ビフォア・ハロウインナイト

元親は凝り性だ。
魔女仲間にも呆れるほどの凝り性で、はまってしまうと時間も寝食も忘れてのめり込んでしまう質なのである。
この日も余念のないからくりの実験にいそしんでいた。
魔法の、ではない。からくりの実験だ。
魔女(ちなみに男であってもこう言い表すしきたりなのだ)なのに元親は魔法にはあまり興味はなかった。
ならば何故魔女なんぞという肩書きを背負っているかと言えば、まあ悪しき世襲制の習わしというか、
義理と人情というか、様々な事情が絡み合っての結果だ。
魔法には興味はなかったが、元親は箒にのることだけは気に入っていたので、そこそこ今の生活に満足はしていた。
「おっしゃ今度こそ完璧だ!!」
雄叫びをあげると、ごちゃごちゃとした器具を並べている棚の上で、一匹の黒猫が下ろしていた瞼を物憂げにうっすらと持ち上げた。
そのままどこか面倒くさそうにあくびをする。
あくびをして、黒猫は金色に光る目を細くし、さも呆れたような顔で元親を見下ろした。
「今度こそ、ねえ?」
「ああ今度こそ間違いねえ!」
この喋る黒猫が元親の唯一の同居人である。
生意気な黒猫に見えるが、ただの黒猫ではない。
「また爆発して動かなくなるに一票」
「うっせえぞ政宗!」
猫の癖に器用に肩をすくめて、政宗はまた目を閉じた。
しかし、元親がスイッチをいれたところで。
ボンと小気味よい爆発音。
立ち上る白い煙と、無惨にショートしたからくりの残骸。
ひゅうと口笛が聞こえた。
出所は黒猫の政宗である。
黒猫の癖に、と内心で八つ当たり気味に毒づくが、あまりその文句に意味はない。
黒猫とはいいながら、政宗は普通の猫ではない。
政宗は元親の使い魔だ。
その正体は悪魔の一族で、普段は猫に封じられているのである。
何故そんな間抜けなことになっているのかというのは地雷なので聞いてはいけない。
ここだけの話、悪さをして調子にのっているところを、上級の魔女にとらえられて罰として猫の身体に押し込められているのだ。
ちなみにとらえたのは元親の師匠にあたる魔女で、お前が面倒見ろといって押しつけられたのである。
腐っても、猫の身体に封じられているといっても悪魔。
なので、この状態でも小さな魔法は使えるため、使い魔としてともにいるのだ。
政宗は不謹慎に口笛を吹いたその口をひらいて、楽しそうな声で、ほらみろと言った。
「何でだ?!今回は絶対うまくいくと思ったのによお!」
元親は悔しそうに頭をかきむしった。
政宗が身体を起こして、棚の上から元親の頭の肩に飛び移り、わざとらしく耳元をすり抜けるようにして腕の間に身体を通す。
「相変わらず見事なクラッシャーの腕じゃねえか」
嫌味な口調に思わずこんにゃろうと、その首根っこを掴んでやろうとしたところで。
唐突に、バタンと大きな音を立てて木の扉が左右に開いた。
思わず元親は固まった。
政宗はその間にさっと机の上へと逃れている。
扉のところに仁王立ちに立っている見慣れたシルエット。
魔女のフォーマルである黒マントに黒の三角帽子。
そしてここからは個人の趣味嗜好ファッションセンスの問題なのだが。
ホットパンツにニーブーツという格好をした男の知り合いは一人しかいない。
眉間に皺を刻んで、腕組みをして訪問者は元親の姿を認めると、その目を一層細くした。
後ろには大きなライオンを従えてのその姿はなかなかの迫力だ。
「は、半兵衛?どしたんだよいきなり」
「いきなり?いきなりだって?」
半兵衛は片眉をはね上げて声を大きくした。
無条件に元親はうっと肩をすくめた。
この友人兼弟子仲間に睨め付けられると理由も分からず自分が悪い気持ちになってくる。
何て言うか、尋問されているような気持ちになるのだ。
なので、元親は反射的に何か自分は友人の気に触るようなことをしたのかと記憶を検索した。
別にここ最近は大人しくしていたつもりだ。
師匠に呼び出されてもいないしと考えて、はっとした。
思わずこめかみから冷や汗が流れて、ぎこちなく首を隣に向けた。
机の上に座っている政宗に問いかける。
「な、なあ今日って何日だっけ?」
