように、高さを落とした声で。
「じゃあ、テメエはおれに噛まれてくれるのか?」
「へ?」
目を丸く見開いてきょとんと瞬く元親。
「・・・」
政宗は途端、白けたように手を放した。
「・・・冗談だ」
元親は訳が分からないとばかりに首を傾げた。
政宗はどこか悟りきったかのようなため息を吐いて、読書に戻る。
が、その際。
「おれの衣装はそれでいい」
「!!」
やったとばかりに顔を輝かせる元親を目の端で捉えて、政宗は苦く、それでもどこか甘やかに、本の影で小さく笑っていた。
それが数日前の出来事。
そして、ハロウィン当日がやってきて。
***
差し出された衣装を素直に着た政宗の前に、己も用意していた衣装で、じゃんとばかりに立った元親だったが、そこで話は冒頭に戻る。
政宗にもいったとおり、元親の衣装はオオカミ男。
つまり、具体的に言ってしまえば。
「ま、政宗っっ!」
どこか上ずった声が唇から飛び出したが、どうすることもできない。
何故なら、形のいい政宗の指が、ある明確な意図をもって肌を探っているからだ。
初めから、さらけ出されたその肌を。
つまり、オオカミ男の衣装とは、上半身素肌の上に、豪奢な毛皮のジャケットを直に羽織っているだけ、というものなのだ。
後は尻尾とこの日のために用意した耳つきカチューシャをすれば完成。
しかし、その前に、何故か元親はきっちり着替えたヴァンパイアにソファの上に盛大に押し倒されていた。
そこ至ってようやく、元親は己の用意した衣装の致命的な弱点に気がついた。
この格好は、どうしようもないほどに脱がし安いということがだ。
何せほとんどすでに脱いでいるような状態だ、ジャケットをめくるだけで、己の弱いところは簡単に男の眼前に晒される。
「ちょっっ、マジでやめっ」
「なあ」
甘ったるい声が耳を打ち、それだけで元親はその体をふるりと震わせてしまう。
その手に触れられている。
それ事実が元親の体を普段よりも敏感しているのだ。
「な、に?」
心臓の丁度真上に、唇を寄せながら、上目で寄越される目。
「おれ以外の人間に、この肌、見せる気だったのか?」
「え?」
目を伏せ、喉を鳴らしながら政宗はかすかに笑ったようだった。
「なら、見せられないようにしてやるまでだ」
何をと思ったが、政宗の意図はすぐに知れた。
心臓の上に唇を落として、そのままきつく吸い上げる。
その下に現れたのは、赤い痕。
目線を上げて、政宗は唇を引き上げて笑った。
元親は喉の奥がかっと熱を帯び、声もでない。
おのれがつけた痕を満足そうに指でひとなでして、政宗は顔をずらす。
今度は丁度鎖骨のあたりに顔をよせ。
「っっ・・・!」
かりと噛む。
そのあと舌でぺろりと己が噛んだ所を舐め上げる。
元親は体をよじって逃げることもできずに、ただ身を竦めてじっとしていることしかできなかった。
何せ体は二本の手と足でがっちりと拘束されていたのだから。
いや、しかしそれもある意味言い訳にすぎない。
頭の端で、元親自身もそのことを自覚していた。
本気で嫌がって暴れれば、結局のところ優しいこの男はきっと、体を離してくれるだろう。
つまり、それほどまでには内実、嫌がっていないのだということ。
暴れて放せと叫ぶほどには。
言われるまでははっきりいって、元親はおのれの格好について、それほど特別な意図があったわけではない。
素肌にジャケットを羽織る、だなんて格好も、仮装としてならまあ許されるんじゃないかというのと、
案外野性味がでていいんじゃないかとか思っただけのノリの結果に過ぎなかったのだ。
肌を見せるといっても、大半はジャケットに隠されている。
だというのに。
おれ以外の人間に、だなんて。
そんな言い方されてみろ。
一気に心拍数は上がって、体だって動けなくなるではないか。
普段は大層そっけないそぶりの男なのだ。
そんな己の恋人が示してくれた嫉妬。
嫌がるどころかむしろ。
少しばかり、嬉しいだなんて、思ってる現金な自分がいて。
いやでも待て待てあくまでここは学校だから!と流されそうになる思考に活を入れる。
思考がさまよっている間に、元親の肌には着実に吸い上げられた赤い痕やら歯形やらが散らされていっている。
たしかにこんな派手な肌になってしまっては、ジャケットの下にきっちり何か着込まなくてはならない。
首筋にかけられた息に、思わずやめろと声を上げれば。
「Ah,そりゃ聞けねえなあ」
耳元に直接流し込まれる低い声は腰に来る。
耳朶をしゃぶられ思わず体を震わせた。
「おれはヴァンパイアなんだろ?血を吸うのは首からって相場が決まってるじゃねえか。なあ?」
そして、その言葉通りに。
カプリと首筋に噛みつかれて。
元親は取りあえず、下に着る衣装を至急用意しなければと、どこか麻痺した頭の隅で考えて。
俄ヴァンパイアの腕の中に堕ちるハメになったのだった。
***
パーティー会場である大広間に顔を出せば、先に来ていた慶次たちが近づいてきた。
「遅かったじゃねえか」
「いや、まあ、えっと」
遅くなった理由なんぞ言える訳もなく、元親は乾いた笑いを浮かべるしかない。
一方政宗のほうといえば我関せずといった体で、冷めた顔つきで浮ついた会場を眺めている。
「っていうか、チカの衣装って、オオカミ男じゃなかったっけ?」
不思議そうに指摘されて、元親は曖昧に頷いた。
元々考えていた格好では出てこれるはずもなく。
「包帯ってことはミイラ男かい?」
「ああ、まあそんなとこ」
パーティーをどうしようと、我に返った元親に、政宗はしれっとした顔で、衣装を変更すればいいとぬかしてくれた。
何故か指パッチンで現れた伊達家の黒服がもってきた包帯。
首を傾げるまもなく、そのまま、容赦なく上半身を首筋までぐるぐる巻きにされた元親であった。
一分の隙もなく包帯の白で覆い隠した上から、元々用意していたジャケットを羽織って、元親は来たのである。
残念ながら、耳としっぽはお蔵入りとなった。
ふ〜んと頷きながら、慶次はちらりと政宗の姿を見、元親の耳元にこそりと耳打ちをしてきた。
もしかして、と問う声は少し、からかいを含んで笑っていて。
「あそこのヴァンパイアに噛まれたとか?」
「!!!」
まさかはいそうですと言えるわけもなく。
見しらぬ振りをしている政宗の頭を無性に殴り飛ばしたくなった元親であった。
=あとがき=
基本、私は妄想にかんしては素直であることを自認しております。
ハロウイン〜とかいっても出てくるネタはぶっちゃけコスプレで押し倒されての一連の流れしか考えられないということで、
スルーするきだったのですが・・・。
やっちゃったなあ(遠い目)
筆頭のポジは菊正宗くんのポジです。
あのドラマでの如何ともしがたいキャラが気になって思わず見てしまう・・・(ええ?!)
迫らない筆頭とかいいながら、ばっちり迫っとるがな!!と自己ツッコミ。
何故か途中から方向が雲行き怪しくなり。
ちょっと待ちなさい、これは表に置くものなの!!
ハロウイン企画でアホ可愛いノリでいくつもりだったの!!
つうかここ学校オオオオ!!!!!(お前が書いてるんじゃん)
もう本当に、筆頭アンタって人は!!!(責任転嫁)