黒猫
政宗の部屋には猫がいる。
スレンダーな黒猫で、名前もそのまんまストレートにクロだ。
女の子なのにその名前ってどうよと言ったら、分かりやすいのが一番だろ、と愛情があるんだかないんだか、
いまいち掴みがたい返事を返した。
政宗の部屋に出入りするようになって久しくたつが、このクロちゃんは一向に元親に懐いてくれない。
佐助や幸村といった他のヤツにはほどよく懐いているのに、元親にだけは何故か懐かない。
「おれ、猫受けは結構いいんだけどな」
元親の言葉は嘘ではなく、野良猫に対しての受けは非常にいい。
猫に限らず、元親は犬にも懐かれる。
散歩中の犬やその飼い主と、一度きりのコミュニケーションをよくとっている。
なので、元親は少々自信を傷つけられていた。
動物と仲良くなるのは、得意だと思っていたので。
クロを膝のうえにのせた政宗は喉で笑う。
「こいつは気位が高いんだよ。テメエの相手なんぞできねえとさ」
「ぜってえ嘘だろ」
「飼い主のおれが言うんだ、嘘じゃねえだろ」
元親がじいっと見ていることに気づいたのか、膝で大人しくしていたクロは、体を伸ばして政宗の腕にするりとその体をすり寄せた。
その体を政宗は二度撫でてやった。
じゃれるように顔を手のひらにすり寄せ。
政宗は慣れた仕草でその小さな体を片腕で抱き上げる。
クロは一度小さく鳴いて、大人しく政宗の腕に収まっていた。
宥めるように寄せる政宗の顔はどこか優しく。
元親はふいと顔を背けた。
けれど、結局気になって目だけを寄越す。
顔を伏せてクロを見つめている目は、さっきまでは自分を映していたもの。
クロを撫でるその手は、まだ今日は一度も自分に触れていない手のひら。
戯れに寄せられた唇が柔らかいことを知っている。
何故か顔に血の気がのぼる。
クロは一度甘える声で鳴いた。
思わず顔を上げれば、一瞬、ダークグレイの瞳がこちらをみているような気がした。
元親はわざと乱暴に背を向けた。
何故自分にだけクロが懐かないのか、なんて。
クロは気位が高いからと政宗は言う。
それはまさしく正しい。
けれど、お前は猫じゃねえか。
所詮、政宗は己の飼い猫としてクロに愛情を注いでいるのであって、それはお前が欲しがってる愛情じゃねえんだと、
心の中で負け惜しみににた啖呵を吐いた。
そう、クロは自分のことが気に入らないのだろう。
たびたび現れては、政宗との時間に割り込んでくる元親が。
けれど、言わせてもらえば、それは元親も同じだ。
何せ、政宗の部屋では、クロはれっきとした住人なのであって、元親はただの部外者でしかない。
ほら今も。
元親が背を向けているというのに、この家の主人は見向きもしない。
すり寄せるその黒い暖かい体を撫でている。
元親にはすげない言葉を返すくせに、クロの言葉ではない一声に、呼んでいた雑誌を膝において構ってやっている。
ここから導き出される結論は、元親にとっては腹が立つこと以外のなにものでもない。


