キャラメリータ


火にかけたポットから穏やかな湯気だくゆっている。
湯が沸く音をBGMにしながら、半兵衛は脇に寝そべっている体温に腕を置き、半兵衛からすれば薄っぺらい本をめくっていた。
ハーブとその効能が記してあるそれは半兵衛の気に入りの一冊で、内容は全て覚えて久しいが、時間を潰したいときなどに眺めるのも気に入っている。
使い魔の慶次は、今はライオンの姿で半兵衛の隣に躯を伏せて、目の前にある砂時計を時折しっぽを揺らしながら見ている。
腕置きとなっているライオンの毛並みを、無意識に撫でながら、半兵衛は漂ってくる甘い香りに満足そうに唇を緩めた。
砂時計を確認しなくとも分かる。
もう少しで完璧な出来映えで仕上がるはずだ。
脳裏に浮かんだとある男の笑み。
まじで旨い!!とそれこそとろけるような笑顔で言う友人を思い浮かべ、
なんのかんの言ったところで、自分は友人には甘い男だと。
そう思ったところで。
「半兵衛ー、元気にしてっかあ?」
どがんという己の部屋にあるまじき騒々しい音がして遠慮もなく扉が開いた。
瞬間、半兵衛はその穏やかな相貌を凶悪に歪めて、思わず汚く舌打ちした。
隣でライオンが笑ったのが、触れた腕から伝わってきたがそんなことは気にしない。
半兵衛はお気に入りの本をばたんと閉じて立ち上がった。
歪めた顔を隠すこともなく振り返れば、先ほど脳裏に思い浮かんだ友人、もとい出来の悪い兄弟弟子の姿。
半兵衛は唇を引き結んだまま、その姿を上から下まで視線を動かし確認した。
相変わらずのよれた三角帽子。一応アイロンはあてたらしい黒いマント。
不似合いなほどにぴかぴかに磨き上げられている改造箒。
まあ、普段に比べればマシな格好であろう。
半兵衛が求める正装なんぞ求めるだけ間違っているとは承知していたので、半兵衛は軽く嘆息した。
「いきなり何のようなんだい、元親君」
にこにこと笑みを浮かべたまま、元親は用件を告げた。
「ハロウインまで泊めてくれ!」
「・・・何だって?」
「いや、あと数日でハロウインだろ?今年はちゃんと、余裕を持って、パーティにでようと思ったんだ」
魔女の癖に魔法に興味がなく、カラクリの実験にばかりうつつをぬかして、魔女たちの年に一度の集まりであるハロウインパーティの日付すらも忘れる元親である。
しかしながら、去年、遅刻をかまして、師匠連中の酒の肴がわりに罰ゲームをやらされたことがさすがにこたえたらしい。
「それはいい心がけだね」
「だろ?!でも一人で自分の家にいたらよ、今はきっちり覚えててもよお」
口ごもった元親に、半兵衛はしたり顔で頷いてやった。
「どうせまた実験を初めて、当日にはすっかり忘れてるだろうね」
「・・・おれもそう思ったんだよ。だから!!」
両手を顔の前で会わせて拝むようにして元親は再度言った。
「ハロウインまで泊めてくれ!!そんで一緒にパーティに行こうぜ」
パーティへの移動すらもこちらに便乗する気らしいが、それはまあ目をつぶっておいてやろう。
隣で慶次がのそりと体を起こして、宥めるように、からかうように半兵衛の体に立派なたてがみを寄せた。
「ちゃんと泊まる用意は持ってきたから!!」
何がちゃんとなのかは分からないが、元親は胸を張ってそう言い、肩に背負ってきた鞄を下ろした。
「パジャマだろー、替えのマントだろー、歯磨きに枕に箒改造用の工具セットだろー、あ、あと一緒に呑もうと思って持ってきたシルベリー湖畔の野いちごワイン!」
「それはいいね」
出された貢ぎ物のワインに、半兵衛の頬は幾分緩んだ。
そして最後に鞄から出されたのは、ぐったりとした黒猫一匹。
「そんでもって政宗!・・・うし、忘れもんはねえな!!」
おやまあと半兵衛は目を丸くした。
元親の使い魔となっている政宗は、普段は黒猫の姿をとっていて、どこかへ出かけるときは元親の肩の上が定位置だ。
それが見あたらないとは思っていたが、まさか荷物よろしく鞄に詰め込まれているとは。
さすがの半兵衛も同情した。
もみくちゃにされて毛羽だったぬいぐるみのようだった政宗は、ぴくりと体を震わせてよろよろと起きあがった。
気づいた元親は、何でもないように声をかける。
「お、ようやく起きたのか、政宗」
「・・・Han ようやく?」
掠れた低い声は危険な笑みを含んでいたが、まあそれも仕方ないだろう。
