Night breeze


煙草をひっつかんで元親はベランダに出た。
五月にしては温い、もはや夏を思わせるような空気が、覗く肌をゆるく撫でる。
上は紺色のシャツを羽織って、ボタンを一つ二つとめただけのだらしのない格好だったが、
夜だし、眼前の道路は人通りがないことを免罪符にして、肌を覗かせたまま煙草を銜える。
火を付けて、思い切り元親は煙を吸い込んだ。
わざとらしく煙を夜の空に吐き出して、手すりに腕をかけ、だらりと体を伏せる。
先ほどまで政宗とあれやこれやしていた故のけだるさが体を重くさせていたが、その重さはどこか心地よかった。
件の政宗は、ただいまシャワー中。
その隙を縫って、煙草を吸いにベランダに出てきたのである。
政宗は煙草を吸わない。
ここは元親の部屋なので、煙草も別に外で吸う必要はないのだが、政宗が部屋に来るときは、ベランダで吸うことにしている。
副流煙だとか、匂いだとか、煙草を吸う人間と吸わない人間との間には気づかいが必要だ。
政宗は、今更だろと笑うが、それでも何となく、己の部屋に政宗を呼ぶときには、ベランダで吸う癖がついてしまった。
煙草が短くなって、持ち出していたアルミの灰皿に煙草を押しつけたところで、ベランダの扉が開く音が聞こえた。
染みついた煙草と慣れ親しんだシャンプーの香りが混じり合う。
いつもは、元親の一服を邪魔することなく、大人しく部屋でくつろいでいる政宗なのに、今日は何故か違った。
さして広くもないベランダは、男が二人並ぶには滑稽だったが、
政宗は元親の隣に並ぶのではなく、後ろから元親を緩く抱きしめることを選んだ。
「匂いつくぞ」
元親の忠告はけれど拒絶ではなかった。
それが分かったのだろう、元親の腹の前で手を組んで、政宗は吐息で笑った。
「アンタの匂いなら、いくらでもつけてくれて構わねえぜ?」
吐息が項に触れて、戯れのように首筋に唇が落ちてくる。
それは別に元親の肌に痕を残すわけでも、噛みつくわけでもなく、本当に触れただけで離れていった。
そのまま腕も体も離れていきそうな気がして、元親は腹の前で組まれた政宗の手を上から押さえた。
そんな素直ともいえる元親の反応に、後ろの気配が面白そうに揺れるのが分かった。
「アンタが引きとめてくれるなんざ、珍しいな」
「うっせえよ。テメエの引き際が良すぎるからだろうが」
元親は間髪いれずに前を向いたままそう返した。
Fhun?と微かな音が空気を震わせ元親の耳に届く。
元親は目を細めて唇を突き出した。
政宗の手をとどめていた手を離して、手すりの上に乗せる。
セックスはしつこいくらいに人のことを弄くってくれるくせに、それ以外のところではこの男は結構淡泊だ。
体を重ねたあと、さらりと手を離して元親から離れていくほどに。
「遠距離恋愛で恋人が浮気しねえかどうか不安になる繊細なおれの気持ちがわかるか」
突き放すような、もしくは拗ねたかのような元親の物言いに対して、政宗は怒るわけでも、言い返すわけでもなかった。
「もちっと言い方を考えてくれたら、ぐっとくる台詞だってのに」
代わりに、苦笑を潜ませた低い声でそんな感想をこぼした。
その声は、元親の台詞を欠片も信じていないことを伝えてきたが、
実際確かに元親の本心ではなかったので、そのことについての不満はなかった。
元親を後ろから抱きしめる腕に、柔らかく力が込められる。
右腕を持ち上げ、元親の髪をすきながら、政宗が宥めるように問うてくる。
「どうした、何かあったのか?」
「・・・・・・」
その問いにはすぐに答えずに、髪をすくその手の感触に目を細める。
笑みを含んだ少し低い、柔らかな声。
髪をすく手の感触。
つかの間、腰に回された腕の力強さに浸ってみた。
何かあったといえば、あったのだと思う。
自分が埒もない言いがかりをつけて拗ねるほどには。
素直に離れていこうとする手を、留めるほどには。
しかし、それは久々に会った恋人に告げるには、あまりにも些細な、かつくだらない個人的な問題だった。
言ってしまえば、人間関係においてありがちな、罪のない愚痴だ。
