+ハニーディップ+


「っつ・・・」
顔を思わず顔をしかめれば、向かいに座る政宗は怪訝そうな顔をしてどうしたと聞いた。
それには答えずに、元親は眉根を寄せて、舌で己の口の中をさぐる。
その舌先に、にわかに主張し始めた炎症。
「ちっきしょ、口内炎」
「どこだよ」
問われて、元親はてっとりばやく、ん、と舌先をつきだして見せた。
この些細な、けれどもどうにも気になる痛みを余人に主張したくなる心理は何なんだろう。
「Ah〜確かに。赤くなってやがんな」
「だろ?!ったくいきなりだぜ」
「ビタミン不足なんじゃねえか?野菜喰えよ」
「喰ってるよ!テメエと一緒にすんな!」
えらそうに言ってくれてるコイツにだけは言われたくない台詞である。
一度気になってしまうととことん意識に上る嫌な痛み。
顔をしかめっぱなしだったからか、政宗は問題を解いていた手を止めて立ち上がった。
向かった先はキッチンで、何だと思いながら姿を追っていると、政宗はこぶりな瓶を手に持って戻ってきた。
「何だあ、それ?」
瓶の中にあるのは黄金色。
「Honey」
言われ慣れて久しい単語だが、珍しく、というか初めて正当な場面で使われた単語だった。
「・・・何でハチミツ?」
「口内炎に効くらしいぜ?」
「へえ」
披露された生活の知恵に感心して相づちをうっていると、政宗は元親の椅子の横に来て言った。
「上向いて口開けろ」
言ったというかそれはもはや横柄な命令だ。
元親は瞬時には状況を理解できずに、ただ言われたように上向いて口をぽかんと開いていた。
いやしかしこれは、政宗の偉そうな言葉に素直にしたがったわけではなく、自分は椅子に座っているので、政宗に視線をやろうと思えば自然と上向きになってしまっただけで、
そしてこの状況が理解できずにぼけっとしたら口が勝手に開いてしまっただけなのだ。
「何で・・・っっんぐ?!」
ハチミツの小瓶の蓋が無造作にテーブルに置かれる乾いた音。
ついで、その長い指を黄金色に絡ませて。
政宗は、何の説明もなしに、元親の口腔内にハチミツを絡ませた人差し指をつっこんだ。
どうやら直々に、ハチミツを塗ってくださろうということらしいが。
まず口で言えよっていうかそもそも自分で塗るわ!と声にならない文句は色々あった。
が、実際口の中に指をつっこまれてしまっているこの状況では、そんなツッコミは無意味だった。
「いひゃっ」
「大人しくしてろよ、Honey?動くと肝心なところに塗れねえだろ?」
痛い舌先に無造作に触れておいてよくも言う。
思わず顔を横に向けようとしたら、空いた左手で顎を掴まれ首を仰け反るように更に上向きにされた。
「っは」
「動くなっつっただろうが?」
そうは言っても痛いのだから仕方ない。
許された逃げは、舌をひっこめることだけだったが。
「!」
唇をこじ開けて、遠慮の欠片もなく親指と中指までが侵入してくる。
逃げをうつ舌を容赦なくその指で挟み込むようにして、ざらりとした親指が熱を持つそこを撫でた。
瞬間、鈍く響いていた痛みが脳天に駆け抜けて、思わず無体を仕掛ける男の服の裾を引っ張った。
抵抗にもなってやしないが、これが元親の今現在できる主張だった。
だいたい、喉を晒して上向いているこの状態自体が、つらい体勢である。
目じりが何だか潤んだような気がするのは気のせいではない。
無言の抗議に気づいたのか、政宗はわざとらしくああと頷いて指を引き抜いた。
「っけほっ・・・テメエ・・・」
「Ah,sorry 親指にはハチミツつけてなかった」
「ちっげえよ!おれは・・・!」
そもそも塗ってもらう必要なんて欠片もない、という根本的な抗議を口にする前に。
またしてもそれは遮られてしまった。
口腔内に侵入した三本の指によって、だ。
唇をこじ開けたときに掠めたハチミツが、唇に僅かにまとわりついている。
人差し指と中指で舌を挟み込んで。
こんどはぬるりと湿った指が丁寧に舌先をたどっている。
一度では飽きたらず、折り返して二度。
もう一度言うが、そこはあくまで口内炎の炎症ができている、いわば患部である。
そう丹念に弄られたくなどない場所なのだ。
呼吸の仕方も不自然で、何度かえづくように呼気を吐いた。
そのたび、目の端から生理的に溢れた涙が滴となってこぼれる。
潤む視界をクリアにしようと瞬いた。
眉を寄せて、目を眇める。
そのクリアになった視界に映る、己を見下ろす男の顔。

