Like a princess

「なっ、んっ、で、テメエはまだ拗ねてやがんだよ。何が気にいらねえってんだ！」
いらいらとスタッカートできりながら元親は毒づいた。
「マジでそろそろ機嫌直してくれよ。この一週間テメエのことしか考えてねえっつうのによお」
台詞だけ聞けば盛大な告白のようにも聞こえるそれ。
「な、おれに気にくわねえところがあるなら言ってくれや、なおすからよ」
自分以外の相手にこんな甘ったるい譲歩をしているのだとすれば、それこそ仕置きの一つでもしてやらなければやってられないが、ほとほと情けないといった風情の声で元親が宥めてすかす相手はしかし人間ではなかった。
開発室の扉を押して入ってきた政宗に元親は気付くことはない。
甲高いプラスチックの音を響かせながら、いっそ馬鹿だろうと思うほどのスピードで一心不乱にキーボードの上で手をひらめかせている。
政宗の気配に気付いているのかいないのか。
気付いていない可能性もなきにしもあらずだが、気付いていて意識を向けない可能性のほうが高い。
つれない男である。
キーボードの音が止まり、元親はどこかやけっぱちのように両手を上げた。
「つうかこんだけ手え尽くしてどうにもならねえなら、もうどうしようもねえんじゃねえのこれ。もう仕方ないんじゃねえ？」
最後の台詞は捨て置けなくて、政宗は背後から元親の肩をがしりと抱いて左耳に唇を寄せた。
「アンタにどうしようもできねえもんはなかったんじゃねえのかＨｏｎｅｙ？」
数時間前自分に向かって元親がきった啖呵をそのまま返してやれば、元親はぬおっという奇声をあげた。そして政宗を振り返るなり眉をつり上げて、そしてその口が罵声をはく前に政宗は左手に持っていた袋を元親の顔の前にぶら下げてやる。
「What's this？」
元親はひくりと鼻を動かして、かっと目を見開いた。
「４月限定苺ワッフル！！」
「That' right　流石鼻がよく利くな」
愛のこもった差し入れを、元親は感謝の言葉もなくひったくった。
「Coffee or tea？」　
「コーヒー！」
ほれとついでにかってきた缶コーヒーを、わざわざタブをあけて置いてやる。
元親はがさがさと袋を開けて、店で温めてもらってきたワッフルをわしっと掴んだ。
そしてどこか鬼気迫ったような、それでいてほんのりと蜜の滴ったような甘い微笑を口元に刻んだ。
紅茶の缶に唇をつけながら、政宗は小さく笑った。
最高にセクシーな顔だと政宗が思うその顔は、けれど滅多にこちらに向けてくれることはない。
とろけそうな熱いため息をついて、元親は白い歯をこぼした。
そして、政宗が瞬き一つした間に、ワッフルを腹に収めてみせた。
見事な早業。瞬殺である。
二つめのワッフルも同じ運命をたどり、一気にコーヒーを流し込む様には差し入れへの有り難みも何もあったものじゃないと思うが、今が夜の１０時を越えたことやこの部屋に元親一人しかいないことを踏まえて、寛大に許してやった政宗だ。
コーヒーを流し込んだ元親は無造作に唇を拭って、そしてようやくちゃんと政宗を見た。
「ご機嫌はどうだＨｏｎｅｙ？」
にやっと笑ってそう問えば、元親もにいと唇を引き上げて笑った。
一息で答えをくれる。
「おかげさまで絶好調に最悪だっつんだ！！」
「Ａｈ，大好きなワッフル二つも腹におさめてどこが最悪だってんだ」
「お前ほんとマジで一回死ねや！」
酷い暴言であるが、政宗は首を傾いで笑って見せた。
「そいつを納品したらいくらでも。おら、脳に糖分回っただろう、とっととやれ。そろそろここのソファじゃなくて家のベットで寝たいだろ？」
「ああ寝たいね！！ふかふかベットにねてるテメエを蹴り落として高いびきで寝てえよこんちくしょう！」
元親の手は再びものすごい速さでキーボードをたたき出した。
乱暴なその音に満足して、政宗は元親の隣の椅子を引いた。
わざわざ足を伸ばして差入れを買いに行った甲斐はあったようだ。
椅子に後ろ向きに座って、政宗は紅茶を口に含んだ。
政宗がとってきた案件だ、今日中に仕上げてもらわなければ困るのである。
仕事の責任上、そして己の精神衛生上。
「今日は一緒に終電までには家に帰ろうな」
「だったら鬼畜な締め切りで仕事とってくんじゃねえよ！」
「アンタだったら出来るって信じてるからこその、強気な営業じゃねえか。この納期じゃなかったら、他のとこにかっさらわれてたぜ」
「いっそかっさらわれちまえ！」
「Ａｈ，今のは聞かなかったことにしてやるよ」
「テメエのその間違った気づかいがありがたくっていっそ笑っちまわあ！」
ははは！とやけくそのように笑いながらも、元親の手は止まらない。
どうやら先ほど唸っていた問題は解決したらしい。
素晴らしきかな糖分の力である。この調子でいけばきっと終電には間に合うはずだ。もともとチームの連中を先に帰しているあたり、殆ど完成してる証でもある。
しばらく政宗は大人しく元親が仕事をしている横顔を眺めていた。
連日の疲れが災いしてか、なんだかいつもよりぼさぼさの髪とよれたシャツ。
政宗が見立ててやったネクタイなんざとっくの昔に鞄の中に押し込められている。
はっきり言って、だらしなくときめく要素は欠片もない。
政宗は飲みきって空になった紅茶の缶を机の上に置いた。
背もたれを抱くように両腕を置きその上に顎を乗せる。
無意識に唇を弧に描いて。
「元親」
元親はこちらを向きもしなかったが、政宗は気にせず続けた。
「愛してるぜ」
キーボードの音が止む。元親は顔を政宗のほうへと巡らせた。
元親の瞳が政宗を映すのを政宗は唇に笑みをにじませたまま見ていた。
元親は政宗の言葉が確認するように一度瞬いて。
ふわりと柔らかく笑んだ。そしてまなじりをきゅっとつりあげて絶叫する。
「ヒットポイント真っ赤に削るのがテメエの愛の証か？！お前ほんと一回マジで死ねよ！！」
照れのうえでの悪態ならばキュートの一言で済むのだが、心底本心からの言葉だろう。
悪鬼のような顔で元親の手が動きを再開する。
「そりゃひでえ。おれだって色々我慢してんだぜ？」
「なにをだよ？！」
「アンタとのセックス」
「そんなこたあ、おあいこだろうが！」
間髪入れずに返された元親の声に、政宗はおや？と眉を上げた。
あいかわらず眉をしかめて、パソコンの画面を睨み付けたままの元親からの宣言は予想外。
「いいか、週末は昼はテメエの飯くって、夜はホテルでディナー！そんでそのままスイートとまるぞ」
もちろんテメエのおごりでな！！と、こちらを向き凶悪に艶やかな笑みをはいて高らかに言う。
「精々ご機嫌とってもらうからな！！」
政宗は喉を震わせもちろんと頷いた。
「傅き愛して尽くしてやるよ、姫様」
そう囁けば、政宗のたった一人の姫様は、さっきは与えてくれなかった最高にセクシーな笑みをくれたのだ。

まるでお姫様のように