君はペット
どういう心境でいるのか、分からなくもないが、だからといってこの状況に甘んじているのもどうか。
元親は文句を吐くこともせずに、どうしたもんかと思案した。
じっと思案している間も、元親の置かれた状況は変わらない。
元親の置かれた状況。すぐ後ろにソファがあるのに、何故かフローリングに直に座っている。
ふと視線を動かせば、体の横に見えるのはスラックスに包まれた長い足だ。
頭はときおりぐらぐら揺れた。
何故かって?
人の頭を我が物顔で撫でている男がいるからだ。
そいつは一人ソファにじんどって、丁度手元にある元親の頭をこれでもかというほどにさっきから触りまくっているのである。
恋人同士のスキンシップというにはどこか乱暴な、甘さを感じない手つきに、普段の元親であれば早々に飽きて、その手を振り払っているだろう。
それこそ人の手を嫌うネコのように。
けれどこのときの元親は、早々に飽きて逃げ出すわけでもなく、ま文句を浴びせるわけでもなく、大人しくされるがままになっていた。いやまあ若干呆れてはいるのだが。
ことの発端は本当に些細なことだったのだ。
つい先日、友人達とつれだって動物園に行った。
大きくなってから訪れる動物園というのは、ある意味子供と同じかそれ以上にテンションがあがる場所だった。
元親もおおいにはしゃぎまくった。
元々動物は好きなのだ。
そして、元親は動物に好かれる人間だった。
さて、同じく動物たちと戯れることに実はテンションをあげている人間がいた。
元親の恋人の政宗である。
しかし元親と違うのは、この恋人は動物に全く好かれない人間だった。
小動物触れあいコーナーなんぞに行けば、元親の場合は向こうのほうから興味津々なさまで寄ってくる。
しかし、政宗の場合は体を強ばらせて逃げられる。
動物園に限らず、町中でであう散歩中の犬や野良猫の場合もそう。
極めつけはペットショップだ。
可愛らしい子犬たちが、警戒心丸出しの顔で後ずさり、店員さんから抱かせてもらおうとすれば甲高い声でなかれて暴れる。
不幸なのは、政宗が結構動物好きだというところである。
クールな外面のくせに、子犬やら子猫やらの写真をみせればめろめろになっていたり(ポーカーフェイスが鉄壁なので一見ではわからないが)
某動物番組は毎週見ていたり、捨て犬捨て猫の類を見れば眉間に皺を寄せ胸を痛める。
そういう心温まるところのある人間なのだ。
動物園とは動物たちと触れあえることを目的とした場所である。
そりゃ直接触れる動物は限られるが、それでも近くまで近づいてきてくれたりするし、最近では餌やり体験なんぞもできる。
恋人が動物に寄ってきてもらえないことを熟知していた元親は、気をきかせて、この餌やり体験に皆で参加しようと申し込んだ。
動物園の動物は人になれているし、餌というアイテムがあるのだ、政宗も動物と楽しく触れあえるだろうと。
まさか餌という絶対無敵アイテムすら役に立たないとは思わなかった。
動物たちは政宗の餌をスルーした。
元親が差し出す餌は大好評だった。
すっげえな!とテンション上がった元親が政宗に声をかければ返事がない。
あれ?と思って顔を隣に向ければ、政宗は餌を差し出したままの状態で、ただの屍になっていた。
あまりのことに元親を含め一緒にきた奴らが凍り付いたほどだ。
寂しそうにも程がある背中を宥めながら動物園を回るのに、皆で必死になった。
基本政宗には辛口な佐助でさえ、この時は優しかったほどだ。
動物園から帰ってきたあと、いきなりソファからフローリングに無理矢理座らされたときは、何かと思ったが、その手が元親の髪やら肩やらを触り始めたのにいたって、元親はその行動理由に納得したのだった。
おおいに同情していた元親は、そのまま大人しく政宗の傷心につきあっていたのだが、さすがに手持ちぶさたもいいところである。
なのでしばらく思案して、そろりと腰を浮かそうとした。
喉が渇いたのである。しかし。
「こら、勝手に逃げんなチカ」
「・・・・・・」
肩を上から押さえ込まれて引き寄せられ、逃げられないようにさりげに首に腕をからめられた。
元親はときめく代わりに脱力した。
普段この男は元親のことを『元親』と名で呼ぶ。
『チカ』だなんて可愛い愛称で呼んだことなど一度もない。
それが突然、愛称なんぞで呼び出した理由。
ここまでくれば、同情よりも呆れが大きくなる。
元親が考えていたより、動物たちに総スルーをくらった政宗の心の傷は深いらしい。元親は首だけで振り返った。
「別に逃げねえからよ。ちょっと離せ。喉乾いたんだよ」
声が乱暴にならないように気をつけたのは紛れもなく政宗への元親の愛情からだった、政宗のほうはそれで納得してはくれなかった。
「勝手にしゃべんじゃねえよ」
「・・・あ?」
「チカは本当、いい毛並みだな」
「・・・・・・」
髪をなでつけられて、元親は思わず半眼になった。
「おれは動物じゃねえんですけど」
流石に唇を引きつらせて、元親は大前提を口にした。
しかし、ソファに座った政宗は元親を上から見下ろして、顔色一つ変えずにこういった。
「おれの自慢のペットだろ」
あまりにもさも当然と言わんばかりの声色と口調で言い切りやがった恋人に
コイツと元親は声に出さずに盛大に呆れた。
「・・・ちなみに種類は?」
「サモエド」
即答された。
真っ白な毛並みとつぶらな瞳が可愛い大型犬だ。
やっぱりというかなんというか、猫ではなく犬だった。
元親はここに至って、色々諦めた。
本物のサモエドをなで回したいだろうに、元親で間に合わせていると思えば可哀想なやつだといえないこともない。
傷心の恋人を慰めるくらいはしてもいい。
元親は政宗の膝に後頭部を預けた。
政宗が驚いたように瞬いた。
元親の唇が自然と緩んだ。
動物園の動物よりもこいつのほうがよほどに可愛い。
下から政宗の顔を見上げて。
「わん」
一声なけば、政宗は目を丸くしたあと、それはそれは楽しそうにかつ上機嫌に笑って、これでもかというほどに元親の頭をぐしゃぐしゃにしてくれた。
まあ代わりにといっちゃあなんだが、夜は、ペットに発情するなんざご主人様じゃなくてただの変態だとざっくりと斬り捨て政宗の腕から抜け出して、盛大に意趣返しをさせて頂いたのだが。
=あとがき=
動物にこれでもかとスルーされる筆頭というお題を友人から投げてもらいそのまんま形にしてみた(笑)
ゴールデンは幸村なので、兄貴はサモエドで(笑)