パンプキン・パイの祝福
「ハッピー・ハロウィーン!!」
盛大な唱和とともに乾杯のグラスが掲げられ、魔女達の宴は始まった。
こう言うと何やら妖しげな響きが漂うが、蓋を開ければ質の悪い酔っぱらい共の無礼講である。
嫌味な口調になってしまうのは政宗が乾杯の輪からは完璧に外れているが、完璧な第三者というわけでもない
使い魔であるからだろう。
魔女も使い魔もこの場では正装でいることが求められるので、政宗もこの日は悪魔的正装である黒の衣装を身
につけ、首にはチョーカー、腕には何重にも重なったゴールドのブレスレットなんぞでキメていた。
当たり前だが、宿代である黒猫ではなく、本来の姿でだ。
所詮魔女に捕まって使い魔にされている身で着飾っても虚しい気がしないでもないが、だからといって魔女達
がうようよいる中、みすぼらしい格好でいるほうがプライドにトドメを刺されることになるだろう。
「政宗!楽しんでるかい?」
声をかけられ振り返れば、気泡のたつシャンパングラスを差し出された。
同じ使い魔仲間(というほど仲が良いわけでもない。所詮悪魔どうしなので)の慶次だった。
こちらも同じくライオンの姿ではなく、癪に障るほどの堂々とした体躯の本来の姿だ。
何故癪に障るかと言えば、見上げないと目線が全く合わないからである。
パーティだからか長い髪を纏めた髪留めが、南国の鳥のように目にうるさいほどに度派手であった。
隣の半兵衛が恐ろしいことに地味に見える。
会場をゆったりと見渡した半兵衛は、唇を小さく弧に描いてどこか安堵したように笑んだ。
「心配してたんだよ。僕に助けを求めてくるわけでもないし、どう準備してるんだかと思ったけど」
半兵衛は満足げに頷いた。
「どうやらジャックオランタンの準備は問題なく済んだようだね」
「問題なく?Ha!んなわけねえだろ!」
味わうには乱暴な様でシャンパングラスに唇をつけ、政宗は鼻を鳴らした。
年に一度のハロウィンのパーティは同門の魔女達が一同に会する盛大なものである。
祭りを彩る明かり、つまりジャック・オ・ランタンは、持ち回りで準備をする伝統だった。
そして、今年はその持ち回りが政宗の主、つまり元親にまわってきたのだった。
魔女のくせに神秘の力の研究よりも、失敗してばかりのカラクリばかりを作っている、魔女たちの間では落ち
こぼれとして有名な元親にである。
盛大な宴会の席を華やかに彩る明かりだ、準備するジャック・オ・ランタンの数は1つや2つではない。
これが半兵衛を筆頭とする極めて優秀な魔女や、もしくは普通の魔女でも、それほど大変な仕事ではない。
カボチャさえ仕入れてしまえば、あとは魔法でどうにでもしてしまえるからだ。
元親は優秀なんて言葉は夢のまた夢、普通の称号ですらおこがましい魔女である。
当然、呪文でぱぱっと作業をする、というわけにはいかなかった。
「アイツの魔法の腕はテメエもよく知ってるだろうが」
そう言えば、半兵衛はだから感心しているんだよと言った。
「よくまあちゃんと用意したもんだよ」
今、会場は煌々とした明かりで照らされている。
中央には大人ほどの大きさのお化けカボチャのランタンが鎮座している。
元親はこれらのランタンをどうやって作ったのか。
方法なんざ一つだ。
彫ったのである。
大中小のナイフを駆使して!!
加工したランタンの寿命はもって4,5日である。
つまり、この数日の間に全てのランタンを彫ったのだ。
悪魔の政宗をして悪夢と思わせる数日であった。
細工自体はそれほど難航したわけではない。
元親は何せカラクリ好きとあって手先の作業は器用にこなすし、彫り物も嫌いではない。
ナイフを使って手際よくランタンを作ってみせた。
しかし、如何せん数が数だった。
ただでさえカラクリの道具類が散乱している狭い小屋である。
できあがったランタンですぐにあふれかえった。
えぐり取った中身もあふれかえったため、小屋はカボチャの青臭い匂いが充満した。
ランタンづくりはズバリ、スピード勝負であった。
政宗はわざわざ悪魔の姿に戻ることを強要され、カボチャの下処理をしまくる羽目になった。
しかも魔法の使用を禁じられたので、手作業でだ!
