As proud as Lucifer

その日元親は上司に呼び出しを受けた。
そこで告げられたのは、こんど来る堕天使の面倒を見ろというもの。
元親ははあと気のない返事を返すしかなかった。
確かに元天使である堕天使の面倒をみるとなると、そこらへんの下っ端悪魔では荷が重いのは確かだ。
だからといって元親に適性があるかといえば、それはまた別の話であろう。
天使の住む天界と悪魔の住む魔界は、別に人間達が思うように戦争を繰り返していがみ合っているわけではない。
そんな非生産的な在り方は大昔の話だ。今では二つの世界は友好的な身近な隣人である。
互いの国へバカンスに行くというのが、今人気の旅行コースなくらいだ。さて、そんな天界と魔界、天使と悪魔であるが、堕天使ともなるとそれはまた話が変わってくる。
堕天使とは書いて字の如く、天を堕とされた者だ。
今では天界から魔界への出向という意味で使われる言葉だが、早い話、天使の仕事不適格という烙印を押された者のことだ。
つまり、左遷、もしくはリストラ。
そんな相手の監督だなんてデリケートな仕事、どう考えても自分に向いているとは元親には思えない。
自分よりもっと適任がいるだろうと、それとなく反論を試みたが、決定事項だの一言で撃沈する。
所詮お役所仕事。上司と決定には逆らえないのである。
諦めて渡された経歴を見てみると、そこに並んでいたのは申し分ない華々しい履歴だ。
むしろこれは所謂エリートというやつではなかろうか?将来五大天使は確実!というくらいの。
そんなやつがどうして堕天使に?そう疑問に思うのは当然のことだろうが、理由は書いていなかった。
上司に聞いても、本人に会えば嫌でも分かるだろうと丸投げされた。
あまりの投げやりさに元親は呆れたが、ここで粘っても意味はないだろう。
この件にかんして、上司がやる気を全く持っていないことは嫌でも分かる。
とりあえず、じゃあ迎えにいってきますと礼をして、元親は件の元エリート天使殿を迎えにいくことにした。
その間暇つぶしもかねて、彼が堕天するに至った可能性を色々と考えていたのだが、迎えを待っていた元天使殿を目にして、元親は思わず納得した。
「Hey,いつまで待たせんだ。魔界ってところは随分と時間にルーズなんだな?」
腕を組んで門に背をもたれかけさせていた元天使、現堕天使のその男は、そう言って揶揄するように目を眇めて元親を出迎えた。
ふんぞりかえるのが普通と言わんばかりの態度。
あの経歴ならそれも頷けるのではあるが・・・。
こりゃ無理だろうと元親は思った。
内心でものすごく納得した
。天使というには男の目つきは凶悪すぎた。
態度も横柄。
プライドに凝り固まっているというよりは嫌味といったほうがいいそれ。
こりゃ天使のイメージには合わない。
印象というのは重要だ。
天使は悪魔以上にイメージ商売だからだ。
むしろこんな目つきの素晴らしい男が、何故悪魔ではなく天使になってしまったのか。
しかも華麗な経歴を重ねることができたのか。
天界の七不思議にちがいないと元親は思った。
きっと神様のお茶目な間違いだったんだなと、聞きようによってはひどいことを思って、元親は内心でうんうんと頷いていたのだ。
内心で納得しながらも、元親は時間に遅れたことを素直に詫び、そして自己紹介をした。
男は、政宗だと名乗った。
「アンタが迎えに来てくれたってことは、アンタがおれの面倒みてくれるんだよな?」
「ああ。ま、こんなとこじゃあなんだから、取りあえずどっか落ち着けるところにいこうぜ」
政宗をそう促して、元親はとりあえず場所を変えることにした。
これからの話をするにしても、こんな殺風景な場所じゃ話をする気にもなれない。
せめて旨いコーヒーが欲しいところだ。
そう思ったのだが、政宗は何故か足を動かす代わりに口を動かした。
「なあアンタ、おれの堕天の理由を知りたくはないか?」
元親は瞬いた。知りたいと言われればそりゃ知りたい。
が、何故そこで政宗が唇を引き上げて楽しげに笑うのかが分からない。
