独眼竜の右目と称される男からソレを手渡されたとき、元親は何と反応してよいものか、これまでの人生でかつてないほどに悩んだ。もともと深く考える質ではない自分を、僅かな間とはいえ、ここまで深く思考の谷に突き落とすことができた彼らには、いっそ賞賛すらしてもいい。しかし、賞賛するまえに、この手渡されたブツに対する反応を返すべきなのだろう。元親はぶ厚く、そして丁寧に綴られた書に目を落とした。見間違いではない。何度読んでみても、表に書かれた字はこう読めた。
『奥州筆頭のすすめ』
「…右目の兄さん、こりゃ何だ?」
「政宗様とお付き合いなさるうえで、是非知っていただきたいことを、この小十郎がまとめさせていただいたものです」
「……」
小十郎はどこまでも真面目な顔で事も無げに言ってみせた。ちなみに、書を差し出したときも真顔だった。確かに、元親はつい先日、奥州に乗り込んできたばかりで、政宗のことなど何も知らないに等しかった。しかしながら、元親と政宗は一度試合ったあとには、驚くほどに意気投合し、その夜の酒盛りがてら同盟まで結ぶほど、互いを気に入り認め合った仲であった。数日、奥州に滞在して、さていとまをというときに、一人元親の元へやってきた、政宗の右腕。勝手に国に乗り込み、勝手に国主である政宗と試合い、あまつさえ政宗を打ち負かした元親を相手に、文句の一つでも言いに来たのかと思えば、文句の代わりに元親に差し出されたのは、件のぶ厚い書であったのである。小十郎の堅苦しい顔では、からかってんのかと揶揄することもできない。まとう雰囲気はどう考えても、真面目であったからだ。手の込んだ冗談だと笑い飛ばすこともできずに、元親はごくりと唾を飲んでその書に視線を落とした。好奇心と怖いものみたさと不可解さの混じった、いかんともし難い複雑な気持ちで、ぺらりと書をめくってみた。十郎謹製、奥州筆頭のすすめは次のような一文ではじまっていた。

『このたびは、奥州筆頭とお付き合いくださることとなり、まことにありがとうございます』

「…」
読み進めて、元親は恐る恐る著者に尋ねた。
「な、なあ、最悪の場合死亡とか書いてあるんだけどよ」
「あくまで最悪の場合です」
「感電とか火災って…」
「政宗様は雷属性ですので」
打てば響くように返され、元親はそれ以上深く尋ねることができない。代わりに、書を読み進めていく。それは注意事項から、基本的な政宗との接し方、困ったときの対処法まで多岐にわたり説明してある、まさしく奥州筆頭取り扱い説明書とも言うべき一冊であった。一通り目を通した元親は、思わず「ウゼエっ」と思ったままの感想を口走ってしまったが、右目殿は沈黙でもって元親の素直な暴言は聞き流してくれたようだった。元親はそっと書をとじて顔を上げた。我ながら、ものすごく奇妙な顔になっている自覚があったが、目の前に佇む右目殿は相変わらず真面目な顔だった。
「政宗様は、読んで頂いたらおわかりいただけますように、非常に扱いの難しいお方ですので、是非その書に書いてあることをご留意ください」
「……」
ちなみに、と右目の口調がぐっと砕けたものになるが、続けられた言葉は最終宣告と同義だった。
「テメエはすでに政宗様にこれでもかってほどに気に入られちまったみてえだから、何もなかったことにしてそいつを突き返すのは不可能だ。テメエのほうからこの奥州へ乗り込んできたんだ。自業自得だと思って、諦めるんだな」
怖い顔で言い切ったあと、何かあれば右目まで、と付け足して、小十郎は元親のもとから立ち去ったのであった。右手にもった書の何と重いことよ。もしや小十郎は、政宗と付き合うことになった人間全てに、この書を手渡しているのであろうか。というか、こんなものを右腕に配られている国主というのも、いかがなものか。確かに主思いの立派な片腕ではあるが…。…真実、主を思ってのことだよな?ぐるぐると奥州主従の在り方というか、右目殿の主への尽くし方に頭をひねりながら、元親はがくりと項垂れた。
「っつうか、すんげえ面倒くせえんだけど」
それ以上でもそれ以下でもない元親の本音だった。本音ではあったが…。元親は諦め混じりの苦笑をこぼした。首を傾いで、手元の書に視線を落とす。
「面倒くせえけど、ま、しゃあねえか…」
実際、右目殿の言うとおり、奥州に手をだしたのは元親が先だったのだし。どうせなら。
「これに載ってない政宗も見てみたいしな?」
右目殿も対処法を知らない政宗の、元親だけの対処法を書き加えるのも一興だろう。

奥州筆頭のすすめ

初めに
1.安全上の注意
ここに表した注意事項は、お付き合いになる方々への危害や損害を未然に防止するためのものです。
奥州筆頭と良いお付き合いをしていただくための、安全に関する重要な内容ですので、お守り下さい。
明記した内容を無視して、誤った接し方をして生じた危害や損害には責任を負いかねるときがあります。ご了承ください。

