Bill and coo
そういえば元々こいつはこの仕事にはのり気ではなかったのだということを、元親は今さらながらに思い返していた。
薄暗い路地にぽかりと空いている階段を下りたところにある安っぽいバー。
その奥のテーブルについて酒をなめている二人連れの男。
酒をなめているといっても、元親と政宗はこれでも仕事中だった。
ただし、まあ真っ当な職業とは言いにくいのは確かだ。
まずこんな場所に集まってくる人間にろくなヤツはいない。
それでも在る程度、このろくでもない空気は二人に馴染んでいたし、そのことを二人とも苦笑しながらも自覚していた。
バーにいるのは二人をいれて数える程度。
何故なら、もうすぐ夜があけ、バー自体が店を閉める時間になるからだ。
一晩中だらだらと酒をなめていたのかと振り返ると、確かにため息の一つもつきたくなるところだ。
どうせ酒を飲むならもっと旨い酒をのみにいく。
元親に輪をかけて酒にうるさい隣の男は、唇を不機嫌に引き結んだまま、いやな音をたてる木製の椅子に、だらしなく背をあずけていた。
「結局無駄足だったな」
まあそうかもしれないし、実際に元親もそう思ったのだが、そこで頷いてしまっては、一晩中待ちぼうけを食らわされた自分たちが寂しいことこの上ないと、元親はなだめるように口角を引き上げて見せた。
「たまにゃ安っぽい酒もいいじゃねえかよ」
政宗はちろりと横目で元親を見たが、すぐに視線は興味をなくしたかのように前を向く。
「この舌が馬鹿になりそうな安っぽい酒を、おれは三日ほど連続で飲んでると記憶してんだが?」
面倒くささすらまとわりつかせた声は、実際政宗の気だるげな様にひどく合っていた。
元親は困ったように目を細めて、肩をすくめてみせた。
どうやら、余計なことは言わぬ方がいいらしい。
それから何か話をするわけでもなく、政宗がいうところの舌が馬鹿になりそうな酒をなめ続けた。
そのかびくさい地下の店から出てきたのは、店の看板から光りが落ちたのと同時だった。
意図せず最後の客になった二人は、本日の売り上げに大分に貢献したことだろう。
マズイ酒だが、酒もなく一晩過ごせるわけもない。
夜明け前の薄暗い空を見上げて、政宗は舌打ちをした。
大分に苛立っているようだった。
「だからおれはあの野郎は好かねえんだよ」
何がだからなのかと、言葉にはせずに元親は目線で問うてみた。
まあ、答えはだいたい察しはついていたが。
政宗は懐から煙草の箱を取り出して、乱暴に唇に加えた。
カチリと音をたてて、ジッポで火をつける。
わずかに伏せた顔に、さらりと前髪が流れるのが見えた。
「やっすい金で面倒くせえ仕事ばっかり持ってきやがる」
「まあ、足下みられてるからなあ」
元親が気のない声でかえしたのが、政宗は気に入らないようだった。
眇めた目が向けられているのを知って、元親はもう一度、肩をすくめてみせた。
路地の壁に背をつけてもたれかかる。
「警察なんざそんなもんだろう」
分かっているなら何故その仕事を受けるのか。
しかし、政宗はその問いを唇には乗せなかった。
言っても仕方のないことだということは二人とも身にしみて分かっているのだ。
二人は、いわば情報屋だった。
客は選ばない主義で、見合った金があれば二人は動く。
だから顧客の名には、警察とマフィアの名が並んでいたりする。
ただし、二人が気にくわないと思った仕事はどれだけ金を積まれようが受けないから、まあ、正確に言えば、客は選んでいるということになるだろうが。
中でも、今二人が受けている仕事の依頼主は特殊だった。
政宗が、気にくわないと言ってはばからない人物だからだ。
元親は苦笑する。
それでも、この男が仕事を受け元親とともに動いてくれるのは、過分に元親のためであるということを知っているからだ。
元親は件の男に借りがあるのだ。
それに実際、二人が派手な仕事ぶりを発揮してもこの町に居続けていられるのは、政宗が嫌う件の男のおかげでもあった。
政宗もそこのところは分かっている。
分かっているが、それでも気にくわないものは気にくわないのだという。
「おれたちがこの町にいられるのは、まあアイツのおかげだってのも、ちょっとはあるんだ。お前が気がのらねえのも分かっけどよ、もうちょっとつきあってくれや」
政宗は鼻をならした。
唇から吐き出された白煙が、静まった空気に消えていく。
おれにも一本くれと元親が言えば、政宗は探るように元親を見た。
ヘビースモーカーの政宗とちがい、元親は普段から煙草を吸う人間ではないからだ。
元親は口の端で笑った。
「脳みそがだれてきやがったからな。ちょいと刺激をいれてやりてえのよ」
政宗は懐からひしゃげた箱を取り出した。
一本遠慮なくいただいて、元親はそれでも慣れた手つきで唇に持って行く。
その手の動きを目で追っていた政宗は、壁に左手をついて、体を元親の方へと向けた。
右手で口元にともる小さな火を守るようにすれば、元親もわずかに背をまるめて、その火種に顔を寄せる。
互いに目を伏せたそれは、口づけの距離と同じだった。
ふれ合わせているのは互いの唇ではなく、唇に加えた煙草の先であったが。
じりと火が一度明るく燃え、ふと、互いに伏せていた目を上げた。
瞬きもせずに、視線が絡む。