「魔法でやりゃいいじゃねえか!」
「おれが魔法使わねえんだから、テメエが魔法使っちまったら何か違うだろ!」
何か違うって何がだと思ったが、政宗の主張は抹殺され、政宗は夢にカボチャをみるほどに中身をくりぬきま
くった。
大人しく手伝っていたのは抵抗したところでネコの首根っこを押さえられることが分かっていたからだ。
カボチャの下処理だけではなく、政宗はここ数日の全ての調理番をも担当していた。
ランタンの制作に全力投球をしていた元親は、何故か調理では手をぬこうと魔法を使い、盛大に野菜と鶏肉を
消し炭にした。
政宗は思わず台所を元親立ち入り禁止区域に設定し、エプロン装備で料理の腕を振るった。
はっきりいって、今日元親が乾杯の音頭を元気にとれたのは、99.9%政宗のおかげである。
そんな嵐のような日々を思い出して喉の奥で低く唸った政宗の肩を、励ますというには強すぎる力で慶次が叩
いた。
「みんなも褒めてるみたいだし、よかったじゃん!あ、パンプキンパイでもどう?取ってくるからさ!」
横を運ばれていく焼きたてのパンプキン・パイを目敏く視線で追いながらの慶次の申し出に、政宗は肩をすく
め唇を引き結ぶことで答えとした。
「おれはいい。しばらくカボチャはみたくもねえ」
慶次は、かもねと悪戯っぽく笑って同意し、んじゃまた後でと半兵衛を促しパイの用意されたテーブルへと歩
いていった。
政宗は空になったシャンパングラスをテーブルに置き、代わりには赤ワインのグラスを手に庭へと出た。
会場のなかの浮かれた空気や熱気とは打ってかわって、冬の訪れを予感させるかのように庭の空気は冷たい。
政宗が元親の使い魔になって数年経つが、今年のように忙しくしたハロウインは初めてだった。
何故悪魔の自分が、魔女たちの祭りを祝う手伝いをしているのかと思えば、自嘲がこぼれる。
政宗とて、いつまでも使い魔のまま黒猫の体に押し込められている気はない。
気はないが、いつ解放されるのかなんてことは悪魔の政宗にも分からない。
元親との生活は思っていたより悪いものではなかったが、どうにも使い魔の体は窮屈だ。
本来の姿にもどったらもどったで、魔力を自由にできないのであれば同じことだ。
自由に空を駆けていた頃はひどく遠くになってしまった。
そんなことをつらつらと考えていたら。
「ったく何で外なんかにいるんだよ、探したじゃねえか」
振り返れば、ちゃんと魔女の正装である三角帽子を被った元親がそこにいた。
同じく正装の黒いマントが夜風でふわりふわりと揺れている。
近づけば、政宗と違って元親の息がほんの少し白くなっているのが見えた。
「何か用か?」
「まあ用といや用だな」
ほれ、と元親から差し出された更に目を落として、政宗は思わず眉を寄せた。
そこにはにっくきカボチャでできた、パンプキン・パイが乗っていたからだ。
「お前の分」
「Ah,No Thank you」
あれだけカボチャまみれの日々を過ごしたならば至極真っ当な反応だと思うが、一言で断られた元親のほうは
はいそうですかと頷いてはくれなかった。
眉をつり上げて怒った。
「お前のだって言ってんだろうが!折角作って来たんだから喰えよ!」
アンタがわざわざ作ったのか?だとか、いつのまに?だとか、っていうかおれよりカボチャにまみれてたくせ
にテメエはよくパンプキン・パイを作ろうと思えたな、とかいろいろ言いたいことはあったが、辛辣な声音の
ツッコミは政宗の唇からこぼれることはなかった。
代わりに、主様自らの手により問答無用でパンプキンパイを押し込められていたので。
テメエという文句も、もごもごとした不明瞭な音にしかならない。
政宗に負けず劣らずの怖い顔で元親が睨んでくるものだから、政宗は取りあえず口の中にある邪魔なパイをさ
っさと始末することにした。
つまり、咀嚼し嚥下することだ。
さくさくとしたパイ生地を歯が突き破り、ほくほくとしたカボチャの甘みを舌が感じるころ、政宗は違和感に
思わず瞬いた。
がりと噛んだ歯が感じた、固い感触。
舌で転がせば、それは金属だとなんとなく察しがついた。
器用に残りのパイを嚥下して、異物を口の中から取り出せば。
「Ring?」
それは小ぶりな指輪であった。
おう、と元親は先ほどの凶相などなかったかのように機嫌良く胸を張った。
「ハロウイン恒例の占いだぜ。切り分けたパイから指輪がでてくりゃ、来年はハッピー、ってな!」
元親の上機嫌の意味が分からなくて、悪魔の自分がそんなものを手にする意味が分からなくて、政宗はただ間
の抜けた様で元親を見返していた。
見つめられた元親のほうはどこか照れたように顔をそらして、指で頬をかいた。
「いや、まあ今回はお前にだいぶに手伝ってもらったしよ。まだちゃんと礼言ってなかったしな」
そしてもう一度こちらに顔を向けて、あけすけに笑う。
「ありがとうな」
師匠が力込めてくれたヤツだから御利益あるぜと、未だに呆けている政宗の手から指輪をとり、元親は政宗の
小指にそれをはめた。
政宗は指輪のはまった手を目の高さに持ち上げ、思わずしげしげとそれを眺めてしまった。
自分を封じ込めた魔女の力が込められた指輪だというのに、何故か忌々しいとも不愉快だとも感じなかった。
ただ、妙な温かさがそれにはあって、金属から染みこんだ熱が体の奥底に染みこんでいくような不思議な心地
がした。
何と言葉にすべきか迷った政宗だったが、結局口にできたのはThank youというありきたりなものだった。
元親は政宗の言葉に嬉しそうに笑った。
「よし、んじゃ戻って飯くおうぜ!はやくしねえと料理もワインも残りかすばっかになっちまうからな!」
毎年凄まじい勢いで消費されるワインや料理を心配する元親に引っ張られるようにして広間へと向かう。
気付けば、政宗も笑っていた。
「アンタは結局食い気だよな」
うるせえと返した元親とともに広間に入ろうとしたとき。
そうだと元親が振り返った。
まだ言ってなかったなと顔を綻ばせる。
何をと思えば。
にかっと笑って。
「Happy Halloween!」
運を手にした悪魔をそう祝福した。