つまり。


政宗は。


自分よりも。


猫のほうがよいのかと。


クロは元親にだけ懐かない。
それをいうなら、元親も同じだ。
可愛いなあと伸ばす手をすり抜けて、その毛並みに触れさせてもらったことは一度もなく。
いつも伸ばした手を笑うかのように、政宗の手の中に収まる。
お前もおれのことが気に入らないようだけれど、おれだって、お前のことは気に入らないんだと。
そう唇にだしてしまいそうになる。
これほど分かりやすく背を向けて座っているというのに、政宗は元親に声をかけもしない。
ああそうかそうか、おれよりやっぱり猫のほうがいいんだろう。
そりゃクロのほうが毛並みはいいし手触りもいいもんなあ。
けど、部屋に呼んだのはお前のほうからではなかったか。
元親は顔だけで振り返った。
政宗は、相変わらずクロとじゃれていた。
「政宗」
「なんだよ?」
顔を上げもしない。
元親は唇をひき結んだ。
無意識に手を握りしめていた。
頭の中を瞬間熱が走り抜け。
「・・・帰るわ」
床を踏みならすようにして立ち上がったのはわざと。
けれど、それで引き寄せることができたものは何もなかった。
顔も向けずに、そうかよと一言。
腕の中には、相変わらずある小さな体。
かっと顔が火で燃えた。
「テメエは一生猫とじゃれてろ!!」
そう捨てぜりふを吐いて玄関へ走る。
顔はどこまでも熱くほてって、頭はがんがんした。
悔しいとか、馬鹿にしてんのかとか、色々言葉は飛び交っている。
肺が熱で痛んだ。
目の奥が熱い。
一つの事実が胸にある。


自分は、猫に嫉妬した。


そして、結局、自分は選んでもらっていない。


いっそ笑い出したい衝動に駆られる。
乱暴にくつに足をつっこんで、ドアノブをまわしたが、がちゃがちゃと音をさせるだけで、ドアは一向に開かない。
この上扉まで自分を馬鹿にするのか、と扉を蹴りつけようとしたところへ。
背中に気配。
後ろから容赦なく抱き込まれて、とっさに暴れてやろうかと歯をかむが。
宥めるように首筋に触れる唇の温みに、いとも簡単にその力を奪われる。
くっくと意地の悪い笑みが耳をつく。
「お前、本当にいつまでたっても、ドアの開け方も覚えられねえんだなあ」
人様の部屋のオートロックの開け方など、普段意識して見ていないのだから、そんなことを言われる謂われはない。
「帰るっつってんだろ、離せ」
「本当に、離して欲しいのか?」
笑みを混じらせたその態度に、はらわたが煮え立つかと思った。
「さっさと手え離せよ。クロちゃんが寂しがってんじゃねえの?」
「お前は?」
耳に唇を触れさせながら政宗は問うた。
「お前は、寂しくねえのか?」
耳たぶを甘噛みされ、体がざわりと騒ぎ出す。
ああ、寂しくねえのか、なんて。
そんなことは聞かなくても分かっているはずではないのか。
「クロはおれが部屋に行くまで大人しく待ってるぜ」
だからこちらにも大人しく待っていろとでも言いたいのか。
「待つのは嫌いなんだよ」
吐き捨てた言葉は、けれど何故か掠れていて。
「知ってる」
「知ってんだったら!」
腕の中で体を反転させ、元親は政宗を睨め付けた。
「とっととおれに構えってんだ!!」
政宗は唇を引き上げて笑った。
「素直にそう言やいいんだよ」
こんな恥ずかしい台詞、面と向かってそうそう言えるかと、文句を吐こうとした唇は、容赦のない政宗の唇でふさがれた。
離した濡れた唇をぺろりと舐めて、政宗は元親の頭を抱き寄せた。
その手で元親の髪をすきながら、喉を震わせて笑う。
「だからテメエを部屋によぶのはやめらんねえ」
元親は政宗の体に腕をまわしながら、目を閉じた。
「・・・ちくしょ」
最悪だ。
ほだされてあっさりと足を止めてしまう自分が。
そして何より。
分かってても呼ばれれば素直に部屋にきてしまう自分が最悪だった。




=あとがき=
にゃんこのいる生活。
黒猫と政宗さまってなんか絵面が
エロイと思うんですがどうですか。
思わず兄貴も嫉妬しちゃうラブラブっぷりとさらりさらっとやっちゃってくれる筆頭。
筆頭は分かっててやってますからね。
もちろん、クロちゃんのことは普通にかわいがってますが、兄貴のまえではわざとらしいくらいにべたべたするよ。
兄貴がヤキモキしてるのをみて
ほくそえんでるんですよ。
最低★
友人家のドアの開け方が分からないのは私です。
だって普通じっと見ないじゃない。
それが一人じゃないあたりがもうなんかフォロー不可な気もするが。