元親はふと、交わる目が、まるで口づけの代わりのような錯覚を覚えた。
すぐ側にある己のとは違う黒い瞳が、まるで舐めるかのように己の瞳をぬらしているような。
瞳から、体の奥へと入り込んでくるような視線の愛撫。
しかし実際は触れているのは煙草の先だけであって、手も唇も舌も何もふれ合ってはいないのだ。
脳が命令を出す前に、本能的な渇望に体は反応を示した。
往々にして、反射でことを起こすなんてことは愚の骨頂であり、何の意味もなさないことが多い。
とくに、自分たちのような生業の人間は。
二人ともそのことをわきまえていたが、今この場では本能を押さえることの方が愚の骨頂だった。
静まった路地には人の姿は互いしかなく、どうせ煙草をふかすしか出来ることがないのだから。
不機嫌を映し込んだ政宗の黒い瞳に今映っているのは、もっと単純な欲求だった。
元親の目に映り込んだ光も、同じように単純な欲求だった。
口元にあてていた煙草を持つ手が、すいと離れる。
政宗のそれから映された小さな火がじわりと揺れた。
無造作に力が抜けた元親の指は、なんの未練もなく長いままの煙草を手放した。
政宗の手が己の顔の横を通っていくのが分かった。
まるで檻のように壁に手をつくその拍子に、政宗の煙草は壁に押しつけられてその火を消した。
元親は目を伏せた。
ゆっくりと重ねられた唇に、腹の底にわき上った飢餓感が薄められていく。
薄められはしたが、満たされはしないなと元親は冷静に頭のすみで考えた。
重なっているだけじゃ足りない。
元親は薄く唇を開いた。
舌先をちろりと歯の間から覗かせれば、器用に動く政宗の舌がするりとたやすく絡め取っていった。
苦い、けれど慣れた煙草の味がした。
これがいい。
さっきより深くふれ合っている。
鼻にかかった声がこぼれれば、重なりあった男の唇がかすかに弧を描いたように思えた。
少しばかり癪に障って薄く目をあければ、そこにはさっきまで視線を絡ませていた黒が、依然としてそこにあった。
元親は目を細めた。
合わせられる目は笑んでいる。
元親は目を伏せようとせずに、そのままその黒を見返しつづけた。
ふと、今絡ませあっているのが、視線なのか舌なのか、それとももっと他の何かなのか、一瞬分からなくなる。
分からないから、取りあえずこのまま目はあけていようと元親は思った。
何であれ、絡み合っているのにはかわらないからだ。
飢餓感が満たされていく。
それが一番重要なことだった。
唐突に始まった口づけは、しばらくの間二人の影を一つに重ね、静まった路地に吐息と水音を響かせていたが、何の前触れもなく唐突に終わった。
しかし離れたのは唇だけで、視線はあいかわらず至近距離で交わったままだ。
檻のように元親を囲う腕もかわらない。
政宗の腕がふと持ち上がるのを、元親は視界の端でとらえた。
親指が濡れた唇を撫でていく。
「この町にいられなくなったら、とっとと出ていきゃいい。おれは、アンタがいりゃ、それでいいんだ」
元親は唇を緩めた。
音をたてずに笑う。
「知ってるよ」
拭っていた政宗の指をちろりと、いたずらに舐めて。
「いざとなりゃ、迷わずおれもそうするぜ? けど、よお」
元親は少しばかり眉を寄せた。
柔らかく笑う。
「いられるうちは、ここにいてえと思うんだよ」
政宗も唇でふと笑んだ。
「I know」
その声はひどく柔らかい。
元親はその声に答えるように、己の腕をさしのべて、政宗の髪をすいた。
目を伏せて、ふわりと、触れるだけのキスをした。
政宗の腕がおろされ、体が離れていく。
体を離した政宗は、先ほど舌を絡め合わせていた熱心さなど欠片もない風情で、面倒くさそうにもう一度煙草を取り出し口にくわえなおした。
元親のほうは、煙草をもう一度求めはしなかった。
十分脳に刺激はいっている。
まあ、その方法は間接的ではあったが。
煙を深く吸い込んで、政宗は己の前髪をいじくった。
「とりあえず、帰って寝ようぜ。どうせ今日も夜は張り込むんだ」
「そうだな」
気だるげに足を動かしながら、元親は一度のびをした。
取りあえず部屋にもどったら、染みついた酒と煙草とそのほかのよく分からない匂いをシャワーで洗い落とさなければ。
「おれもいい加減、旨い酒がのみてえしな」
元親がそう言えば、政宗も同意とばかりに頷いた。
頷いてそして。
「おれもいい加減、思う存分テメエにむしゃぶりつきてえぜ」
苛立ちの混じった声に、元親は思わずのどで笑った。
片腕を政宗の肩にまわして、これまた同意とばかりに頷いて。
「とっとと気兼ねなく抱き合えるように頑張ろうぜ、相棒」
それまでは何とか、まだ満たされない飢餓感を何とかごまかすしかないと、元親は内心で笑った。






=あとがき=
何事も挑戦が大切。
オリンピックはでることに意義があるんです。
チャレンジすることが大事★結果はそのあとについてくるもんですよ!!
・・・・はいそんなわけで初めてのお料理★並にぎこちない、初めてのハードボイルド。
ええ、ハードボイルドなんです目指したところは!!(必死)
こいつらがどんな仕事を請け負ってるのかなんて私も知りませんがね!(オイ)
とりあえず、この筆頭の身長は170こえれたんじゃないかと!!(そこかあああ!)