政宗はさらりと答えを返してくれた。
「31日だぜ」
「!!!!」
やっちまった!!と元親は声に出さずに絶叫した。
固まった元親の反応に、半兵衛は全てを察したのだろう。
氷のように冷えた視線が元親に突き刺さる。
「・・・その反応はやっぱり忘れていたんだね?」
「・・・・・・」
今日は10月31日。
人間社会風にいえば、ハロウインというやつで。
この日は毎年、師匠の門下、つまり魔女仲間たちが年に一回全員集う特別な日なのである。
元親にももちろん、招待状が届いていたし、毎年のことだからちゃんとカレンダーにもでっかく赤丸をつけておいた。
おいたのだが・・・。
カレンダーなんぞ実験に夢中になっている元親が見るはずもなかったのだ。
元親は思わず隣の政宗を恨めしそうな目で見た。
「お前、分かってるなら言えよ!!」
「Why?」
さらっと流し目を寄越されて、元親はどもった。
「ホワイって」
「楽しそうにからくり作りにいそしむお前の邪魔をしちゃ可哀想だっていうおれなりの気遣いをしてやったってのに」
絶対気遣いじゃないわざとだそうに違いない、と元親は確信した。
「からくりだって?」
しかし政宗を睨んでいた元親は、部屋に入ってきたトーンの上がった半兵衛の声に慌てて振り返って両手を挙げた。
降参のポーズだ。
「いや、別に忘れてたわけじゃねえって!
ちゃんと覚えてたんだけどよ、ちょっと時期が悪かったっつうか」
さりげに横歩きをして、机の上のからくりだったブツを隠そうとしたが、
半兵衛はごまかされてはくれなかった。
机の上を一瞥して、わざとらしく大きなため息を吐き、首を左右に振る。
後ろからついてきたライオンが机の上に鼻をもちあげ、くんくんと匂いをかいでいた。
馬鹿にしたようにその様を見ていた政宗を、次の瞬間ライオンはその大きな口をかばりと開けて。
「あ」
「おや?」
ぱくりとライオンは黒猫の頭から、体上半分をぱくりとその口の中に収めていた。
「NOOOOOOO!!」
ライオンの口の中から政宗の絶叫が聞こえた。
「慶次くん、変なものを食べたらお腹を壊すっていつも言っているだろう?」
口元をもごもごとさせたまま、ライオンはヒゲを動かして笑ったようだ。
ちなみにこのライオン、慶次は半兵衛の使い魔である。
笑った拍子に大きな口からころんと吐き出された政宗は、頭をぶるぶると振って、猫とは思えないほどの凶相を浮かべて牙を剥いた。
「いやー思わず食べたくなるほど可愛いからさあ」
「殺す!!!」
「無理だからやめとけ」
体を膨らませて威嚇する政宗を元親は慌てて抱き上げた。
こんな成りでも一応魔法は使えるのだ、部屋の中で暴れられたらかなわない。
ライオンはその大きな口を引き上げて豪快に笑ったあと、一声吠えた。
それは呪文だ。
きらりとした光が慶次を包んだ。
ライオンのかわりにそこに現れたのは、一人の青年だった。
背の高い青年を見上げて、半兵衛は呆れたように腕を組んだ。
「まったく、キミは自分も猫科のくせに、猫が好きだね」
「自分がデカイからさあ、ちっちゃいヤツを見ると可愛くて可愛くて」
「Shut up!」
負けじと元親が抱えていた胸元でもきらりと光が瞬いて、慌てて元親は手を離した。
これまた当たり前のように現れた男の姿。
使い魔な二人は普段は宿主(つまりライオンだとか猫だとか)の姿で生活しているが、本来の人型に戻ることも自由にできるのだ。
しかし、慶次のほうは知らないが、政宗の場合は、人型になると、力の大半を人型の維持に取られてしまうので、魔法が全く使えなくなってしまうのだった。
だから嫌々とはいえ、基本は政宗は黒猫として生活しているのである。
慶次のほうは悪びれなくにこにことした笑みを浮かべているが、対する政宗は慶次の胸ぐらを掴んで射殺しそうな目で慶次を睨み付けた。
元親は慌てて政宗の肩を後ろからひっぱって、そのまま腕を抱え込むようにして二人を引きはがした。
「待て待て政宗!今はそれどころじゃねえんだよ!」
そう!今は喧嘩をしている場合ではないのである。
半兵衛は深く頷いた。
「言っておくけど、毎年の罰ゲームに代わりはないからね」