警告 接し方を誤った場合、最悪の場合死亡、重傷を負うことが想定される場合。
注意 接し方を誤った場合、傷害を負うことが想定される場合。

奥州筆頭は雷属性です。
誤った接し方は感電、火災の原因となることがあります。

警告

・雨の日に母親、弟など、身内の話題をふらない。
・身長のことを言わない。
・六爪流に冷静なツッコミをいれない。

注意
・真田と比較し、その上で真田を褒めない。
・料理をしているときに邪魔をしない。
・鍋などの采配に口を出さない。
・馬飾りに冷静なツッコミをいれない。

2.各部の名前と働き
頭:戦では優れた采配をみせ、内治にも長けています。
顔:黙っていれば奥州一の男前です。
肩:左右どちらも強肩です。肩こりを知りません。
腕:締まっていますが、腕力は十分にあります。
右手:利き手です。箸の扱いが大変にうまいですが、字は少々癖が強いです。刃物の扱いは神業です。
左手:利き手ではありませんが、こちらの手でも箸は扱えます。字は書けません。
両手:刀を三本振り回せるため、握力が素晴らしいです。
胴:無駄な脂肪はまったくなく、腹筋が割れています。腰は案外がっしりとしています。
足:足の速さは一般的ですが、跳躍力があります。
声:城内、城下の女性にも魅力的と評判です。

音について
あいさつ言葉、ちょっとした感嘆の声、決めぜりふなどに、異国語が混じることがありますが、異常ではなく仕様ですのでご安心下さい。

接し方
1.できること
うまく乗せてあげれば天下も取れます。
一途です。末永く関係を持続させることができます。
金という意味の甲斐性はあります。資金面での生活の心配は一切いりません。
詩歌管弦、書画、茶の湯などの一通りの教養はもちろん、茶屋遊びなども問題なくこなします。
正月膳などの手の込んだ料理も作れます。

2.接し方
基本、大らかな広い心と温かな目で見守っていこう、という気持ちで接しましょう。
奥州筆頭は、まだ発展途上であり、天下人ではありません。
褒めて伸ばそうという姿勢で、長い目で見てあげてください。
人と接することになれていないので、表現が過剰なときがありますが、悪気はありません。
拒絶からではなく、まずは認めた上で、改善をもとめましょう。
人としての器は狭いです。
精神的負荷により容量がいっぱいになってあふれないように、気を配りましょう。
あふれてしまうと次のような不具合が現れることがあります。
・後ろ向きになり、鬱々と深く考え込み引きこもるようになる。
・癇癪を起こし、目についた兵を片っ端から稽古をつけるという名目の元使い物にならなくする。
・周りにやたらめったら喧嘩腰になる。
このようなときは、以下の対処方法を試してください。
・褒める
・宥める
・贈り物をする(即物的なものよりも、手作りなどの付加価値がついたもの)
・外出に誘う
・甘える(得意なものの教えを請うなど)
殴り合いや試合は周囲にも影響を及ぼしたり、被害が悪化したりすることもありますので、出来るだけお避けください。
改善が見られない場合は、独眼竜の右目までご連絡ください。
季節に一回は文などで近状を伝えあいましょう。
一年に数度は、互いの国へと出向き、直接顔を合わせましょう。
会話で置いてけぼりにしたりすると拗ねます。
ないがしろにならないように気をつけましょう。
奥州筆頭の内面は、実はとても繊細です。
特に、以下のような衝撃には弱いです。
・コンプレックスを指摘される。
・自信を覆される。
・孤独感
回復には少々時間がかかることもあります。
いつも奥州筆頭のことを気にかけているよというアピールをすることは非常に効果的です。
特に愛情に飢えているので、出来ることを頼んだり、甘えたりすると喜びます。


困ったときは
1.故障かな?と思ったら
部屋の隅で三角座りをする:拗ねている、もしくは落ち込んでいます。
具体的に褒めたり、二人での外出に誘ってみましょう。
放っておくと逆効果なので、なるべく側にいてあげましょう。

自嘲の笑みばかり浮かべるようになる:後ろ向きになっています。
具体的に褒め、奥州筆頭を肯定してあげましょう。
何かできることを頼んでみるのも効果的です。

無気力になり、外ばかり眺める:後ろ向きになっています。
二人での外出に誘ったり、一緒になにかをしてみましょう。

癇癪を起こす:大らかな気持ちで泰然と構えていましょう。
もしくは、周りに迷惑をかけない程度で試合をするなど、体を動かせてあげると効果的です。

目つきがさらに悪くなり、唇に皮肉げな笑みが浮かぶ:からかい混じりに軽く挑発してみましょう。

無表情になる:怒っています。心当たりがある場合は謝りましょう。
ない場合は、まずは冷静な話し合いを求めてみましょう。
もしくは右目へ連絡しましょう。

常に殺気じみた気配を纏う:下手に刺激すると逆効果です。絶対にやめましょう。
ほとぼりが冷めるまで待つか、右目に連絡しましょう。

口をきかなくなる:非があると自覚しているときは素直に謝りましょう。
非に心当たりがないときは、腰を据えて話を聞こうとする姿勢をみせ、話始めるのを根気よく待つか、右目へ連絡しましょう。
このとき、諦めて投げやりになったり、怒ったりすることは逆効果です。
絶対にやめましょう。 

顔を合わせることを拒否するようになる:心当たりがあるなら、素直に謝りましょう。
ない場合は、席を外し、少しの時間待ってみましょう。向こうから出向いてくることがあります。
もしくは右目へ連絡しましょう。


連絡先
独眼竜の右目 片倉小十郎





=あとがき=
いきなり思いたった衝動。
筆頭の取扱説明書作りたい!!!(爆)
もう思いついたらやりたくてやりたくてたまらなくなってやらかしてしまったブツ(笑)
ほんと悪ノリと衝動しかないです。
どうしてこう、筆頭で悪ふざけをするとこんなにも楽しいのでしょうかっ!(笑)
本当悪のりもいいところで、怒られるんじゃないかと内心びくついていたんですが(だったらやるなよ)
皆様お優しいかたばかりで(ほろり)
もっとやってくださいと言われたときは思わず握手を求めたくなりました(お前)
我がサークルは、皆様の優しさに支えられて活動しております。