世の中に 絶えて桜のなかりせば
別に花見をしようと出てきたわけではなかった。
ただいい天気だったというのと散歩が重なったら、いつのまにやら見事な桜を見つけて。
なら昼寝ついでに花見といこうかと。単純なまでの思考回路で、二人で桜の木のしたでくつろいでいる。
今頃城は主を捜して大騒ぎだろうが、ここは思わず笑みがこぼれるほどに穏やかだ。
鳥のさえずりと、時折混じる風の音。
「酒でも持ってくりゃよかったな」
仕事を放り出して一緒に城を抜け出した政宗は、機嫌良さそうに目を細めて垂れ下がる桜を見ていた。
元親は早々に寝そべっていたわけだが、政宗は片膝を立てて腰を下ろしていた。
「仕事さぼって酒まで持ち出してたら、さすがの右目の兄さんもぶちきれたんじゃねえ?」
「小言じゃすまねえな。確実に正座させられて説教だ」
「とばっちり喰うのはごめんだぜ」
「アンタ正座苦手だもんなあ」
「テメエもだろうがよ」
横目で返されるからかいの声に間をおかず言い返して、ふと元親は口角を緩めた。
視界にはらりと散る色。「ま、酒はなくてもこれだけ見事な桜だ」
風が吹く。
空に薄紅色の流れる河が出来た。
唇で思わず笑んだ。
「酒がありゃ、酔いすぎちまわあ」
政宗は面白そうに喉で笑った。
「アンタにしちゃ、えらく、艶っぽい言い回しだな」
目を眇めて見下ろすその笑みが。
それこそえらく艶っぽかったので。
元親は小さく笑って手をのべた。
答えるように傾けられた政宗の身体。
その首に伸ばした右腕を回してそのまま引き寄せれば、政宗は元親の身体に覆い被さるようにして身体を伏せた。
右腕を丁度こちらの顔の横に置いて支えにし、真上から元親を見下ろしている。
左手が髪を戯れのように梳いて、頬に触れた。
目を細めて政宗は笑う。
「花に酔ったか?」
視界の向こう、男が背負う淡いけれど目もくらむような河の色。
目を閉じ男の後ろ頭を引き寄せながら、唇が触れあうその僅かな隙間で、元親は笑った。
「お前、いい男だなあ」
そう、花に酔った。
馬鹿みたいに素直になるのにはぴったりな理由だ。
離れた唇が問うた。
「What?」
どうやら政宗の耳には聞こえなかったらしい。
しかしながらもう一度繰り返すほどに自分は素直な人間ではない。
だからひそやかに笑って返してやった。
「花に酔ったと言ったのさ」
空気すら染めてしまいそうなほどに烟る桜花の中で笑む男。
そう、花とお前に酔ったのだ。