遠距離恋愛中の、久しぶりの恋人との時間を、そんな愚痴で終わらせたくなかったので、代わりに元親は違う文句を吐いた。
「テメエが悪い」
「Han?」
元親は後ろにある体に体重をかけて寄りかかった。
その体は細いくせに、びくともせずに元親を受け止めてくれる。
頭を反らして政宗の肩口に頭をあずければ、すぐ側に政宗の顔が見えた。
腕を伸ばして、まっすぐな黒髪に触れる。
乾かしかたが不十分だったのか、ほんの少し湿っぽい。
眼鏡の向こうにある細められた瞳が元親を映していた。
言葉の先を促すように見つめられ、元親はわざとらしく眉を寄せてみせた。
「顔がみてえって思ったときに、すぐ会えるとこにいねえし」
「アンタからの呼び出しなら、飛んで会いに来るぜ?」
「すぐじゃねえじゃねえか。車飛ばして三時間以上だろ」
「三時間じゃおれのHoneyはすぐとは認めてくれねえか?」
「三時間はすぐじゃねえ」
無茶な要望にも政宗は呆れたりはしなかった。
代わりに元親の頬に唇を寄せてsorryと囁く。
「三時間で飛んで来るから、待っててくれよ」
一時の時間を共に過ごしたら、未練も何もなくあっさりと手を上げて帰っていく。
淡泊とはいっても、けれど政宗は情が薄いわけではなかった。
メールや電話はマメだし、それこそ会いたいのだと言えば、車で高速を飛ばして三時間の距離を、すぐに来てくれるだろうことも知っている。
だから元親のこれは完璧な我が儘で、ついでに言ってしまえば、我が儘を許してくれる恋人への甘えだった。
「珍しいな」
「ああ?」
「アンタが素直に甘えるの」
「・・・」
その声がそれこそ元親を甘やかすようだったので。
「・・・たまにはな」
素直に頷いて、元親は政宗の頭を腕で抱き寄せた。
もう片方の指は政宗のそれに絡ませて。
「だから」
今日は側にいろよ、と。
シャワーを浴びて身支度を整えたあとは、いつものようにあっさりと元親の部屋を後にするであろう男に強請ってみたのだ。
政宗は喉をふるわせて低く笑った。
笑ってそして、淡泊だけれども薄情なわけではない恋人は、深く追求もせずに、了解Honeyと元親の唇にキスをくれた。




+あとがき+
ベランダで煙草すってふてくされてる兄貴が唐突に書きたくなったんです(唐突すぎる)
オプションで煙草をつけるのはいつも筆頭なのですが、兄貴がスモーカーで筆頭が全く吸わないってのも、
それはそれで何だかトキメクんじゃない?とか頭の悪いこと考えてテンションあげてました。
筆頭が煙草をすうさいは、兄貴が吸おうが吸わまいが、全くお構いなしですが、
兄貴の場合は色々気にしてくれる紳士なんじゃないかとか(趣味)
きっと一々律儀に吸っていいかとか聞いてくれます。
かつ外だと風下に移動したりします。
紳士な兄貴に胸キュンします。
自分の部屋なのに、何故かベランダで煙草を吸うよくわからない肩身の狭さをはっきしてる兄貴がツボだったんです(笑)
あと今回は珍しく筆頭がスマートで紳士で男前で、いっそお前誰?って勢いになりました。
筆頭です。
こんな筆頭もいたのかと書いた本人がびっくりです。
某様のジャケットを着こなした眼鏡装備の気だるげ筆頭に何かを大いに刺激されたらしいです。
妙な落ち着きを装備した筆頭は、ものすっごいエロイと思います。
眼鏡万歳!!(え、眼鏡効果なのか?)
イメージ的には、二人とも大学生か大学院生ぐらいです。
兄貴がふてくされてたのは、それこそサークルの後輩がどうのこうのとか、同期が何か面倒くさい感じになってるとか、
そういう本当に埒もない、けれども結構なストレス原因になる愚痴です。
そんでもってこいつらは遠距離恋愛中です。遠距離恋愛っちゅうか、中距離恋愛?
高校は同じで付き合い初めて、大学からは違う大学、筆頭は有名大学に進学して上京、みたいな感じで一つ。
この筆頭の将来は大学教授です。
ガ○レオですか。
今回はスマートで紳士でしたが、変人です。
変態ではなく変人(大事なので二回言う)
兄貴は大学か院でたら、戦う企業戦士になります。
考え始めると結構楽しい(笑)