目を細めて、微かに弧を描く質の悪い唇。


何て楽しそうな面。


そうだ、こいつはこういう男だった。
人の痛みを己の楽しみにかえる、極悪な男である。
そもそも、そんなコイツの前で、口内炎が出来たなどとこぼすべきではなかったのだ。
無防備に、言われるままに舌を見せた自分の何と浅はかなことよ。
今さら嘆いたとて後の祭りもいいところだったが。
だいたい舌というものは、口内炎があろうとなかろうと、元々敏感な部位だ。
そんなところをしつこく弄くられてみろ。
元々もってる痛みと、何だかよく分からない感覚で頭がぼうっとしてくる。
よく分からない感覚とは言ってるが、本当は分かってる。
でなきゃ体の奥が騒ぐはずもないからだ。
途方もない甘さで体の内側からどろどろと溶けていきそうだ。
それも考えてみれば当たり前。
ダイレクトに甘さを感じ取る舌に直接、ハチミツをぬられているのだから。
気づけば。
痛みを覚えているはずの舌で、好き勝手をしてくれている憎き敵の指をしゃぶるようにたどっていた。
視界に映る政宗の顔がにやりと笑うのを見た。
「イイ面だなHoney?」
「・・・っ!」
萎えた体に瞬間戻った力。
睨むように下からその憎たらしい顔を見据えて。
「!」
その指に意趣返しを図ろうとしたところで。
政宗はあっさりと、その傍若無人な指を口腔内から引き抜いた。
折角噛みついてやろうと思ったのに、こういうときばかり勘が働く可愛げのない男である。
けほっと咳をして、取りあえず元親は息をついた。
何だか顎から口の中までが痺れたような気がしている。
なのに口の中は馬鹿みたいに甘ったるくて、そのアンバランス具合が嫌になった。
流されそうになった自分を自覚していたからだ。
取りあえずは抗議だ。
何勝手してくれてやがる!と抗議を上げねばなるまいと。
そう内心で息巻いて顔をあげたところで。
「なっ、テメエっ!」
「An?」
さっきまで元親の舌を好き勝手もてあそんでくれた長い指。
そこにまとわりついているハチミツの残滓と元親の唾液を、己の舌でつと舐め取る男。
ものすごく恥ずかしい気持ちになり、元親は声もでなかった。
言葉もなく見つめることしかできぬ元親の視線に、口角を引き上げて。
僅かに首を傾いで、政宗は目を細めた。
「甘いな?」
二度と口内炎になるもんかと、火照った体を固まらせたまま、元親は内心で絶叫した。













=あとがき=
はちみつぷれい(それ以上でもそれ以下でもない)
いつまるさん宅の絵日記にて、口内炎で痛がる兄貴の口腔に御自ら指つっこんでハチミツ塗りたくってくださる筆頭、というエロさが極まったシュチュに思わず飛びついてしまったわけです。
ひさびさにドSとドMな感じになった気がする(大笑い)
きっと筆頭はそれこそイイ面してるに違いないという確信から出発したブツです。
状況として勉強中とかいう言葉を一言挿入したので、そのノリで学園パラレルな感じで書いてたんですが。
こんな高校生嫌だ(笑)
高校生で兄貴を苛め慣れてる筆頭とかものすっごい嫌だ!
自分で書いておいて何ですが、何かものすっげ腹立つ!!(笑)
次からはチョコラBBをすぐさまのんで回復に努める兄貴ですが、薬のんでるのを筆頭みばっちりと見られて、
「また塗ってやろうかHoney?」とか言われむせちゃうに一票。
セクハラー!!
アンタそれセクハラー!!!