「げ・・・」
一年に一度の無礼講なのである。
一番最後にやってきたものにかせられる恒例の罰ゲーム。
元親は頬を引きつらせた。
誰が好き好んで、質の悪い酔っぱらい連中を楽しませる酒の肴になりたいだろうか。
元親はあっさりと政宗を手放して部屋の奥に駆け込んだ。
「おい、政宗!暢気にじゃれてんじゃねえ!この間メンテした箒だせ!全速力で飛ぶぞ!!」
魔女としてのフォーマルである三角帽子を頭にかぶり、マントを乱暴にはおる。
元親の勢いに押されたのか、政宗はちっと舌打ちをして一度慶次をぎろりと睨んだが、大人しく箒を取りに行った。
マントを羽織った元親を半兵衛はじっくりと眺めた。
「まあキミのマントにアイロンがあてられていることは期待していないよ」
いつもながら容赦なく厳しいファッションチェックだ。
半兵衛が隣の慶次を振り仰ぐ。
あげられる獣の咆吼がカウントダウン開始の合図。
「Hey,元親!」
政宗に手渡された箒を持って助走を付け、そのまま箒にまたがって、外に出ると同時に飛び立った。
「政宗!!」
一度空を旋回して地面をすれすれに飛べば、黒猫の姿にもどった政宗が肩に飛び乗ってくる。
よし、と元親は腹に気合いを入れた。
「ま、頑張ってくれたまえ」
ライオンの背に横乗りして併走していた半兵衛が応援とも言えない言葉をくれる。
そしておもむろに腕を突き出して、指で円を描く。
「あ、ズリイ!」
思わず元親は声を上げた。
ライオンが疾走する先に現れた光の輪は、繋がれた空間の入り口。
早い話がワープホールみたいなものだ。
ズルイというなら自分も使えばいいだけの話で、それこそ遅刻だ何だのと慌てる必要もないのだが、空間を繋げる魔法は、元親は使えないのだ。
光に消える瞬間、綺麗な笑みを浮かべて半兵衛は優雅に手を上げて挨拶に代えた。
「じゃあ僕はお先に」
「あーっっ!!」
あわよくば便乗してやろうとした元親の鼻の先で光は無情にも消えさった。
箒の上で元親は悔し紛れに頭をがしがしとかいた。
「くっそお!なんであんな格好してるヤツが使えておれには使えねえんだよ!!」
「アンタ魔法のセンスねえからなあ」
「しみじみと言うんじゃねえ分かってるよ!!」
「試しにアンタもあの格好してみたらどうだ?形から入るってことで効果有りかもしれねえぜ?」
「面白くもねえ冗談言ってる場合じゃねえっつってんだろ!
だいたいアイツが怖ろしいことに着こなしちまってるのは、ありゃアイツだけの才能だ。
おれにはねえ。ねえし、いらねえ!」
「おれは似合うと思うぜ?」
「言ってろドスケベ!」
言い合っている間にもどんどんと元親は箒のスピードをあげた。
魔法のセンスはないと周りから太鼓判を押されている元親だったが、
飛行術だけは別だった。
その技術もさることながら、箒自体も特別性なのだ。
そう、元親にとって箒の改造は趣味なのである。
このときも独自につけたブースト機能にものをいわせ、猛スピードで空を疾走開始。
箒なのに火を吹き上げているため、空には白い筋ができている。
めまぐるしく元親の頭の中で時間と距離が計算されている。
が、結局計算なんて関係ないのだ。
「振り落とされんなよ、政宗!」
「誰に言ってる?」
肩につかまった政宗がにやりと笑って返すのを視界の端で認めて、
元親はも唇を引き上げた。
箒を握る手に力を入れて。
「うっしゃ行っくぜー!!!!」
余計なことを考えずに出来る限りの全速で飛んでいくのみだ。





+あとがき+
ツッコミポイント
・色白ホットパンツ
・魔女の無理アル扱い
・黒猫宗様
・魔女なくせに魔法が使えない兄貴
・やはりからくり改造が好きな兄貴
・ライオン慶次様(趣味!)

ちなみに使い魔筆頭と魔女っこ兄貴はデキてません。
どっちも度天然な気がするんですなんか。
筆頭は筆頭で、人間相手を好きになるとかありえなくね?とか思ってて無自覚でございますし、
兄貴のほうは兄貴の方で、普段ただの口の悪い黒猫じゃねえかドキっとするとかおかしくね?という状態。
いやそもそもドキ★の自覚があるのかすら(あああ)