きらりと黒猫の体が光って、猫の代わりに黒ずくめの目つきの悪い男が現れる。
唇を弧に引き上げて、細めた金色の目で己の主人(とも思っていないのだろうが)を睨み付けた政宗は、そのまま元親の胸ぐらを掴み上げ、ある意味当然の文句をぶちまけた。
「いきなり鞄に問答無用で押し込まれて、そのまま上も下も分からねえような暴走箒で運ばれたら、ガーゴイルでも起きて逃げ出すってんだ!!!つうかそもそも人を荷物みてえに鞄に詰め込むなんぞ何考えてやがんだアンタは!!」
半兵衛からみても、当然の主張であった。
元親は五月蠅そうに顔を背けて、悪びれずに言う。
「テメエが何度起こしても起きずに、気持ちよく寝てるのが悪いんだろ?」
「確かに寝てたがな、おれはちゃんとアンタに、行かねえって返事してやっただろうが?!」
「はいそうですかって、使い魔だけ一人家に置いていけるわけねえだろうが」
「だからって」
「実際持ち上げたじてんで、テメエが起きてりゃおれも別に無理矢理鞄につっこもうなんざ思わねえよ。詰め込まれるまで気づかなかったテメエが悪いんじゃねえか」
この一言で政宗は反論を封じられたらしい。
政宗は唇の端をひくひくと痙攣させて、それはそれは悪魔らしい凶相を浮かべていたが、慣れたもので元親はびくともしない。
その様を眺めていた慶次が笑った。
「政宗は小さいからなあ。おれだとどうやっても鞄なんかには入らないけどさ」
「おれが好きで黒猫なんぞをやってるとでも思ってんのか?!」
ぎろりと目をすがめて、政宗は慶次を見下ろした。
人の姿ながら牙を剥いて吠える政宗を、欠片も気にせずに慶次はヒゲを動かして笑った。
「獣の姿も慣れれば案外快適だろ?」
のほほんとしたその言葉に、何を言っても通じないと思ったのか、政宗は舌打ちをしてそっぽを向いた。
拗ねた政宗は放っておいて、元親は笑顔で続けた。
「そんなわけだから、ハロウインまで頼むわ!!大丈夫、カラクリ弄くったりはしねえから!」
「箒の改造もだよ」
「・・・う、箒もダメか?」
上目遣いで見られても、甘い顔をするわけにはいかない。
1時間で憩いの我が家がガラクタハウスに早変わりだ。
腕を組んで顎を持ち上げ、半兵衛は言い切った。
「ダメだよ」
「・・・はい」
元親はしゅんとした様で三角帽子を取った。
隣で光りが瞬いて、ライオンから姿を変じた慶次が元親に手を差し出す。
「帽子とマント、預かるよ」
半兵衛は背を向けて台所へ向かった。
見なくても砂時計の砂は落ちきっているのだろう。
笑みを含ませた慶次の声が言う。
「そんな小さくならなくても、半兵衛は気にしてないよ」
「そ、そうか?」
火を消して、鍋の蓋をとれば、カボチャの甘い香りが広がっていく。
「丁度、おやつを作って、元親の様子を見に行こうとしてたところだから」
「へ?・・・あ、この匂い、カボチャプリンか?!」
元親の好物のカボチャプリンを4つ皿に並べて、半兵衛は背後の慶次を呼んだ。
「紅茶を入れるのを手伝ってくれないかい?」
「はいよ!」
隣に並んだ慶次を下から睨んで。
「余計なことは言わなくていいんだよ」
「悪い悪い」
にこにことした笑顔で言われても、全くもって説得力がないが、それ以上言いつのることはせずに、半兵衛は台所を後にした。
紅茶の入れ方は半兵衛仕込みだから、何の不安もない。
わくわくとテーブルについている元親と、興味はないふりをしてそっぽを向きながらもきっちり人型のままテーブルについている政宗を見て、思わず唇を緩めた。
「まあ取りあえず、お茶にしようか」




=あとがき=
ハロウイン前のイベントってことで、魔女っこ兄貴再来です(笑)
兄貴とハンベの銀髪コンビが魔女
筆頭とケージ様が悪魔で使い魔で獣
・・・っていう設定だけは妙に気に入っていまして(笑)
機会があれば書きたいなと思っています。
しかしどうにもここの魔女っこ兄貴と黒猫宗さまの間には、ラブフラグがたつ気がしねえ(爆)
一応すでに一つ屋根の下だってのに、この色気のなさはどういうことでしょうか。
そこにあえてラブフラグを建てていくことこそやりがいがあるってもんですよね!!(笑)
筆頭が黒猫におしこめられちゃったきっかけとか、
まあそのあたりを絡めつつ、
何かおっきな事件がおこったらハリ○ッド効果でラブフラグが盛大にたつんじゃないかな!と期待しています(期待?)