Flying Fools


政宗は別に捕虜にされたことについては不満はなかったが、牢屋に放り込まれているという今のこの状況には文句を言いたかった。
かび臭いじめじめしたような場所に、誰が好き好んで入っていたいと思うだろうか。
捕虜なんだから、暖かく清潔なベットなど提供されるわけもないことは承知の上での、言ってしまえば罪のない愚痴だ。
捕虜になったことについて、政宗は汚点だとかそういうふうには考えていなかった。
別に撃ち落とされたわけではないからだ。
ただ、運が悪かったとだけは思っている。
が、不運というのは重なるものなのだろう。
この牢屋には政宗以外の住人はいない。
故に、誰かの話し声も人の気配も、気の利いた音楽のひとつもない。
落ち着かないほどに静かで、ここでできる唯一の生産的なことである睡眠すらもする気にならない。
いっそ変に神経がざわつきさえして、政宗は面倒くさそうに顔をしかめた。
せめて牢番でもいれば、からかって気晴らしもできようものを。
そんなことを考えていたら、遠くから誰かの足音がした。
かつかつと石畳をたたく靴の音に、政宗は惰性で寝そべっていたベットから体を起こした。
「よお。元気そうでなによりだ」
足音はまさしく政宗の入れられている牢の格子の前で止まった。
気さくともいえる挨拶に、政宗は片眉をあげた。
こちらはベットに腰掛けているから、下から見上げる形になる。
それでもずいぶんと大きな男だった。
見上げて、政宗はおもしろそうに唇をゆがませた。
「親切なもてなしのおかげで、快適だぜ?まあ一つ言わせてもらえば、さらに音楽でもありゃ最高だったが」
捕虜とは思えない政宗の言葉に、男は楽しそうに笑った。
お世辞にも明るいとはいえない光源だったが、それでも男の顔はよく見えた。
理由はわずかな光源を反射して光る男の銀の髪のせいだろう。
白い肌にこちらを映している瞳は深い紫。
思わず口笛をふきたくなるほどの美人だ。
「そりゃ悪かった。だったらバイオリンももってきてやりゃよかったな」
「アンタ、バイオリンが弾けるのか?」
「ああ。これでもちょっとしたもんなんだぜ?」
「そりゃ是非聞かせてもらいてえもんだ」
男を政宗は知っていた。
政宗だけでなく、政宗が所属する航空部隊、いや、空をとぶものなら誰でも知っているだろう。
男の国では、ヒーロー、空の騎士。
そして、政宗たちにとっては、空の悪魔。
名前を知らないものはいない、敵国が誇るエースパイロットだ。
会話がとぎれて、呼吸みっつぶんほど静寂が支配した。
彼がこの場所に来ることにおかしな点はなかったが、理由は分からなかった。
自分が堕とした捕虜を見物にきたのだろうか?
「明日、テメエは釈放される」
突然与えられた言葉に、政宗は驚いた。
驚きを取り繕うこともせずに、瞬いて言う。
「もう保釈金がでたのか?」
「いや、おまえのところの部隊からはまだなにも言ってきてねえ。おれの勝手さ」
早い話が、職権乱用だなとあっさりと言い切る様に、政宗は盛大に呆れた。
何故かって、男の言葉に嘘も偽りも見いだせなかったからだ。
「そんなことして許されるのかよ?」
政宗が心配することではないのだが、思わず問うていた。
「気にすんな。書類上ではもともとテメエは捕虜になってねえことになってるからよ」
「Han?」
彼は一歩近づいた。
格子にそっと添えた手はまた白い。
その手がパイロットとして、いかに尊いか、政宗は身を持って知っていた。
「だってよお、テメエが初めてだったんだ」
「・・・」
引かれるように政宗は立ち上がっていた。
一歩踏み出せば、それだけで政宗は許される限界の距離まで彼に近づけた。
すなわち、格子の際まで。
「空に還る瞬間ってのを感じたのは、テメエが初めてだったんだよ」
深い紫が政宗をまっすぐに映していた。
透明な瞳だった。
騎士、悪魔。
男を表すどちらの呼び名も真実は一つだ。
