領域侵犯
元親は血で濡れた剣を一振りした。
豪奢な部屋の真ん中に立つ男の剣も、同じように赤に塗れている。
真っ赤な絨毯が血を吸い込んで色に深みを増していた。
男は唇に薄い笑みをはいた。
ああ。
「何で王宮の絨毯が赤いか分かるか?」
無造作に短剣を鞘に収めて、男はそれを長椅子の上に放り投げた。
両手を広げて見せる。
元親は黙っていた。
それを分からないと取ったのか、男の笑みは深くなる。
ああ。
「血で濡れても分からないようにさ」
一々換えるのは面倒だし不経済だろう?と続ける声は艶さえ含み。
元親は一度だけ、瞼で己の眼球を覆い隠した。
それは乾いた瞳を湿すためだったのかもしれないが、生理的な反応に対する答えなんぞ元親ははなから求めていない。
右腕に握る剣を見た。
鋼からつと滴った僅かに残っていた血が、柔らかい絨毯の毛に吸い込まれ。
それはより深い赤を作るのだ。
この部屋は寒いなと、唐突に元親は思った。
首を巡らせて、この部屋の主を、己を狙う暗殺者を簡単に屠ったこの国の皇太子を見た。
「おれの立場から言わせりゃ、一人は生かしといてもらいたかったんだけどよ」
「why?」
剣を鞘に収めるかちりという金属音がよく響く。
まあ、意味のない問答だという自覚は元親にもあった。
「拷問して、黒幕を突き止めるのがおれの仕事だと思うんだがね?」
男は声を上げて笑った。
「拷問なんぞしなくても、黒幕なんざ分かり切ってる。そうだろう?」
ああそうだなと声に出さずに同意した。
この男を取り巻く全ての状況が、この男に流れる血を排除しようと動いていた。
血の繋がらぬ兄弟達。
その背後についている遠い親類。
王冠の奪還を狙う古い一族。
そして、血の繋がった、彼自身の母親。
いっそ笑えるぐらいのひどい有様だ。
ああ、きらびやかに着飾った王宮の、何と寒々しいことか。
つくづく、宮勤めの騎士なんぞになるもんじゃない。
やはり頷くのではなかった。
こんな性格の悪い、敵ばかり抱え持つ皇太子なんぞの護衛など。
元親は、もっと単純な、そう、有事の際に前線に立たされる、それだけの立場でよかったのだ。
国を守るために死を覚悟で突撃するほうがよっぽど分かりやすい。
だいたい、低い爵位出の己に、それこそ高貴な血の皆様の相手なんぞは向いていないのだ。
何て面倒くさい。
元親は頭をかいた。
「お前さ」
「あん?」
「継承権譲る気はねえの?」
不敬罪だと首を刎ねられてもおかしくない問いに、けれど男は怒らなかった。
変わりに、唇を弧に引き上げて、はっと一度息を吐き。
「ねえよ」
壮絶に、笑んだ。
「なんで?」
「ここは、おれの国だからだ」
「・・・」
「おれ一人満足に消せないようなぼんくらどもに任せておく謂われがどこにある?」
皇族に生まれた者の、上に立つことしか知らぬ男の傲慢な戯れ言。
昔の自分が聞いたなら、きっとそう断じて鼻で笑い飛ばしたであろう言葉だった。
元親は目を伏せた。
唇が、ふと緩むのが自分でも分かった。
戯れ言では片づけられない何かが、男にはある。
そのことを、いつしか自分は認めていた。
そう、自分はこの男を認めているのだ。
己を排除しようとする理不尽な全ての力へ、胸を張り正面からせせら笑うことで挑んでいるこの男を。
命を燃やして輝く光を、その瞳に見ている。
とりあえず、元親が知るいけ好かない貴族とは違う人種の男であった。
いけ好かないという点は同じではあったが。
巻き込まれてしまう。
その先を見たいと、思ってしまった。
その先にあるものが、玉座であるのか、はたまた無惨な墓場なのかは元親にも分からなかったが。
元親は顔をあげ、少し首を傾いでみせた。
苦笑する。
ああ、けれど何て寂しい顔だろう?
「お前、可愛げねえもんなあ」
「何度も言うが、お前、不敬罪って言葉知ってっか?」
「守ってやるよ」
「・・・」
男は笑みを消した怖ろしく静かな表情で元親を見返した。
元親は肩から力を抜いて、一歩、歩を進めた。
男は動かない。
もう一歩、近づく。
視線を交わらせたまま、元親は男に近づいた。
三歩手前、この男が周りに許すぎりぎりの線で、足を止める。
肌を刺すような凍えた空気。
ああ、やっぱりこの部屋は寒いぜ。
なあ?
元親は腰から剣を外して男に差し出した。
男は、元親の行動が分からないからであろう、瞳を揺らがせて、その剣を受け取った。
元親は静かに笑った。
もしかしたら、今度こそ首をはねとばされるかもしれないなと思った。
不敬罪なんて、馬鹿みたいな理由ではなく、この男の領域に足を踏み入れた愚か者として。
一歩、足を踏み出すことにためらいはなかった。
男の肩に力が入る。
全身から放たれる針のような気が突き刺さる。
一歩、距離を詰めたその場で男の瞳を真正面から見つめて。
せいぜい、偉そうな態度で。
元親は、もう一度笑ってやった。
「おれが、お前を守ってやるよ」
その日、元親の首が刎ねられることはなく。
領域を侵す者を待っていた
=あとがき=
ついに手をだしてしまった・・・・!!!
現代以外のもうほんと言い訳のしようもないパラレル!!!!
騎士です。
皇太子=筆頭 騎士=兄貴
暗殺やら裏切りやら日常茶飯事な筆頭と、第三者に無理矢理筆頭付きにされて、納得のいっていなかった爵位の低い出の兄貴。
ギラギラしてる筆頭がいいとかヌかしておきながら、ええ、や っぱり書いてみたらヘタレでした(あっはっは)
ああ〜もうホント楽しい。
自分だけが楽しいのは確実だけど楽しいんで見逃してやってください!!!!