全くもって分からない。が、元親は思わず反射で返していた。
「目つきが悪すぎるからじゃねえの?」
が、政宗は怒るわけでもなく、さらりと首を傾いで元親の暴言をさらりと受け止めた。
「Ah,おれはそれをウリにしてたからいいんだよ」
「ウリになったのか」
「おれの経歴が証明だろ?」
「じゃあ何で堕天なんぞしてんだよ?お前エリートだったんだろ?」
そう問えば、政宗は唇を弧に描いた。
瞳が瞬間、思わずどきりとするほどに美しく輝くのを見た。
そのとき、元親はまるで巨大な蛇の前に立たされたような気になった。
遠い昔は神だった、今は悪魔となった怖ろしくも美しい蛇の昔話。
いつのまにやら元親の背は門に押しつけられていて、政宗の体との間に挟まれ身動きが取れない状態になっていた。
いつのまにこんなことに?!と己のそんな状況に、元親は意味の分からぬ焦りを覚えた。
舌なめずりするように、政宗は密やかな声で言う。
「犯しちゃいけねえ罪を犯したからさ」
「つ、罪?」
政宗の言葉に、元親は流石に眉をひそめた。堕天するほどの罪なんぞ、と思ったところで。
耳元に寄せられた顔。唇が笑みを刻んで元親の耳朶をかすめる。
「悪魔に惚れちまった天使なんぞ、天使としては使いもんにならねえだろ?」
「・・・は?」
元親は言葉の意味を理解しようと瞬いた。
が、いまいち頭が働かない。というか働くことを無意識に拒絶していた。
それがただ一つの逃げ道だと。
顔を上げた政宗は両腕で元親の体を囲い、その凶悪な瞳に楽しげな色を浮かべて元親を見ている。
いつのまにやら、逃げ道などどこにもなくなっていた。
やはりこいつが天使だったなんて、神様のお茶目なジョークにちがいない。
天使がこんな物騒な笑みを浮かべるかというのだ。元親は嫌な汗が背中を伝うことに気がついた。
おそらく自分にとって良くない状況になっている。
間違いない。
俄に、行けば嫌でも分かると言った上司の言葉が蘇ってきた。
今から思えば、投げやりというより、この件に関わりたくないという態度の現れのような気がした。
まさか上司はこの事態を予期していたのか?!思わず被害妄想的な考えが脳裏を駆けめぐったが、あながち間違っていないような気がした。
「天使は堕天できるが、悪魔が天にのぼってきたなんて話はきかねえからな。だったらおれがこっちに来たほうがどう考えても話が早いだろ?だから堕ちてきた」
「・・・は?」
何が『だから』なのかが分からない。
否、分かりたくない。
接続詞が全力で間違っているが、ここで指摘すれば、それこそ聞きたくもない堕天の理由を聞かされることになるだろう。
それこそ、元親が嫌がろうが何しようがお構いなしに。
ああ、けれどそれも時間の問題のような気がしてきた。
こちらを映す瞬きもしない瞳が熱を帯びて光っている。
低い掠れたような声が鼓膜を甘くとろけさせる。
体を寄せて、政宗はそれはそれは美しい、それこそ生粋の悪魔も裸足で逃げ出すような微笑を浮かべた。
「そういうわけだ。このおれを見事堕としてくれたんだ。責任はとってくれよな、Honey?」
どう考えても言いがかり以外の何物でもないのに、元親は文句を返すこともできなかった。
何故って。
堕天使殿に唇をしっかりと塞がれてしまっていたので。

***

人間の皆さん、現実ってのはこんなもんだ。
天使に夢見ちゃいけねえよ。
悪魔なんざ可愛いもんで、天使ってのは悪魔よりも質が悪い。
中でも堕天使というやつは、悪魔の手にもおえねえよ。




=あとがき=
なんか唐突に降ってきた堕天使×悪魔。
筆頭が悪魔なのはまんますぎるからいっそ天使で!!ぐらいのテンションだった(笑)
超絶ガラの悪いけれども位は高いエリート天使です。苛々しますね!!(笑)
かっるい天界と魔界のノリが結構気に入ってます。
しかしもっとシリアスにベタベタコテコテで悪魔筆頭×堕天使兄貴も超絶美味しいと思います。
堕天しちゃった天使兄貴を口説く悪魔筆頭は色んな意味で本領発揮だと思います(いい笑顔)