メレンゲ
出会いは、買い出しの帰り道。
坂道を歩いている際、一杯になった袋からこぼれ落ちたオレンジが転がっていった先で、元親と出会った。
元親はオレンジを拾ってくれ、それから眩しい笑顔で政宗に手渡してくれたのだ。
ドラマの設定にしても古くさすぎて使えない。
が、現実に当事者となった政宗は思った。
そんなのもう恋に落ちるしかないだろう。


そろそろ日も傾きだそうかという秋の深まった昼下がり。
店に遊びに来ていた元親のために厨房から顔をだした政宗は、カウンターについた元親の様子に驚いたように瞬いた。
「Ah,どうしたんだよ?」
「へ?な、なにが?」
「顔が赤くなったり青くなったり、かなり面白いことになってるよ?」
はい、ミルクティーと佐助がテーブルにティーカップを置くと、元親はそわそわとした様でカップを手にした。
ミルクティーと注文しておきながら、ミルクも砂糖も入れるのを忘れて口を付け、茶の渋みを感じてからしまったと顔をしかめる。
よっぽど動揺しているのだと思うが、政宗は元親のそんなうっかりなところも大変にキュートだと思う。
あらためてミルクと砂糖を入れた紅茶を、ティースプーンでぐるぐるとかき混ぜているが、どうみても混ぜすぎである。
しかし元親は顔を伏せたまま手を止めない。
何があったのか問いただそうとしたら、別のテーブルから会計の声がかかる。
佐助が笑顔で向かったので、そちらの応対は任せておいて、あらためて元親を見下ろしていると、元親のほうは何故かレジを打つ佐助のほうをちらちらと横目で伺っているではないか。
政宗は思わず内心で憮然とした。
片思いしている相手が違う男をあからさまに気にしているのである。
面白いわけがないのだが、他に客がいるなかで嫌な顔はできない。
佐助がおつりを渡している最後の客が店をでるまで、問いただすのは我慢だと政宗は何とか己の嫉妬心を宥めた。
ありがとうございました〜と佐助が笑顔を振りまくのと同じようにして、こちらも唇に微笑をはいてのお見送り。
ベルをならしながらドアがぱたりとしまった瞬間、政宗は用意しておいたメレンゲで作った焼き菓子を元親の前に置いた。
「アンタこれ気に入ってただろ」
「へ?ああ!よく覚えてんなあ」
目の前に置かれた菓子の効果は抜群で、元親は小さなそれを手にとって嬉しそうに顔を綻ばせた。
あからさまな贔屓と好意をまぶした甘いそれを、元親は純粋なサーヴィスだと思いこんでいる。
強面な見た目に反して、元親は甘いものが大好きな男だった。
「で、どうしたっていうのよチカちゃん」
レジうちから戻ってきた佐助がカウンターの中に入りながらもう一度問えば、元親は顔を上げて佐助を見、ついで政宗を見た。
そして何故か恥ずかしげに眉を寄せぱちりと瞬く。
「そのよお。おれも思うけどよ、お前ら、見目がいいだろ」
予想もしない方向からの褒め言葉に、珍しく佐助とともどもぽかんとしてしまった政宗だった。
「どうこたえたらいいもんか分かんないんだけど、それで?」
「いや、さっきの女の子たちがな、お前ら見ててさ、その、で、で…」
『で?』
きゅっと眉を寄せてティーカップをテーブルに置き、元親は言いはなった。
「できてるんじゃねえかって・・・!」
『・・・』
政宗は無言で隣を見た。
同じように佐助も政宗を見ていた。
そして同じタイミングで二人そろって肩をすくめた。
「逆立ちしてもまーくんはナイわあ」
「Ha!そりゃこっちの台詞だ、猿」
可能性の欠片も芽生える余地がない仮定であるとの認識は、それこそ以心伝心で互いに共有できたのだが、元親はそうではないらしい。
「で、でもよ、お前ら、仲いいじゃねえか」
「いや、別に仲良くもないよ?」
「一緒に店やってるし」
「ビジネスだからな」
「息ぴったりだし」
「仕事だからねえ」
「距離近いし」
「狭い店で悪かったな」
「二人とも彼女いねえし」
「チカちゃんには言われたくないんだけど」
「妙に愛想いいし!」
「Ah,客商売なんだから、愛想はいいだろ」
そう言いながら、政宗は目を細めてにやりと笑った。
たまらず甘い声がでる。
「何だHoney 焼き餅か?」
首を傾いで問うてみれば、元親は眉をつり上げた。
「ば、馬鹿野郎!そんなんじゃねえよ!」
「照れんなよ。嬉しいじゃねえか」
本心を言えば、ニヤニヤすんなと元親はますます顔を赤くして怒り、佐助は呆れたような白けたような顔を政宗に向けた。
「安心してチカちゃん。おれさま、まーくんにはそう言う意味での興味は全ッ然持ってねえから」
「な、なんでおれが安心しなきゃいけねえんだよ!」
「ああ言い方が悪かったね。んじゃ、気にしなくていいから。女の子達に騒がれるのも宣伝の一つなのよ」
「へ、宣伝?」
元親が目を丸くしたところで、来客のベルがなる。
客は女性三人の団体様。
佐助が言った宣伝とはそのままの意味。
こちとら商売で店を開けているのである。
とろけるような微笑と意図的に低めた声でお出迎え。
自分たちが女性からどんな風に見られているのかを承知の上での、これも立派なプロモーション兼サーヴィスである。
女性たちの視線が佐助に向いている間に、カウンターごし政宗は元親の耳元に唇を寄せた。
「アンタへのは宣伝用じゃねえからな」
カップに伸びていた手が震えたのに満足して、通されたオーダーを作るために政宗は厨房へと戻っていった。