多くの命を空に還して、それを映してきた瞳だった。
なのに、彼のそれは曇るどころかどこまでも冴え冴えとして澄んでいた。
そして、飲み込まれそうになるほどに静かで深かった。
彼はその瞳に一片、からかうような色をきらめかせた。
「だってのにテメエ、エンジン不調で勝手にリタイアしちまうなんざ、つれなすぎやしねえか?」
「おれだってアンタをおれのスコアにしてからリタイアしたかったぜ」
「テメエが生きててくれて、おれは本当うれしかったんだぜ?」
政宗は鼻で笑った。
「おれは敵だぜ?それを生きててくれてよかったとは、空の騎士殿らしいというべきかね?」
皮肉を言いたくなったのは、男の瞳に惹かれた照れくささ半分、もう半分は、その瞳を翳らせてみたいという意地の悪さからだった。
「おれたちは撃ち落とすのが仕事だろ?」
彼はあっさりとそうだなとうなずいた。
あっさりとうなずいて、諦観をふくんだ微笑をはく。
「おれはただ、空をとんでいたかっただけなんだがなあ・・・」
それはどこか寂しそうに見えた。
その微笑、どこか遠くを映すような目に、引き込まれた。
その言葉はきっと彼の真実だ。
そして、それはまた、政宗の真実でもあった。
あるいは、空を飛ぶ誰もの。
国のため。戦争に勝つため。
どうのこうのいいながら、結局のところ一番の理由はそれではない。
ただ、空をとんでいたかった。
魅せられてしまった。
残酷で自由な青に。
もうこの男も政宗は抜け出せやしない。
きっと一生背負っていくことになる。
「この夜の記念に、酒でもとおもったんだが、さすがに怒られてなあ」
「そりゃよかった。おれは下戸なんでね」
しゃあしゃあと嘘をはけば、男は心底残念そうに顔を眉をさげた。
「そりゃ残念だ。テメエと酒を飲めたら、楽しいと思ったんだが」
政宗は短く息を吐いて目をすがめた。
「Ha!思い出にするなら、酒なんぞよりももっといいもんがあるだろ?」
何と尋ねられるまえに、政宗は格子の間から手を伸ばしていた。
男の頬に右手を沿わせ、左手でその肩を引き寄せる。
頬やら額やらに押しつけた格子の冷たさなんかより、無理矢理奪った唇の熱のほうが鮮烈だった。
この邪魔な鉄棒さえなければ、もっと熱烈に、それこそ一夜の思い出としてふさわしい証を刻んでやるのに。
捕虜になったことについては文句はなかったが、やはり牢屋というこの場については不満だった。
唇を離して、けれども口づけの距離で政宗はささやいた。
「これでおれはアンタを忘れねえ」
低い声は、我ながら素直すぎるだろうと思うほどに、欲がにじんで掠れていた。
その気になれば、政宗の手の拘束など簡単に外せるだろうに、男は逃げることも、怒ることも、文句を言うことすらしなかった。
代わりに一度、政宗の言葉を確かめるように目を伏せた。
紫色の瞳に映りこんだ色はどこか甘く、どこか優しい。
「・・・そうだな」
吐息に乗せてささやかれた声。
「これなら確かに、おれもおまえを忘れられねえよ」
頬に触れさせていた政宗の手をとって、その手の甲に唇を落としながら、くつりと喉をふるわせて男は笑った。
「今ほど、牢屋に格子がはめられていることを恨んだことはねえぜ」
まったく、男の言うとおりだった。

***

釈放されて、基地に戻ってもやることは一緒だ。
また空にのぼって、敵の機体を撃ち落とす。
与えられた再会の機会。
待ちに待った逢瀬の瞬間。
喜びのあまり、思わず翼を翻して雲を引いた。
さあ、二人でどこまでも飛ぼうじゃないか。
誰にもじゃまの入らない世界。
空の向こう、その彼方へ。
さあランデブーといこうぜ、Honey?


We are flying fools.


=あとがき=
夏のインテで発行したパイロットもののアナザーバージョン。
こっちは「紅○豚」ではなく「天駆ける馬鹿」のWパロ色が前面ですが。
敵味方別れての格子越しのキスとか、ロマンだと思うんだけども、絵面を考えると結構大変そうである(爆)